第9話 冒険者ギルド入会試験

 神殿都市ムルトへ向かう一団があった。

 巡礼者とその護衛をする冒険者達である。

 巡礼者の誰かが「ムルトだ!」と声を上げた。

 冒険者の一人が立ち止まり、巡礼者が指差した方向に顔を向ける。


「あれがムルトか。高い城壁だなぁ」

「おい、リオ!何やってんだ!置いてっちまうぞ!」

「あ、待って」


 リオは腰にさげた剣を揺らしながらパーティ、ウィンドのもとへ駆け出した。

 ウィンドは戦士のべルフィをリーダーとし、同じく戦士のカリス、魔術士のナック、盗賊のローズで構成されている。

 ここでいう盗賊とは冒険者ギルドに登録されたクラス名であって、ローズが本当の盗賊というわけではない。

 リオはウィンドと行動を共にしているが冒険者ギルドの会員ではないため正式なウィンドのメンバーではない。

 今回、リオはムルトの冒険者ギルドで入会試験を受ける予定であった。

 


 神殿都市ムルトはエル聖王国の都市ながら実質ジュアス教団が管理している特殊な街だった。

 それはこのムルトがジュアス教で崇められている六大神の一柱である水の女神アクウィータが眠りについた場所であるとされており、ジュアス教の聖地とされていたからである。

 そのため巡礼者は毎日のように訪れ途切れることはない。

 教団によってムルトに建てられた神殿は第二神殿だけではなく、十を超える。これが神殿都市と呼ばれる所以である。

 感謝祭の季節になると既存の宿屋だけでは足りず、民宿を行う者もいたがそれでも不足するほどであった。

 感謝祭はまだ数カ月先であるため、巡礼者の数は少ない方だとのことであったがリオはこれだけの人を見るのは初めてだった。


 ムルトに近づくにつれ、歌声が聞こえてくる。


「聖歌だ」


 巡礼者の誰かが言った通り、それは聖歌だった。

 それに合わせるように巡礼達が聖歌を口にする。

 ローズは眉を潜めたが何も言わなかった。



 城門での検問を終え、高い城壁をくぐると中央に円形の高い塔が見えた。

 そのまま進み少し先にある広場に到着するとそこで巡礼者達と別れた。

 ウィンドは護衛の終了を冒険者ギルドに報告し報酬を受け取った。

 その足で今日の宿屋を探すと部屋に荷物を置いて一階の酒場で夕食をとることにした。


「しっかし、うるさい街だねぇ」


 ローズが言ったのは酒場の喧騒のことではなく、外からから聞こえる聖歌である。

 第二神殿からは昼夜問わず絶えず聖歌が聞こえてくる。

 他の街ではあり得ない事だが、この街ではこれが普通だった。

 料理を運んで来たウェイトレスがテーブルに料理を置きながら笑顔で言った。


「外から来る方には厳しいかも知れませんね。私もここへ来た時はそうでした。夜なんか全然寝れませんでしたね」

「へえ、お姉さんはこの街の出身じゃないんだ?」


 可愛い女性には声をかけないと罪だと日頃公言しているナックがすかさず有言実行する。


「はい。でも今は聖歌を聞いていないと安心して寝れなくなってしまいました」

「第二神殿に近い宿屋はここより声が大きいんだろ?本当に寝れんのかい?」

「みんな慣れてますから。望んで第二神殿に近い宿屋を選ぶ巡礼者の方も多いんですよ」


 確かに宿屋の料金は第二神殿に近い程高い。それだけ聖歌を近くで聞きたいと思うものが多いということだ。


「俺にはわからないなぁ」

「あたいも安眠妨害以外の何者でもないね」


 ウェイトレスは苦笑する。


「でもいい事もあるんですよ。この街の犯罪率は他の街に比べてとても低いんです。それは聖歌が常に聞こえるからだと言われています」

「そりゃあるかもね。常に神様に見張られてるって気がするわ」

「俺もわかるよ。聖歌を聞いているとなんかこう心が洗われる気がするんだ。で、お姉さん仕事終わったあと暇?」

「あんたの汚れ全然とれてないわよ」


 ナックにすかさずツッコミを入れるローズ。

 ウェイトレスは笑顔を崩さず去って行った。



 冒険者ギルドの設立は古く、約五百年前に起きた暗黒大戦にまで遡る。

 魔界からの魔族の侵攻により多くの国が滅び、魔族によって支配されていた時代を人々は暗黒時代と呼ぶ。

 暗黒時代、人々は魔族に対抗するため国、種族の垣根を越えて一つとなった。

 そして勇者が現れ、魔族から世界を解放する事となる。

 その時、人々をまとめた組織が冒険者ギルドと名を変え今に至るのだ。



 冒険者ギルドへの入会方法は大きく分けて三つある。

 一つは冒険者ギルドと契約している機関からその者の能力を保証する証明書を発行してもらう事である。

 二つ目は冒険者ギルドが経営している冒険者育成学校を卒業する事である。

 単位取得に通常二年かかるが、その者の能力次第で早くも遅くもなる。

 卒業出来ればそのまま冒険者ギルドの会員となる。

 三つ目は定期的に行われるギルドの入会試験で合格する事である。

 これは誰でも受ける事が出来るわけではなく、街の権力者やCランク以上の冒険者からの推薦が必要である。

 リオは三つ目、Bランク冒険者べルフィの推薦で入会試験を受ける事になっていた。



 今回、冒険者ギルド入会試験を受けたのはリオを含め二十四名だった。

 入会試験は午前中に筆記試験が行われる。筆記試験は冒険者ギルドの規則に関するもので、筆記試験に合格したものだけが午後の実技試験に進む事ができる。

 もちろん、規則を理解しているのと実際に守るのは別であるが、理解さえしていないものは実技がどんなに優れていても会員にはなれない。会員になった後で問題を起こされてはギルドの信用に関わるからだ。

 会員が問題を起こした場合、その者を合格させた冒険者ギルドも責任を問われる事がある。

 会員に配布される冒険者カードには発行した冒険者ギルド名も明記されており、不良冒険者を多数輩出した冒険者ギルドは管理責任を問われ、ギルド職員が総入れ替えになったり、最悪その冒険者ギルド自体が廃止される事もある。

 そのため、入会試験はギルド職員も真剣だ。

 リオはナックから試験対策を受けていたお陰で筆記試験は問題なく合格した。


 午後の試験を受ける時、受験者は二十一名に減っていた。

 リオが受けるクラスは戦士である。

 受けるクラスによって実技内容は異なるが、戦士は試験官との模擬戦だ。

 装備は公正を期すためにギルドで用意したものを使用することになっている。

 以前は自分の装備を使用する事を許可していたが、魔法が付加された武器等を使用すると正しい判断ができないとの意見が出て禁止されたのだ。


「君の装備は?」

「剣と盾です」


 ギルド職員は備品の中からリオの体格にあった剣と盾を選び出し、リオに渡した。


「試してみてください。剣の種類、大きさ、重さなど希望があれば別のものに交換します」

「大丈夫です」


 剣を一振りすらせず即答したリオに職員はちょっと心配そうな顔をしたが、アドバイスするのは禁止なので何も言わなかった。

 弘法筆を選ばす、という言葉があるが、リオの場合はもちろん違う。何も考えていないだけだった。


 模擬戦は最長でも十分と決められており、時間内に試験管に認められれば合格である。

 戦い方には性格が現れるため、その者の内面を測るための試験でもあった。

 著しく性格に問題があれば、どんなに技術が優れていても不合格となることもある。


 試験とは言え、実践形式で行うので当然怪我をする者もいる。稀ではあるが命を落とす者もいるのだ。

 そのため、すぐに治療ができるように会場には神官や回復魔法が使える魔術士が控えている。

 今回の試験では第二神殿からの三人の神官が協力してくれることになっており、そばで待機していた。

 他の街のギルド試験では神官か魔術士が一人いればいい方なので、流石ムルトは神殿都市と言われるだけのことはあった。



 模擬戦の結果はその場で言い渡される。

 リオの実力は冒険者育成学校の卒業試験合格ギリギリのレベルだった。

 このような場合、合否は担当した試験管によってどちらにでも転ぶ。

 試験管は少しだけ悩んだ。


(まだ若いし、もう少し腕を上げてから方が彼のためとも思うが)


 試験管は推薦状の記述からリオがすでにウィンドと行動を共にしており、合格後はウィンドの正式なメンバーとなる事を知っていた。ウィンドは依頼達成率が高くも評判もいい。


(まあ、Bランク冒険者がこれからも指導するだろうから大丈夫か)


「合格だ」

「ありがとうございます」


 合格と告げられリオは笑顔を浮かべるが、心から喜んでいるようには見えない。


(これくらいの歳なら喜びを体で表現するもんだがな。まだ実感がないのかもしれないな)


「君の今の腕は最低限のレベルだ。無茶をせず先輩の言うことをよく聞くように」


 試験管はリオに忠告するのを忘れなかった。

 リオは「はい」と頷いた。



 リオが合格者の集まる待合室に向かうと既に十人ほどいた。

 皆の視線が一瞬リオに集まるものの、すぐに興味を失う。

 リオは特に気にすることもなく適当な席に着いた。

 時折、リオに視線を向け、笑う者がいたがリオは全く気にならなかった。



 しばらくすると待合室にギルド職員が入って来た。

 それを見て、立っていた者達は手近な席に着く。


「お待たせしました。これから冒険者カードをお渡しします」


 待合室に歓声が上がる。


「渡す前に一つだけ注意があります」


 職員はそこで一旦言葉を切った。


「冒険者カードを受け取ったその時からあなた方は冒険者ギルドの一員です。くれぐれもギルド会員である事を忘れないよう行動してください。その事を忘れ、その日のうちにギルドを退会させられた者もおりますので」


 その言葉で部屋がしんと静まりかえる。

 職員は満足そうに頷き、冒険者カードを配り始めた。

 冒険者カードはすでに失われた古代魔法技術により作られており、カードの作成だけはできるが新たに機能を追加したり変更する事はできない。

 カードの主な機能としては本人認証機能、依頼の合否の記録、貯金通帳である。

 リオの番が来て職員から冒険者カードを受け取った。

 リオは受け取った冒険者カードを見て首をひねる。


「このカード真っ黒なんですけど」


 リオが受け取った冒険者カードは真っ黒で何も書かれていなかった。

 リオはパーティの冒険者カードを見たことがあったため、おかしい事にすぐ気づいた。

 職員は特に驚く様子もなく言った。


「たまにあるんですよね。普通は本人が触れていると認証機能が働いて自動で表示されるんですけど、表示されない場合は『見たい』と念じてみてください」


 リオは職員に言われた通り「見たい」と念じた。

 すると、さっきまで真っ黒だった冒険者カードに変化が起きた。

 冒険者カードに、名前、クラス、冒険者ランク、依頼ポイント、登録日、登録ギルド、所属ギルドなどが表示された。

 冒険者ランクは最低ランクのFである。


「見えるようになったよ」


 職員もそのカードがリオのものである事を確認する。


「裏面にはギルドに預けたお金と依頼を受けている場合にはその内容が表示されます」


 リオは裏面を見た。

 貯金は0で依頼は何も書かれていなかった。


「何かご質問がありますか?」

「ないです」


(分からない事はべルフィ達に聞けばいいし)


「そうですか。分からないことがあったらいつでもお尋ねください」

「はい、ありがとうございます」


 リオは職員にお礼を言うと待合室を後にした。



 リオが宿屋に戻るとちょうどベルフィ達が旅立つ準備をしていた。


「あれ?出かけるの?」

「ああ、いい情報を入手してな」


 楽しそうにナックが答える。


「そうなんだ」

「こっちのことよりお前のことだ。合格したか?」


 リオはべルフィの問いに「うん」と答えて懐から冒険者カードを取り出す。


「はっ、よくあんた受かったわね!ここのギルドは質が低いのかしら」


 ローズが不満を隠さず吐き捨てる。


「いやいや、この天才ナック様の試験対策のおかげだろう」

「うん。ありがとう、ナック」

「ははははっ、もっと褒めていいぞ」


 ナックがポンポンとリオの頭をたたく。


「残念だったな、ローズ」

「ふんっ」

「ん?どうしたの?」

「ローズはな、お前が試験に落ちたらここに置いてけって言ってたんだ」

「そうなんだ」

「あんたは余計な事言うんじゃないよっ!」


 ローズがナックの尻を蹴る。


「いってーっ」

「ふん」

「出発するんだよね。僕もすぐに準備するよ」

「いや、お前はここに残れ」

「ん?僕、受かったよ?」

「心配するな。二、三日で戻る予定だ。その間、お前は神官の勧誘をしろ」


 そう言ってベルフィは当分の生活費が入った袋をリオに渡す。


「おいおい、マジかよべルフィ。リオには荷が重過ぎだろ?」


 ナックが驚きの声を上げる。


「あはははっ!いいねぇ!それ!リオ、これがあんたの冒険者初仕事だ!しっかりやんな!」

「そうだな。それがいい。ついて来ても足手まといにしかならないだろう」


 ローズとカリスもリオに神官探しをさせる事を聞いていなかったが、その決定に反対しない。


「うん、わかった」


 リオは異議を唱える事なく素直に頷く。

 それを見てローズがまた不機嫌になる。


「こいつ、大変さを全くわかってないわ」

「ははは。もしかしたら奇跡が起きるかもしれないぞ」

「そうね、世の中には物好きがいるからね!」

「そうなんだ」

「『そうなんだ』じゃないんだよっ!あんたはっ……」

「ローズ」


 ベルフィにたしなめられてローズがちっ、と舌打ちする。


「リオ、勧誘する神官の条件を言うから覚えろ」

「うん」

「あ、俺も条件出すぜ!」


 べルフィとナックはリオに勧誘する神官の条件を伝える。

 ナックの出した条件にローズが露骨に嫌な顔をした。


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