鉛の鉄則とスノードロップ(四輪目)
元々が非公式での仕事故か、驚く速度で色んな物が手放されていった。といっても連絡を切るか変えてしまうかといった物理的な通信の途絶で、紛争地域の方々にとっては一番効果的である。
俺と言えば以前の出来事も全部片付いたリビアで酒の瓶を傾かせていた。戦争も終わった場所で俺が何をしているのか。といえば
「寂しくなりますね。本当に辞めるのですか?」
数回顔を合わせただけだが、武器商を営む方々を集って酒を奢っていた。辞めるついでに貿易を続けている方への営業である。
「合方が辞めるという事なので。ついていくしかないという感じです」
「任せてください。いなくなる分の穴埋めはしましょう」
「その件は宜しくお願い致します。それで実は木材等をこらから取り扱いたく思いましてね? できれば必要な方々へ連絡をとりたく……」
これからの情報交換を兼てこちらは先方に武器の輸入源や輸出先を教え、逆に建設業とかに詳しい方に話を聞いた。運が良ければ大手ともコネクションを取れるだろう。ノーハウもとてつもないバックもないんなら、こうするしか生き残る方法がない。
「普通の、普通の街だな」
以前来た時は砂漠だったが、普通に車達が走り、普通にビルが立っていて、普通に人々が住んでいた。案外ある程度発展している国であれば都心はこんな物である。寧ろ良く分からない振い建物の内部を撮ったような写真は、こういう国の方が圧倒的に多い。
「そもそも観光客を集う街でもないからか、コロナの影響は少ないな」
銃弾が何処で飛び交うか分からない地域、寧ろ人間の方が空くなかったのでそもそも気にした事もなかった。けれどこれからは一般向けの商売、気にしなくちゃいけない事も変わっていくだろう。
(そんなの言っている場合でもないか)
アリサへのお土産を買う訳でもないのに街中を歩いているのには理由があった。ホテルから出てからという物、後ろから誰かがついて来ている感覚が拭えない。
それなりに普通の背広格好をしてきたつもりだった。が、高そうな時計を付けて来たのが問題だったのだろう。
(それとも、いや俺の顔を覚えているような連中に、たまたま街で発見されるなんてのはありえないか)
「右に4回目か」
右方向だけで4回も角を回ったのに同じ奴がずっと後ろにいる。わざと人通りの多い場所から離れずにいるが、どうも買い物しにでかけて帰り道を忘れたボケ老人にも思えない。親切な配慮と案内よりは、鉛の弾丸をお見舞いして上げた方が良いだろう。
「いや、何をバカな事を考えている」
以前いた田舎の基地近くなら問題なかった。だがここは街中、一様外国人である俺が誰かを殺せば問答無用で警察に撃たれる可能性だってありうる。即座に銃持ち出して撃たれて派賄賂を提案する時間もない。
「ま、仕方ないな」
俺はスマホを取り出してウーバーのタクシーサービスを利用する事にした。どの国も最近は導入していているし、大抵の場合ぼったくる連中もなくて良い。
最初歩き出して場所に戻り、呼んでおいたタクシーに乗り込んだ。直ぐに「トリポリ国際空港」と伝えると車輪が回り始める。後ろからついてきていた奴はビルの角で立ち尽くしたままで、道路の上を走っていると頭の天辺すら見えなくなった。
「最近も、まだ危ないのですねこの国は」
「はは。仕方ありません。一年前まで色々ありましたから」
一息ついてようやく俺はネクタイを少し緩める。
「お客さんはこんな時期に、いえ事業ですか?」
「はい。まぁいずれ観光もしたい物です」
そういえばこの国は何度も訪れたのにまともな観光をした事がない。
「リビアングラスの工芸品は有名ですから。帰り際に一度寄りたい物です」
「奥さんの為にどうですか?」
「さて、どうでしょうね」
「空港近くに良い店がありますよ?」
自分の知り合いの店にでも連れて行くつもりなのだろうか。
「ん?」
しかしながら結婚指輪もしていないのにどうやって結婚したと知ったのだろう。この近辺だと俺くらいの歳は結婚してない方が可笑しかったりするのだろうか。
そんな事を頭の片隅に、無意識的にスマホを取り出して地図アプリを開いた。予約していた航空便と共に現在位置が表示される。
「何か南に向かってませんか? 空港は北の方だったような」
「いえいえ問題ありません。ちゃんと目的地に着きましたから」
「そんな訳」
がない。空港までは車でも20分以上はかかると出ている。と口に出せなかった。窓の外から広がる風景に全意識が奪われてしまったのである。特段美しい自然等ではない。
普通のビル、普通の街並み、普通の車達、普通の人々。しかし見慣れている。
(元いた場所……だ)
瞬間窓の外を覗いていると前の座席から聴き慣れたプラスチックと中の金属部品がぶつかる音が聞こえてきた。
「貴様のせいで!」という叫びが俺に届く前に銃を抜く。引き金を引けば鉛の弾丸が音速を超えて運転席で銃を向けようとしたタクシードライバーの前頭部に風穴を空ける。状態を最大限後ろにそらしていたが、返り血二滴が手についた。
「こんな街中で、なんて大胆な奇襲なんだこいつは。アサシンにでもなったつもりか?」
先程のストーカー野郎もグルだとすれば合点がいく。ウーバードライバーとして待機していて誘った訳だ。正直これは自分の落ち度である。
(信用し過ぎた。これからは注意が必要だな)
街中の隅々まで銃声がなり響き、周囲の人々の視線が集った。現在位置からは警察が見えないが、いきなり見つからなくて良かったって所だろう。
「しかし警察もないのかこの街は! いや何処かにはいるだろ普通!」
賭博になるが一旦逮捕させられれば逆に安全だ。国外追放されれば手だしもできまい。
人が多い場所を求めてカフェとビル並ぶ大通りを歩く。背広を着ている会社員達も多くて助かる。
パーン。近くからこの世で最も多く生産されたアメリカの拳銃、M1911Aの銃声が耳の奥に叩きつけられた。
(何て昔の物を)「ッ!」
俺はちゃんと両足で立っていたはずだが、瞬間敵に膝を地面につく。自分の意思が無視され、全身を支える力が抜けてしまったのだ。
「や、やったのか?」
呆れた顔でM1911Aを握っている男が人々の中に混じっていた。当時兵士達から「ハンド・キャノン」とまで呼ばれる名銃をあのような間抜けな奴が握る事になるとは、コルト社も予想出来なかっただろう。
「クソガキが」
俺は正確に奴の呆けた顔の真ん中に銃弾を撃ち込んだ。奴はそのまま崩れ落ちて地面に伏せる。
(胸糞悪い事ありゃしない! 俺の商品を使えってんだ!)
とにかく警察、若しくはこの辺ウロウロしているかも知れない私服警察に逮捕されるのが唯一の救いだ。流石に分が悪すぎる。こんな銃声を出したのだから気付いて駆けつけてきているだろう。
壁伝いに脚を押さえつけて歩いていると、人々が避難した大通りで無線機を手に取っている警察二人組が立っていた。その内の一人と目が合う。
「警察! 巡回中なのか。丁度良いぞ!」
しかし様子が可笑しかった。こちらを指差しては何やら言い争っていると二人組は踵を返しやがる。
「おい! 今の銃声は俺だ! テメェー等聞いているのか!」
どうにか片足で追いつこうと歩くも、警察の服を着ていた二人組はあっという間にいなくなった。
「金でも受け取ったか!」
とにかく人々がいる所まで行こう。そう考えてカフェの角を回ると知らないオッサンがナイフを振ってきた。
「死ね!」
最初の振りに地面に尻餅をついてしまう。奴はそのまま全体重を乗せてナイフを振り下ろしてきた。咄嗟に左腕を上げると、まるで紙一枚を鋭い錐で貫く様に、すんなりのアーミ―ナイフの刃が肌と肉を貫く。
「アアアァァ!」
自分の腕にナイフが刺さる場面を目が取り入れ、全身が痛みを取り入れた。銃は撃たれた直後でも気付けなかったが、見える分に痛みが増している。
「だがナイフより銃を変えバカ野郎が!」
俺は手に持っていたGLOCKを奴の口の中にぶち込んで引き金を引いた。銃弾は脊椎を破壊し、貫通して地面に破片を散らす。
手と脚を引きずって、人々が逃げる方向更に進んだ。人並みを利用して逆に連中を誤魔化す。俺に文句があるなら、逆に俺以外の奴等を巻き込むテロ行為には及ばないだろう。最悪及んだとしても壁になってくれる。
「俺と同じで武器なしには生きられないような連中が!」
自分の激しい息切れと吐息の中でも、はっきりと耳障りな銃の装填音が聞こえた。元だが仕事柄距離と方角と銃の種類と口径まで分かる。俺は背中を壁に当てて銃を構えた。しかし一瞬引き金が、中から引っかかった様に硬くなって動かない。
「あ、あんたのせいで、あんたのせいで!」
振向いたそこで、小さな赤ん坊を抱えた女性が震える片手で銃を握っていた。正確に彼女の心臓部を狙って銃を構えられていたのだが、最も大事な時に銃が不具合を起こしてしまう。安全性と強度が保証されたGLOCKにこんな事が起きるとは思わなかった。
そうしている内に発砲音が耳に届き、気付けば俺は壁から滑り落ちて天を仰いでいた。首元から火傷する程の熱さが根付く様に全身に広がる。
「ガハッ!」
口の中から大量の液体が吐き出された。鉄の味と生臭さが広がり、意識が霧に包まれるが如く暗くも朦朧になっていく。
「あんたのせいで!」と怒りだけに身を任せたような、理性の欠片もない女性の叫びに発砲音が続いた。一発、二発、三発、と空薬莢がアスファルトの地面に落ちる。
それはそれは相当下手くそな射撃の腕だった。なんせ結局12発の中で最初を含めて4発しか俺に当たらなかったのだから。人に苦しんで死んでほしかったら、ホロ―ポイントを改良したRIP弾をお勧めしたい物だ。後レーザーポインターをオプション装備に選べば完璧だろう。
(ダメだ何も浮かばねぇ)
全身が、ただ只管焼けるようだった。まだ熱い空薬莢が地面で転がり、その綺麗なフォルムがガラスのように俺の顔を映す。
「……」
一瞬。ほんの一瞬だったが、瞼を閉じながら俺は安心してしまった。銃に不具合が起きて良かったと思ってしまったのである。
「これを活かさなきゃなアリサ」
「そんなの言っている場合!?」
いつの間にか、俺もしらない間に俺はアメリカに借りていたマンションにいた。俺の呟きにアリサは眉を潜ませて刺々しい声で怒鳴る。しかし口元には今までと同じ、ほんの少し楽しそうな笑みを含んでいる。
「こんな大事な時期になに銃に撃たれてんだよ。さっさと引っ越しの手伝いしろ」
彼女の両腕の中には見知らぬ赤ん坊が抱かれていた。顔は上手く見えないが、何故か自分の子供だって事は直ぐに気付けてしまう。
「入院している内に私も入院したんだぞ? ちゃんと親としての役割くらいやって貰わないと困るって!」
「すまん。ちょっと寝てた。直ぐ準備する」
「別に良いけど? 「すまん」より「ありがとうございます」って聞きたい気分なんだよね」
「ああぁ、ありがとう」
少し呆けながらもソファーから尻を離した。いつも見てきた彼女がいっそうカッコよくて、思わず少し白髪混じりのブロンドに見とれてしまう。
「実は、俺この8年で初めて言うかも知れないんだが」
「何? まさか宝くじ!?」
全くがめつい奴だ。そんな都合の良い話がある訳ないではないか。俺達みたいな人間に。
だからこそ言いたくなった。今まで伝えられずに酒と飲みこんでいた言葉を。
「アリサ、あんたの事愛してる」
「奇遇だエリック。実は私もなんだ。お前の事愛してる」
――――
TVにはリビアで起こった白昼堂々銃撃事件が取り上げられていた。私は書類を作成し終えてようやく肩を少し解す。
「相変わらず物騒だな。あそこは」
こんな時こそ奴が必要だというのに、仕事を変えると決めた途端アフリカと中東を回って挨拶参りとはよくやる物だ。せめて居場所くらいはちゃんと連絡して欲しい。
「ルーカス、君のお父さんは本当に融通の利かない人間だよこんな時に。でもまぁ、これからさ」
まだだけど、名前も決められた。正直ちょっと怖くはあるが、何とかなるだろう。いや、酒は飲んでいないが、何とかなる気がした。あいつと私が居れば今まで通り何とかなる曖昧さ混じりの確信がする。
「エリック、さっさと帰ってこいよぉ。一人は寂しいだろうが」
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