第9話 世界の真実

「キュスラ! お前たちは一体何を隠しているんだ! 言えっ!」

 兵士達の休憩所から離れ少し森に入ったところで、アテルはキュスラを問い詰めていた。

「何を言ってるの、アテル? 私は何もーー」

「しらばっくれるな! ソーディアンはゴウラ元帥に後を頼むと言い残して消えてしまった。何かをする気だ。それに、私は昨日のお前たちの会話を聞いたんだ。私は耳がいいからな! ソーディアンを失うとは……一体どういうことなんだ! お前たちは何を隠している!」

 アテルの目が興奮で赤く染まりかけていた。ヤーガジュ族は怒りによりその目が赤くなるが、訓練された戦士は心の動揺を悟られないように、目の色が変わらないように訓練する。アテルももちろんその訓練を受け技術を習得しているが、今はそんなことも忘れて取り乱していた。

 ソーディアンを失う。

 それは耐えがたいことだった。いつか、何十年も先に寿命で死ぬのならまだいい。幸福に包まれて死ぬのなら、それは必ずしも悲しむべきことではない。

 だが、今死ぬというのなら、それは違う。ようやく魔王を倒したのだ。王国はこれから栄えるだろう。そしてソーディアンも普通の市民として生きることができるのだ。勇者という重い枷を外し、自由に生きることができるのだ。

 なのに、そのソーディアンを失うとは。それは死ということか。それとも旅に出るということか。どちらにしても承諾できないことだった。魔王を討ち、それ以上勇者が何をすればいいというのか。どれだけソーディアンを苦しめれば気が済むのか。

 アテルはそれを思い、我がこと以上に腹を立てていた。そしてそれ以上に、ソーディアンとキュスラが二人だけで話を進めているのが気に食わなかった。

 それは私情だが、同時に時記ときしるしとして知っておかねばならないことでもあった。勇者の死は、その是非はともかく、それは時記ときしるしが見届けねばならないことなのだ。その死を看取り、それを語り継がなければならないのだ。

「……あなたはきっと止めようとするから、言わないでおいてくれって言われたの」

「当たり前だ! 今からだって止めてやるぞ! あいつをふん縛ってでもな!」

 キュスラは背後の木に背中を預けた。しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「死が呪いとなりこの世界を冒す。お前たちは死という単純な結果を覆すことはできないだろう。貴様の死をおいては……」

「魔王の最後の言葉……それが何だ?」

「ソーディアンは魔王との戦いの中で奇妙なものを見たの。それは……魔王と魔獣の成り立ち。そして勇者の存在の真の目的」

「真の目的?」

「魔王は約千年ごとに現れている。倒しても数百年後に生まれて、そして勇者が生まれた時に倒される。三千年前も、二千年前も、千年前もそうだった。魔王は異次元の魔力の渦からこの世界にやってくると考えられていたけど、本当は違った。魔王を生み出しているの私達自身なの。私たちの弱い心……悲しみ、怒り、憎しみ、負の感情が何百年もかけてこの世界に満ちて、それが結晶化して魔王となる。魔獣たちはその結晶になれなかった残骸。全ては、人の心から生まれたものなの」

「何だと……? 人の心が……魔王を生んだ?」

 それは教会に聞かれれば、邪教の教えとして取り締まられてもおかしくないような内容だった。そんな事をキュスラが平気で口にするわけがない。相応の覚悟を持って言っているのだ。

 アテルは周囲の気配を探った。数十メートル先に兵士たちがいるが、ここでの会話は聞かれることはないだろう。いくらか安堵し、アテルはキュスラに聞いた。

「勇者の真の目的とは何なんだ? ソーディアンは何をする気なんだ?」

「勇者は……器なの。この世に満ちた悲しみはどこにも辿り着かず、消えることはない。でもそれでは世界が悲しみで満ちてしまうから、それを受け止めて天に上らせる力がある。それが勇者。勇者は魔王と魔獣の一切を連れて、天に上る。そしてその時初めて、この世界は平和になる。蓄積された悲しみが消えて世界は自由になる」

「天に上って……どうなるんだ! ソーディアンは帰ってくるのか!」

「帰っては来ない。勇者は自らの命と引き換えに、ただ一度だけその力を使える。だから魔王と差し違えるか、魔王を倒した後に自分も死んで、その命を使って……天に上る。私たちを救ってくれる……」

 言いながら、キュスラの目には涙があふれていた。その涙を拭い、キュスラは続けた。

「かつての魔王が死んだ時も同じだった。勇者は命と引き換えに魔王を討ち果たしたと言われているけれど、実際は少し違う。勝って生き残ったとしても、結局その命を使って魔王たちと天に上ったの。そして死んだ。あなたたちヤーガジュ族が勇者の死を看取る役目を負っているのは、恐らくその為よ。勇者は死ななければならない。だから勇者が心変わりしないように、見張る必要があった」

「そんな……全部、決まっていることなのか……魔王を倒しても死ななきゃいけないなんて……ソーディアンは最初から死ぬために、犠牲になるために生まれてきたというのか!」

「そうよ。それがこの世界の理。そして、この世界を救う一つ目の答えだった。そして二つ目の答えも見つかったけれど、結局それは無理だと分かった……」

「それは何だ! ソーディアンが死なずに済む方法があるのか?!」

「いいえ。結局、死んでしまう。でもソーディアンだけじゃない。もっと致命的で、この世界、この宇宙自体が消え去ってしまう。魔獣をどうこうするだけの話じゃないの」

「この宇宙が……? 何でそんなことに?!」

「魔王の言葉の真意を探るために、私は封印図書館で一つ目の答え、勇者の存在の意味を知った。そして二つ目の答え、この世界の成り立ちを知ってしまったの。この世界はリゴア神が作ったんじゃない。もっと別の、神のような大いなる存在がいて、彼らが作った。そしてこの世界の神を決めるために争い、そのせいでこの世界は滅びかけた。それを止めるためにある存在が呪具を作った。聖兵の神杖……無敵の軍勢を操る道具。その力で戦いは止められ、そしてこの世界は今の世界になった。私はその聖兵の神杖を探して使おうとしたの。でもそれは無理だと分かった」

「何故無理なんだ! 大体そんなすごい力なら、魔王だってなんだって倒せる! 何故使えない?!」

「聖兵の神杖は今も兵士を操り大いなる存在達を抑えている。もしこの世界のために使えば、確かに魔獣たちは片づけられても、大いなる存在達が自由になってしまう。そうなればまた戦いが始まる。今度こそこの世界そのものが滅びかねない。滅ばなくても、私たちは消滅する可能性が高い。たとえ魔獣の死体を片付けても、その代償が大きすぎる」

「そんな……じゃあ……じゃあ……ソーディアンは……?」

 アテルの膝は震えていた。崩れ落ちそうになる自らの体を両腕で抱き止め、自分の心が絶望に満たされていくのを感じていた。

「ソーディアンは死を選ぶ。私達やこの世界を救うために。それが、勇者の役割だから」

「そんな……じゃあソーディアンは今……?!」

「力を使うために勇者の武具を取りに行っている。夕暮れには間に合うかしら……その時が、お別れ。魔獣はこの世界から消え、そして、ソーディアンも消える」

 キュスラは空を見上げたが、茂る木々の枝葉で何も見えなかった。今頃は高速移動魔法で遺跡を巡っていることだろう。あと数時間で……ソーディアンは行ってしまう。

 行ってしまう。もう二度と会えない。死体さえ残らず、何もかもが消えてしまう。

 それは魔王の呪いなのか? それとも無慈悲な世界の理なのか。いずれにせよ、覆すことはできない。燃え盛る命もいつか消えて死に飲み込まれる。朝はやがて夜になる。それと同じだ。勇者とは人ではない。理の一部なのだ。

 キュスラは泣きそうな顔のアテルを見て少し笑い、涙を拭った。

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