第8話 決意

 昼食を含め、昼の休憩は一時間ということだった。

 食事を済ませたソーディアンはシャッハ森林の中に分け入っていた。人目が無くなったところで速駆けの術を使い一気に森の奥に進んだ。

 そして数分で目当てのものを見つけた。離れていても臭気が鼻につく。ゲノザウラーの死体よりはましだが、これも魔獣の死体の臭いだった。近づいていくと、そこにはキラーベアがうつぶせで倒れていた。

 当然死んでいる。腹は膨れ、口からは舌と食いかけの肉片がこぼれている。目は濁り白くなっていた。すぐ近くに猪が倒れているが、食事中にこのキラーベアは死んだようだった。

 キラーベアの死体も腐敗が進んでいる。獣や昆虫に食われる事がないので、その体はきれいなままだった。まだしばらくはガスがたまっても、破裂したり漏れたりすることはなさそうだ。しかしそうは言っても、数日のことだろう。

 それに、ここは日が陰っていくらか涼しい。日向の魔獣の死体は余計に腐敗しているだろう。となると、もう時間はないと考えなければいけない。

 ゲノザウラーの死体も片づけなければならないが、同時に、その他の無数の魔獣の死体も片づけなければいけないのだ。

 もし万の魔獣を斬れと言われれば、ソーディアンにはやりきる自信があった。しかし万の魔獣を片づけろと言われれば、それはやりきる自信がなかった。それに魔獣の死体は万ではきかないだろう。もっと多いはずだ。ゲノザウラーほどではなくても、巨大な魔獣の死体もたくさんあるはずだ。人の目が届くところだけでなく、洞窟の奥や、深山の頂に至るまで、ありとあらゆるところに魔獣はいる。それらすべてを片付けることなど、神にしか不可能なことだろう。

 しかし、恐らく、自分になら出来る。ソーディアンは魔王との戦いの中で見た、奇妙な幻影を思い出していた。

 それは魔王と魔獣と、そして勇者の存在に関する真実だった。

 魔王も魔獣も人の心が生み出したもの。どこにもたどり着けない人の心、悲しみや怒りが長い時を経て蓄積し形を成したものなのだ。そして勇者は、それを討ち、救う存在なのだ。

 俺は死ぬ。しかし、この世界は守られる。俺が愛したこの国は、残り続ける。大切な人たちが、これからも生きていくことができる。

 心に浮かぶ顔があった。どれほどの強敵との戦いよりも、邪悪な幻術よりも、それは心を苦しめることだった。俺はそれを捨てねばならない。一番大切なものをこの世界に置き去りにして、俺は旅立たなければならないのだ。二度と帰ることのできない場所へと。

 決断しなければならなかった。しかし、答えは決まっていた。

 俺は勇者だ。この世界を救うために生まれた。俺は……その為の器だった。最初からこうなることは決まっていたのだ。生は、うたかたの夢に過ぎなかった。

 ならば行くしかない。この世界が魔獣の死に、人の業に、冒される前にやらねばならなかった。

 ソーディアンは決意し、ゴウラ元帥の下へと戻った。

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