鉛の鉄則とスノードロップ(一輪目)

銃声が鳴り響く場所だった。暗い活気と明るい悲鳴が時に飛び交う、故郷はそんな下らない場所である。

「こっちが何したって言うんだよ!」

 「頭出すんじゃねぇー!」

 「手余ってる奴は全員武装してこい!」

 俺は南米のアボカド畑を持つ農場で生まれた。この州を縄張りとするカルテルの連中が突然やってきては畑ごとアボカドを流通するシステム全般を引き渡せと迫ってきたのである。

 「エリック、テメェーの銃だ。じゃんじゃん撃て!」

「分かってるよ!」

 父から渡された銃は相変わらず少し錆びれているも冷たくて重たい。対比的にも引き金は軽く、引けば鉛の弾丸が命を摘み取る。個人的な見解だが、アボカドを取るより楽だ。

 カルテルと農場とで数十人が互いを撃ち合った。銃弾が耳の横を掠り、音速を超える金属が空気を破る嫌な音が鼓膜を撫でやがる。

「うちの農場を! 警察野郎共は何をしているんだ!」

 「黙ってろエリック。撃たれるぞ!」

 アボカドを運ぶ為のトラックを背に、私は必死に小銃の弾倉を空にした。銃声が止んだのは連中とこっちを合わせて8は死んだ後である。


「あんまり経験したくないな、これは」

 転がっている死体達を誰が撃ったのかは、正直見分けが付かない。自分ではないで欲しいという気持ちと自分ではないという確信がぶつかるのはいつもの事だった。

 倒れた90㎏超えるカルテル連中の死体を運ぶ。軍隊のように武装した彼等からその全てを取り上げ、死体はそこら辺に捨てた。できれば危険地域だと撤収した警察の事務所にぶち込んでやりたいが、流行り病を起こす訳にはいかない。

「エリック手伝え!」「運ぶぞ」「クソ共が!」

混乱の中で鉛の弾丸を浴びたのは敵だけではなかった。遠くから幼馴染を抱えた母の嘆く声が轟く。しかしながら、俺は自分への失望感だけが湧いていた。

「ああは、なりたくないな」

 死んだ友達を見て、そのような有るまじき考えしかできない。

「ああは、なりたくない」

 このような最低の考えしか浮かべられない。

 流れて道路沿いにできた血だまりが、アボカド農場のある方へと染み込んでいった。

「アボカドは、たわわに実るだろうな」

 血を啜って実る果物は、果たして健康に良いのだろうか。

「アメリカの皆さんは、これを食べれば健康になると思っているのかよ」

 死体を片付け、私は銃を手に工場を警備していた。大人数人は24時間の交代制で村を巡回し、カルテル連中が来ないか見張っている。

あれもこれもアメリカみたいな国でアボカドが有名になり、輸入量が増えつつあるからだ。値上げが始まった途端こんな調子である。今回が始めての事だが、カルテル連中の襲撃なんて珍しくもない。

「勿論。偉いお医者さんも言ってたね確か。それはそれはとても健康に良いそうだ」

「誰だテメェーは」

 街の奴じゃない女性の声だった。即座に小銃を構えるも慌てる素振りもなく鼻歌混じりに財布を取り出す。彼女はそこから取り出したカード型のナイフでアボカドを切り、大きな種を取り除いては果肉を口に放り込んだ。

「何でも、美容にも良いらしい。おかげさまで私もここに来てからは肌の調子が宜しい」

 深々と被ったフードの下からはブロンドの髪が見え、つい先程銃弾が飛び散ったのにも埃一つついていないスーツを身に付けている。ピンと伸びた背筋から皺を作らない端正な仕草は妙にいけ好かなさが染みていた。

「観光客さんか? 農場見学は今日入ってないはずだが?」

「見学をやるならもっと安全な場所を選ぶさ。私は買いに来たんじゃなくて」

 フードを脱いだ顔は艶のある健康な肌色を持ち、瞳はこっちの銃を映す透き通った灰色をして、唇は今にも流れ出すような赤色。冗談でも銃口を向けられれば何かしらの反応がでる物だが、瞳を動かす事すらしない態度には正直気持ち悪さが先走ってしまう。

「武器を、売りに来ただけですとも。モーリシェウから販売代理人として参ったアリサです。ご注文のミニUZIの4丁と予備弾倉8個に加えて9ミリパラベラム弾1000発、只今お持ちしました」

「武器商人?」

「「少しばかり非正規的な」が前に付きますが。さて、注文の決済をして下さる方に案内して貰えますでしょうかね?」


 その数日後、村はカルテルの報復に合った。ニュースにてその事を知ったのは武器商人をまともな道路の繋がっている都会まで案内してからの事である。

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