第8話 未来予知

「ああっー‼︎」


 ゴン!

 強烈な現実の痛みでサラは目が覚めた。ベッドから滑り落ちたのだと気づく。


「いったぁ」

「相変わらず寝相が悪いわね」


 サラが額を押さえながら起き上がり、声のした方に顔を向ける。

 そこにはいつからいたのか呆れた顔をしたカナリアが立っていた。


「早く起き過ぎたから迎えに来てあげたわよ。あと鍵がかかってなかったわよ、気をつけなさい。そうしないと神様から……」

「はいはい、それはもういいからって、久し振りに聞いたわね」

「ふふふ」


 カナリアは寝間着から神官服に着替えるサラに興味深げな目を向ける。


「なによ?」

「すごくうなされてたみたいだったけど、どんな楽しい夢を見たの?」

「うなされてた?」


 サラは確かに何かひどい夢を見たような気がした。


「よく覚えてないけど、少なくとも楽しい夢じゃなかったはずよ。でなければうなされたりしないでしょ!」

「うーん、でもあたしはあんたの事を全て知ってるわけじゃないからね。だからうなされているあんたをあえて起こさなかった❤️」

「ったく……それで私、なんて言ってたの?」

「うーん、よく聞き取れなかったけど、魔王がどうとか言ってた気がする」

「魔王⁉︎そんなの楽しい夢なはずがないじゃない!」

「そう?案外、魔王とやっちゃう夢だったりして、ふふっ」

「失礼ね!」



 サラのナナルとの特訓はなくなったが、定期的に実践形式の試合を行っていた。

 たまに、本当にたまにであるが、サラはナナルに当てることができるようになっていた。


「今日はここまでにしましょう」

「は、はい、ありがとうございました」


 サラが息を整えるのを待ってナナルは口を開いた。

 ナナルは同じ運動量をこなしたのにまったく息を乱していなかった。


「ところでサラ」

「はい、なんでしょうか?」

「なにかありましたか?」

「え?」

「今日は少し動きが悪かったですよ」

「そ、そうですか?」

「……」

「え、えと、多分今朝見た夢のせいだと思います。気にしないでください」

「夢、ですか?」


 サラはてっきりスルーされると思ったのに予想に反してナナルが興味を持ったことに驚いた。


「といっても何も覚えていないんですけど……カナリアが言うには魔王がどうとか言ってたらしいんですけど、カナリアのいうことだから本当か怪しいものです」


 ナナルは少し考える様子を見せるといつも以上に真剣な表情でサラを見た。


「六大神は信者に未来予知の力を授けることがあります。特にこの地は運命を司る女神アクウィータが眠りについたとされる場所ですからね。その力を授かる可能性は高いでしょう」

「あ、あの、ナナル様?」

「未来予知のおかげで大災害や魔族の侵攻を防ぐことができたことが幾度もありました」

「わ、私もその話は聞いたことがありますけど、まさかナナル様は私が見た夢が未来予知だったとお考えなのですか?流石にそれはないと思います。そういうのはもっと一級神官とか信仰の深い人が授かるものですよ」

「あなたは自分の力を過小評価していますね」

「そ、そんなことは……」

「サラ、あなたは神より多くの魔法を授かっているではありませんか。そう、並みの一級神官を超えるほどに。今のあなたならアクウィータが未来予知の力を授けてもおかしくないと私は思っていますよ」

「あ、ありがとうございます!」


 サラは神に認められるよりもナナルに認められることのほうが嬉しかった。


「でも、もし私が見た夢が未来予知だったとしたら、そしてカナリアの言うことが本当なら……」

「魔王の出現が近づいているのかもしれません」

「‼︎」

「あの、ナナル様、私はどうしたらいいのでしょうか?」

「自分を信じることです」

「自分を信じる……?」

「あなたが見た夢が未来予知であれば再び見ることになるでしょう。必要なのは自分を信じることです。そうすれば見た内容を忘れることはないでしょう」

「わかりましたっ。私、自分を信じてみます!」

「それでいいのです」

「はい!」


(ナナル様の期待を裏切らないためにも頑張らないと!……でも、)


「あの、ナナル様」

「なんでしょう?」

「……本当に未来予知だったら私は魔王と戦うってことでしょうか?」

「普通に考えればそうですね」

「そ、そんな……」

「大丈夫ですよ、サラ。あなたは強いです」

「そう言って頂けるのはうれしいですけど」

「大丈夫です。あなたが選んだ者はきっと勇者になるでしょう」

「私の選んだ者が勇者に?でもナナル様がいるのに……」

「あなたは私を買いかぶり過ぎです」


(いやいやいや!私は未だまともに攻撃を当てられないんですよ!ナナル様こそ自分を過小評価してます!)


「それに勇者は一人しか生まれない、というわけではありませんよ」

「そ、そうでした」

「ともあれ、これ以上話しても仕方がありませんね。また見たら知らせてください。そのときもう一度話し合いましょう」

「はい」

「あと、このことは私達だけの秘密です。下手に騒ぎになっても困りますからね」

「わかりました。カナリアにも言っておきます」

「その必要はありません。そんなことをすれば返って怪しまれます。聞かれたら適当に流しなさい」

「はい、そうします」

「では、私は次の務めに参ります。あなたも自分の務めに戻りなさい」

「はい。ありがとうございました!」



 その夜、サラは再び悪夢を見た。

 今度は目覚めた時にも多少記憶が残っていた。


(近い将来、魔族の侵攻が始まる!そして魔王が現れる!それも複数!しかもその中の魔王を統べる魔王は私の裏切りで誕生する⁉︎)


 サラは気が気ではなかったがナナルの言いつけを守り、できる限り普段通りを装いながら朝の勤めを終えるとナナルのもとへ向かった。

 サラの夢の話をナナルは黙って聞いていた。

 話が終わると静かに口を開いた。


「……なるほど。その魔王、元勇者の名前はなんと言っていましたか?」

「すみません、その、覚えていないのです……」

「では顔はどうですか?」

「そ、それもよく覚えていません。でも会えばきっとわかると思います!」


 根拠はない。しかし本当にそう思っていた。

 ナナルは少し難しい表情をしながら言った。


「その夢は間違いなく未来予知ですね」


 サラは一番気なっていることを尋ねた。


「勇者が魔王になるなんてことあるのでしょうか?」

「私の知る限りでは前例はありませんね。ただ、人が魔族の誘惑に負けて魔に堕ちる例はいくつもありますから可能性はゼロではないと私は思います」

「そうですか……」

「サラ、あなた一人で悩む必要はありません。私もついています」

「は、はい!」

「それに神はあなた一人に重荷を背負わせることはありません。きっと他にもあなたと同じように未来予知を授けられた者もいるでしょう。その場にはあなた以外の方もいたのでしょう?」

「は、はい」


 その場には魔王とサラ以外に生きているものはいなかった気がするが、はっきり断言できるほど詳細に覚えているわけではなかった。

 視界に入らないところにいたかもしれない。倒れた仲間達の中に神官がいたのならその者も死ぬ直前までの未来予知を見ている可能性がある。


「ナナル様、私はどうすれば良いのでしょうか?」

「まずあなたの考えを聞かせてください」

「そ、そうですよね……私は、その、やはり魔王が誕生するというのであればそれを阻止しなくてはならないと思います」


 ここ百年ほど魔王は現れておらず、当然のことながらサラは出会ったことがない。


「どうすれば阻止できると思いますか?」


 サラはしばらく考えたがいい答えは思い浮かばなかった。


「……わかりません」

「良いかどうかは別として異端審問機関に知らせるのもひとつの手です」

「異端審問機関……」


 それはサラも考えたが異端審問機関にいい感情をもっていなかった。


 異端審問機関はジュアス教団の一部門で魔族殲滅を目的として設立された機関であるが、そのための行動が過激過ぎて問題となっていた。

 真偽は定かではないが、魔族として処罰されたものの中には間違いで殺された者達も少なからずいたという。

 数年前にはジュアス教を国教としていない数少ない国の一つである西の大国、カルハン魔法王国に対して魔族信仰の疑いありとして異端審問機関が独断で戦いを起こしていた。

 この戦いは戦いを仕掛けた異端審問機関側が大敗するという無様な結果となり、この敗戦でジュアス教団内での異端審問機関の発言力が弱くなった。

 この戦いが起こる前まではカルハン魔法王国内でのジュアス教の布教は容認されていたが、戦いの後、カルハンの首都リゼにあるジュアス教団の神殿は封鎖され、神者達はすべて追い出されてしまった。

 残されたジュアス教信者には住みにくくなり、国を離れる者が後を絶たず、今ではカルハン魔法王国内のジュアス教徒の数は十分の一にまで減っていた。

 現在、カルハン魔法王国とは教団本部が中心となって関係修復に努めているが難航している。

 その原因の一つが教団内での力を取り戻しつつある異端審問機関で、神殿封鎖こそ魔族信仰の証だと叫びはじめていることである。


「あなたの見た夢が異端審問官によって真であると判断されれば、その者は粛清されるでしょう」

「粛清……」


 それは死を意味する。


「たとえ勇者となるとしても。今がどこから見ても善人であったとしても」

「私は……」

「もし私があなたの立場だったらその者を見極めてからどうするか判断します。その者は最初から魔に魅入られた者だったとは思えません。魔王になる前は勇者だったのでしょう?」

「はい」

「であれば、その者は魔族と戦ったはずです。そして多くの人を救ったはずです」

「はい……」

「例えば、今その者を処罰すればその者が助けたであろう者達を救えないことになります。もちろん他の者が助けるということもあるでしょう。しかし、そうなるとその者達が助けるはずだった者が助からないことになるかもしれません。それがどのように未来へ影響を与えるのか誰にもわかりません。……そして勇者は一人ではないとは言いましたが、必ず現れるわけでもありません」

「……」


 結局、サラはナナルと話しても結論を出せなかった。

 現状はとにかく情報が少なすぎたのだ。


(でもまだ時間はあるはずだわ。今思えば、あの時の私はもっと成長していた気がするわ。まだ数年はあるはず。それまでにどうするのがベストなのかじっくり考えましょう)

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