鉛の鉄則とスノードロップ(二輪目)

ーーリビアでの一件ーー

 見渡す限り砂埃の舞う砂漠が続き、見捨てられてもいないが荒んではいる光景が広がっていた。地平線を隠しているのは岩石と丘と石山、そして人の住んでいる崩れた廃墟くらいである。

 そんな場所を俺達は誰が最初に作ったかも知れない平らに磨かれた道路の上を走っていた。数台の軽トラックの走る音だけが風に乗って広がるのみである。

(なんて酷い道路なんだ)

 もう出て来てから数年で曖昧だが、故郷メキシコの街もこれよりはマシだった気がした。

「それに熱過ぎるだろここ」

「熱いなーエリック」

 砂に覆われない為に窓も閉じているせいで風も満足に浴びれない。肌が擦らないようにと布くらい巻いているが、現地の人間が心配になるくらいだ。

「でも、あんたの故郷もこれくらいじゃなかったっけ? 寧ろそっちの方が蒸し暑かった風に感じるけど?」

「確かにそうだった気もする。うろ覚えだけど」

「うん。だったら、こう考えて見よう。ここにエアコンを売ればどうかな?」

 荷物を沢山積んで数十キロを走っていると退屈との戦いは免れない。そんな時アリサはいつも他愛なくも時間潰しにも悪い話題を振ってくる。

「エアコンを回せる電気があったら売れたんじゃね? 現物支払いする連中がでそうだけど」

「それもそうだ。ならエアコンを一度バッテリーで使わせて、それからケーブル設置まで売り込むというのは?」

「こんな所で? ケーブルごと電気まで奪われるに決まっている」

「他所が手を付けられない理由か」

「そもそも俺達がエアコンを転売しても金にならん」

「こっちの荷物は原価の十倍以上の値段で売れるからな」

 軍需品はこれだから良いのだ。こっちのようなフリーランスだけの話かもしれんが、数十年前に作られた補給品がマニアに高値で取引され、武器は売り手と買い手が有り余る。

「この仕事も途中で襲撃されたりで、十分過ぎるくらい危ないけども」

「結局何事も無かったから良いんだよ。生きてるじゃん俺達」

「盗賊が軍隊に消されたのに?」

「特殊部隊みたいに武装しているトラックを襲った連中の方が頭可笑しいだろ」

  俺達はただの武器商人、普通に盗賊の群れに襲われれば死は確実だった。けれど幸い今回のクライアントは太っ腹で、街から砂漠越しに護衛をしてくれたのである。

(実際の所、反対側に売れないようにとの監視してるんだろうけどな)

正直兵隊連中の態度もビジネスパートナーへの配慮というよりかは、警戒と監視のそれだった。それもそのはず、なんせリビアは現在三つの勢力が対立しているのだから。

「盗賊さん達も必死だったんじゃない? こんな砂漠に来た久しぶりの得物だっただろうに」

「それで皆殺しにされちゃ世話ねぇだろうよ。てかそろそろだ」

 ひたすら続く道の末に建物の天辺が表れた。蜃気楼でなければ目的地に違いない。GNA、リビアの統一政府の軍が滞在している革命旅団の基地である。

「お仕事との時間だ用心棒さんよ」

「やめてくれ。商品を浪費したくも、振り回されたくもない」


今回の取引場所、常連のリビアは息の詰まる闇鍋状態だった。西方と東方との対立を中心にしたと言えば簡単だろう。が、同じ国に二つの議会と二人の総理ができ、加えて民兵隊やらISIL、テロ組織、反政府勢力、そして評議会まで。平和的との声もあるが武装していない派閥は一ヵ所ない。老弱男女を問わずに国民総人口の2割は銃を持っているだろう。

さてここからが大切だ。足りない頭を絞り出して悩むべき問題がある。それは、そう、残り8割にどうやって武器を売り込めるかだ。

 俺達は商品を見せびらかした。と言っても、買うのが確定されている発注である分にまどろっこしい営業はしなくて済む。

「PK機関銃30丁、FN F2000突撃小銃計160丁、拳銃Glock60丁とM67手榴弾520。銃弾も注文通りに只今お持ちしました。何十年前に仕入れたソ連製のAKじゃもう古いでしょう。ベルギーの突撃小銃は使い勝手抜群ですよ?」

(拳銃は中国産のパチモンだけどな)

 中東人である軍の担当者は署名の入った書類と大きなケースを運ばせた。銃と手榴弾の入っている木箱と札束の入れたケースが交換され、俺が中身を確かめる。確かに定額通りの支払いだ。正規兵より気前が良いというのは、国の状況を見事に表している。

 「チンピラ共と違って変な粉とかが込められていないのは助かる」

 札束に思わず呟いてしまった。普段から小声で放す習慣を身に付けていて大正解である。

「相変わらずの速やかな配達、ご苦労様でした。船で来るとの連絡でしたので驚きましたよ」

「途中で連絡できなくて申し訳ございません。少々計画に変更がありまして」

「いえいえ、こういう事もあるかと思っておりました」

 部隊を纏めている隊長は、何処にでもみれるふくよかな印象の中年男性だった。身に付けている服を脱いでシャツでも着込めば、たちまち村長でもなれそうな物である。

「そちらの方は?」

「ああ、こっちはボディーガードです。何分一人商売は危ない物ですから」

「確かに、お察しします」

 私は顔にマスクと相手もいない通信機を付けたまま私兵を演じた。一武器商人が私兵を持っている訳もないが、女性一人だとなめられない為の張ったりだとでも思ってくれるだろう。

 流石アメリカという名が通じるのか、それとも自分達に「支援」してくれているという印象が強いのか、兵士達の目は疑惑の視線に満ちていた。雰囲気も、下手な事して即発砲という事態にはならないくらい和らいでいる。

「武器商人という身としては何ですが、一早く真の解放が成される事を祈っています」

「ありがとうございます。勿論我々はこの戦いをに勝利しますとも」

 この近辺に来てお祈り申し上げるのも数回はしてきた。始まって数年だというのに、この市場は枯れそうにない。おかげで同業者を抑えるのにやっきにさせられる。

「それじゃエリック……」

「ああ、少々待ってくださいませんか」

 商談を終えて帰ろうと席から立ち上がると 、銃を持った数人が俺達の回りを立ち塞いだ。まともに撃った事もない、カスタマイズしたアサルトライフルを握るも、正直訓練された軍相手だと1秒で殺される自信がある。

(売り物で殺されるとか。笑い話にもならないんだがな)

「何でしょうか。追加の発注なら謹んでお受けしますが」

「それは是非お願いしたい案件ですが、その前に確かめたい事があるのですよ。我が軍に取って重要な案件でしてね?」

 奴は声を低くして、無表情に怒りの色を塗りたくるような視線でこちらに色気を出してきた。温厚だった印象が一気に冷め切る。右側からは聴き慣れた、銃の安全装置を外す音がいつもの数十倍重く轟いてきた。

「実は我等が敵である国民軍に絡んだ話です。そちらにもアメリカさんの商人の方々が出入りしているそうで」

 もしこれが撃たれない自信のない状況なら断言できる。俺は成人用のおむつを履いてきた。

「念のため、お二方はこちらで他の商売の日程はおありですかな?」

 銃口から放たれたような直接的な質問、軍の駐屯していた基地の外郭に自然と目が行く。壊れた街の外壁には干乾びた死体と、死体の量とはまるで噛みあわない乾いた血の跡が垣間見えた。虐殺、処刑、街で邪魔な要素をある程度減らした跡らしい。

 倒れた死骸の一つは120もいかない背丈の持ち主で、間違いなく非戦闘員の物であろう。

(ああはな、りたくない物だ)

「負けている側は危険でならん。だからこそ商売が捗るけど」

「静かにしろよエリック」

覆面の下から冷や汗が流れた。何度も経験した出来事かどうかは別にして、銃口向けられるのは基本慣れない。

「どうですかな?」

 兵士達の視線には「どうせ」という視線が込められていた。しかしアリサは流石のプロと言った所、微笑を崩さずに鉄板でも張り付けたような表情のまま小首をかしげる。

「まさかまさか。そのような外道を犯している訳ないではないですか。きっと正義を知らぬ金の亡者の所業でしょう」

 何とも自己紹介じみていた。しかし嘘をついていない点に彼女が持つ最低限の良心を感じて欲しい。

「いやなに、アメリカさんもイギリスさんも、そちらに支援を行っているという噂がありましてね。それに関して知っていらっしゃる点は?」

「ご覧の通り、私は一武器商に過ぎません。有意義な情報なら是非売りたいくらいですが、とても売れそうな在庫にありませんね。商品が入荷し次第、そちらに連絡する事くらいは約束できます」

 二人が視線を交わしながら一分が過ぎた。どちらも何も起き得ないと考えているようで、けれど無視はできないのだろう。両方にとって、それぞれのメンツという物があるのだ。

「成程、いや、妙な質問をしてすみません」

「いえいえ、戦争も長引いているのです。心境、僅かながらお察しします」

目を瞑って自分の黒い髭を摩りながら、相手は鼻息を吹いて優しそうな笑みを作る。そして銃を握っている兵士に命令を下す。二人の兵士は「はい」とだけ返答し、以前我々が売りさばいた装甲車に乗り込んだ。

「君達、お二方を安全に「国外」まで見送りするように」

「そのような事をさせては申し訳なく……」

「いえいえ。決して粗相があってはならないと心得たまえ! 例えば「途中で脇に外れる」等の事は決してないように頼むぞ?」

 こちらの遠慮はお構いなしに連中は「警護」の準備を済ませる。

「周辺は危険な地域です。もし敵の軍と遭遇でもしたら危険でしょう? うっかり物資を奪われてしまう、等の事があってはいけません。接触を試みる輩全てを、こちらで処理させていただきます」

「いやいや」

「それに我々の味方だと住民に教えて置かないと、逆恨みを抱いている連中もいるのですから万全の体制でいかなくてはなりませんとも」

 そもそも拒否権を握らせる気はないらしい。

「何が何でも国民軍には近づかせない気だぞ」

 「だろうねー。チラッと見えたけど、あの指揮官は何処かいっちまってるよ。署名の字からみれば、手の震えが酷い。アルコールとかなのかね」

 連中に聞こえないように小声で話すとアリサから苦虫を噛み潰したような表情が見えた。

「専門的なカウンセリングが必要に見える」

「是非ともアメリカの刑務所で受けて欲しい物だ」

 既に次の取引が明日に決まっているのだ。相手も忙しい手前、待たせる無礼を許容できないだろう。流石に武器の供給源に被害を及ぼす事はないと思うが、戦争で負けている連中は何をしだしても可笑しくない。

(この事で値引きでもされたらどう責任取るつもりなんだ!)

 軽トラが出発すると、手前と真後ろに連中が追ってきた。

「仕方ない。船に連絡して出発させる。あんたは今港にある他の貨物船の検索。フランスとかオランダとか、いやこの際ヨーロッパ諸国の方なら何処でも良いから船の大きさ的に適当な奴を探して」

「了解。港着くまでには問題ないだろ。それより計画はあるんだろうな」

「迅速、正確、低価格がモットー。注文された件数は絶対に完璧な形で届ける。今まで通り!」

 彼女の横顔はいつの間にか自信に満ちた、いつもの微笑みに戻っていた。ただそんな横顔を見ただけで、何とかなるだろうという安心感が湧いてくる。

「貨物は何処に降ろすんだ? 適当な倉庫にでもぶち込んでおくか?」

「そんな必要はない。そのまま出発させよう」

「そのまま? 商品乗せたまま港を離れさせるのか?」

 国に帰る為の船便はどうにかなるとして、商品まで港を離れると取引の場に運べない。

 グチグチ零しているとアリサの掌が肩を叩いてきた。運転しながら前も見ずに、彼女はタバコを突き付ける。火を付けろってサインだ。

「全部計画がある。エリックはいつも心配し過ぎだ」

「お前はいつも無心に過ぎると思うけどな」

「武器商たる者、面倒な事の一切は考えず生きるべきだ。三つの原則を教えたはずだよ?」

「商品を買うのは誰を考えない。商品が何処に使われるかを考えない。そして最後に」

 スマホに入っていた音楽を思いっきり大音量にして我々は歌に声を乗せる。砂漠でカントリー風のメロディーを口ずさんでいると、スパゲッティーウェスタン映画の主役にでもなった気分だ。

「「武器を作ってくださる常任理事国の皆様への感謝を忘れないように。国際連合に祝福あれFUCKING UN」」

「さぁ仕事だエリック。常連さんを待たせちゃいかん。土に帰っちまう前に商品を届けないと運賃にもならねぇー」

「了解」


 兵士が乗っている車を頭と尻に置いたまま港に着いた。深い青の波がコンクリートにぶつかる度にカモメの鳴き声混じりの涼しい水しぶきが体中になだれ込む。遠くではフランスの国旗を掲げた貨物船が入港してきていた。

 アリサは無口な兵士達に向かって感謝を伝える。が、勿論冷たくあしらわれるだけだった。

「ありがとうございました。我々の見送りはここで大丈夫ですので」

「さっさと船に乗れ」

 俺達が船に乗っても尚、兵士達は車に背中を預けたままこちらを監視する。船が離れるまで場を守る気でいるらしい。

 しかし直ぐに向こうからこの状況から抜けさせてくれる「俺達の船」が近づいてきた。共に誰の所有か分からない船の船員が話しかけてくる。

 「おい、お前等誰だ。何故この船に乗っている?」

「まぁまぁ今降りますとも。少々お借りしているだけです」

「旅客戦じゃあるまいし、無断で乗られると困るんだよ」

 フランスの国旗を掲げた貨物船が、知らない船の隣に近づけてきた。甲板の高さが違っていて移動の為には飛び降りなければいけない。高所恐怖症である俺に取っての試練だろうか。

「次からはマットレスを常備しておかないか? 俺転んで怪我するの怖いんなだけど」

「戦闘地帯から紛争地域まで軽トラ走らせておいた癖に、今更なにを」

「銃弾は幾ら注意しても撃たれる時は撃たれる。けど飛び降りるのはマットレス一つあれば怪我しないで済むだろう? 二つは全然違う事柄だ」

 俺は船員の胸ポケットに20ドル入りのタバコケースを押し込み、先にアリサを送った。男は一瞬戸惑うも、甲板に他に誰もいない事を確かめてからその場を離れる。

「まぁ、この事は騒がずにお願いします。同じ地球出身の同僚ではありませんか。助け合いで罰は当たりません」

 「た、確かにその通りですね」

「さっさと降りてこーい」

「はいはい。分かりましたよ」

 下から聞こえる声に、直ぐに後を追った。目を開けると怖く、閉じると危ないので片目だけを瞑ったまま宙に身を投げる。

 鉄製の甲板に運動靴を履いた成人男性の重さがぶつかり、響くような音が下から鳴った。海の潮騒がなければ、若しくは向こう側にいる兵士達にも聞こえたかも知れない。

「さっさと中に入ってこいよエリック。こんな手間かけて「見られましたー」なんて間抜け過ぎる」

 大きな貨物船が連中の視界を隠してくれている内に身を隠した。やがて船は元々停泊していた場所に戻り、船長さんは何食わぬ顔で港に船をとめる。


 俺は船内に保管してあった背広を着て腕時計を手首に、磨かれた靴を履いた。逆にアリサは顔を頭巾で隠して銃を握る。一種のカモフラージュだが、さて実際どこまで隠せているかは不明だ。

 しかし統一政府側にバレない為の小細工としては良い。同じ地域内で武器を売る時はこうやって陣営ごとに役割を変えていくのがセオリーだ。

「蝙蝠だと思われれば良くないからな。印象的にも、時期的にもな」

「確かに、時期が良くないね。蝙蝠だと特に」

 基本的に武器商人を殺すような連中はそういない。他の武器商人も来なくなったら武器調達に困るからだ。しかし相手側に武器流す連中を消そうとする若衆は一定数いる。

「感情に任せた人は怖くてならん」

「エリックだって同じだろ」

「俺が?」

「相手が現金支払いしないとさ」

 それは事実じゃない。貴金属は受け付けているし、寧ろ登録されていない輝く石は大歓迎だ。

 役割を変えて俺達は優勢の右側へ赴き、同じ国等から仕入れた注文通りの品を売りさばく。そんな美味しい戦争はそれからも3年以上にも続き、2020年の終わり頃には残念ながら終戦をちらつかせた。

 アメリカ、ブラジル、チェコスロヴァキア、イギリス、フランス、イタリア、北朝鮮の武器まで、ある物は全部売ってきた物である。装甲車までは売ってみた物の、戦闘機のオプション装備を仕入れられなかったのは痛い。が、もう潮時という事だ。

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