ep.04 さやかじゃなくて? 2/2

 学食の一角にあるオープンテラススペース。そこにある自販機前のベンチに腰をかけて相手を待つ。


 梅雨も本格的になり始めた6月の気候は、昼にもなれば蒸し暑さを覚える。

 じっとりと汗ばんだ肌に制服のシャツが張り付いて、

 不快指数は上がる一方だ。

 

 待ち合わせた相手は同じクラスの佐藤沙織なのだから、声をかけて共に移動してもよかったのだが。教室外で待ち合わせることとした。

 それがリサマのストーリーをなぞったものだから。というのももっともな理由としてある。

 しかし何より、教室内で異性に声をかける。そういった行動に不慣れな、俺自身の不甲斐なさによるものだった。

 だからこそ、スマホのSNSアプリを使って、場所を指定して待ち合わせとした。

 当然クラスメートであり、幼馴染の親友である佐藤沙織の連絡先は、すでに友達として登録されていた。


「そんなところで暑くない? あー、日光浴が趣味とか? 夏に向けて焼いてるのかい」


 零れ日の光の合間を縫って、現れた彼女は屈託のない笑みを見せる。

 夏服の薄い布地に日が透けて、白い肌が映える。


 男の俺の汗は汚らしいものだが、健康的な彼女の胸元から見える汗のきらめきは、綺麗に見えるから不思議だ。


「そういうの似合うタイプに見えるのか?」


「ううん、キミどっちかっていうとひょっろい文学青年タイプだもん。合わない合わない。あ、これ待たせたお詫びね」


 笑う度、声を上げる度、コロコロとその表情を変えながら、身振り手振りで会話する。

 こんなに動きのある人だったなんて。画面越しには、わからなかったことだろう。


 佐藤沙織はひょいとその細い腕を差し出す。その手の先には冷えた缶コーヒー。

 真田一樹の好物、辛いカレーと、冷たい缶コーヒー。


 作中でも度々登場するアイテムの一つだ。


「サンキュ、佐藤って意外と俺のことわかってるよな」


「大事なさやか姫の未来のダーリンだからね」


「おう、亭主関白でいくから、しっかり言い聞かせとけよ」


「それもキャラじゃないなー、合わない合わない」


 顔の前で手をぶんぶんと振る仕草。

 ショートカットの髪がその動きに合わせて振り子のように揺れて、前髪が汗ばむ頬に張り付く。

 そんなことも気にする様子もなく、彼女は楽し気にしていた。

 

――恋をするときっていうのは、こういう時なのかもしれない。

 

 もし佐藤沙織のルートがあったとして、リサマのスクリプトにはそんなテキストがつきそうだと思った。


 佐藤沙織と眼があった。

 一瞬の沈黙。


「さて、話を聞かせてもらおうかな。今日は2019年の6月8日。キミはどこから来て、何を知っている?」


 テレビ番組の途中でチャンネルを切り替えたように、一転して佐藤沙織は表情を変えた。

 見知ったスクリプト通りの台詞だった。

 しかし、俺はそのとき、その彼女の真剣な眼差しに、思わず見惚れてしまった。

 

 多分、それは恋だった。

 人は一瞬で恋をするのだと、改めて思い知った瞬間だった。



       ***



「――という夢を見たんだ。まぁ単なる夢なんだけど」


「そうだね。でも真田君は単なる夢だと思っていないわけだ。そしてアタシもそうは思っていない」


 俺は小さく頷いた。

 佐藤沙織の真剣な瞳、この表情を俺は知らない。


 通常の立ち絵の使いまわしでは表されない彼女がそこにはいた。


 それでいて、ご都合主義ともとれるほどのファンタジーへの受け入れ用は、ストーリーに沿ったものだった。


 もしかすると、この子なら、俺が本当は佐藤悟という違う世界から来た存在だと話しても、受け入れてくれるんじゃないかとも思った。

 しかし、俺はそれを口にすることは辞めておいた。

 

 佐藤悟は、このゲームに必要な要素ではないからだ。


 極力、俺は自己を排除しこのシナリオを攻略クリアする。そう決めていた。

 

 それはゲーマーとしての矜持であり、

 未知のルートへの純粋な興味でもあった。


「そういうのってライトノベルとか、ジュブナイル文庫でよくあるタイムリープの一種なわけだけど。いくつか作品によってそのルールは分かれる。まずは現象を観察し条件を確定させたいな」


 沙織はそう言って、ノートにいくつかの要素を書き始める。


 タイムリープとは、意識だけが同じ人物の別の未来ないし過去へとトリップするもの。そう定義する。


 トリガーは何か、これはタイムリープが起きるきっかけのことだという。


 一度経験した時間軸と同一の線を辿ることができないのか、それとも同じ日、同じ時間を再び巡ることができるものか。


 そういった内容だ。


 もちろん、リサマの中で描かれるタイムリープ現象のルールは俺の頭の中にある。


 その理論は大まかに佐藤沙織が作中で導いたもので、彼女のSFに対する考察がリサマのストーリーの軸となる。

 だからこそ、その理論を俺の口から話すのはシナリオの破綻を生む恐れがある。


「いま話をした夢の中で、トリガーに思い当たることはないのかい」


 ある。

 それは……。


 泣きながら、胸を叩く少女。

 ノートで後頭部を打ち付けた結城さやか。


 作動までに時間差はあるものの、

 タイムリープのきっかけとして作動するこのトリガー。

 ゲームをプレイしているときには他人事でしかなかった、たびたびのトリガー発動時に主人公が痛がる描写。


「……女の子から力いっぱい、叩かれること。とか?」


「……え? あー……そういうのもあるのね。そっかー……うん。わかった。試そういま」


「え、いま?」


、でしょ。あ、えっとなんか違った。なんだっけ、まあいいや。覚悟はできてる? よね?」


――今度からは顔はやめてくれ。


 その主人公の懇願受け、以降、佐藤沙織が意図してトリガーになるときは、

 主人公の胸を押すという比較的優しい作法にとってかわる。


 そんなシナリオ構成がのちにあったことを、今になって思い出した。


 それを目の前の彼女に説明する時間は、もう残されていなくて、俺は再び『目の前が再び真っ暗になった』のは、言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る