第10話 六大神 その1

 翌日、リオは朝食を終えると神官勧誘のため第二神殿へ向かった。

 一般的に魔術士が攻撃魔法を得意としているのに対し、神官は治療・防御魔法が得意といわれている。

 特に回復魔法は魔術士より強力で強敵相手には神官が必須といってよかった。

 ウィンドにもリオが入る前には神官がいたが、パーティ内でゴタゴタがあって出て行ってしまった。

 その理由をリオは知らないし、知りたいとも思っていなかった。



 リオは第二神殿の正門の前に立っていた。

 高さ三メートルを優に超える門は既に解放されており、信者、冒険者から荷台に大量の荷物を乗せた商人、そし神殿関係者達が頻繁に出入りしている。


「大きい門だなあ。でもあの高さは必要なのかな」


 リオが門を眺めていると突然背後から誰かがぶつかってきた。

 リオは思わず膝をついた。


「そんなところでボケっとしてんじゃねえ!小僧が!」


 それは身長が軽く二メートルに達する冒険者の男だった。

 逞しい体つきで両手剣を背負ったその男はリオをひと睨みして門をくぐった。

 その後ろをその男のパーティの仲間らしき者達が続く。


「ここはお前のような子供が遊びに来るとこじゃねえぞ!」

「さっさと母ちゃんのオッパイでも吸いに帰りな!」


 ははは!と周りから笑いが起きる。

 リオは立ち上がると埃を払った。


「僕は遊びに来たんじゃないなから問題ないね」


 一人そう呟く。

 その表情に動揺も恐怖も見られない。

 リオは身なりを確認してから門をくぐった。



「えーと、勧誘する神官の条件は……」


 パーティのリーダー、ベルフィが言っていたことを思い出しながら口にする。


「まずは魔法が使えることだよね。……あれ?神官ってみんな魔法が使えるんじゃないのかな?見習いはダメって事かな?まぁ、本人に聞けばいいか」


 リオは物事を深く考えない。

 べルフィ達の言うことを聞いていればいい。

 今までそうして来たのだ。

 これからも変えるつもりはない。

 少なくとも今のところは。


「後は……えーと、ナックが言ってたのは女性で、美人だったかな」


 ナックはパーティ唯一の魔術士である。

 なかなかの美形だが女癖が悪かった。

 それが災いしてよく問題を起こしていた。

 それでもパーティを追い出されないのは魔術士の冒険者は少ない上に腕もいいからだ。


(美人か……)


 リオは十六才になるが色恋に関心がなく、そして美的感覚を持ち合わせていなかった。

 必要ともしていなかった。

 だから美人と言われてもどうやって見分ければいいのかさっぱりわからなかった。


(まあ、本人に聞けばいいか)


 などととんでもない事を考えるリオであった。


「神官はどこで勧誘するのかな?」


 第二神殿の敷地内は広い。

 いくつもの建物が見えるが、どれがどんな目的の建物なのかさっぱりわからなかった。


「……あれは何だろう?」


 リオの目にとまったのは円形の塔であった。

 その塔の入口は解放されており、神殿関係者だけでなく信者も自由に出入りしていた。


「誰でも入っていいんだ」


 そう一人呟くと、リオはその塔へ向かった。

 塔は吹き抜けで内壁に階段が設けられており、上には何かあるようだがそちらは立ち入りが禁止になっていた。


 一階には三メートル程の高さの石像が六体あるようだった。それらは部屋を囲むように等間隔に並んでいる。

 あるようだった、と曖昧な表現をしたのはその中の一つだけ黒い布で全身を覆われて姿が見えなかったからだ。

 石像が六体あることでジュアス教に詳しくないリオでもそれが六大神の神像であることがわかった。


 信者達は一列に並んで右回りに神像にお祈りを捧げていた。

 信者達は布で覆われた神像に何の不満も疑問も持っていないようでその像の前を通り過ぎる。


「すみませんが前に進んでもらえますか?」


 リオは自分が入り口で立ち止まって礼拝の邪魔をしていると気づき、慌てて邪魔にならない位置に移動する。

 リオに声をかけた信者は礼拝の列に並ばないリオに不審な目を向けたものの何も言わず、礼拝の列に並ぶ。


 リオはしばらく神像と信者達を眺めていた。

 ほんの一部だけであるが、布で覆われた神像にお祈りする者もいたが、姿が見えないことに不満はないようだった。

 それがリオには気になった。

 リオは礼拝の列に並ぶと他の神像には目もくれず、布が被せられた神像の前に来ると、神の名が記されたプレートを見た。


「闇の神ダル……スージュ?」


 リオがその言葉を発すると辺りから視線を感じた。

 他の神に祈りを捧げていた信者、神官達が困惑した表情でリオを見ていた。


(ん?読み方間違えたのかな?)


 と、リオに声をかける者がいた。


「少年、その神様の名は滅多に口にするもんじゃないぞ」


 声のした方へ顔を向けると、背の高い男の神官が立っていた。

 リオでもその服装から神官の中でも偉い人だという事がわかった。

 一級神官のファンであった。


「どうしてですか?」

「その神様はな、人見知りなんだ。あと間違ってもその布を取ったりするなよ。明るいのが嫌いなんだ」

「そうなんだ。教えてくれてありがとうございます」


 リオはファンに頭を下げる。

 ファンはその一連の動作にどこか不自然さを感じた。

 

「ところで少年。その神様の事を知らないって事は信者ではないのか?」

「父さんは信者だって言ってました」

「父さんは、ってな……」


(この年頃でこの言動……この少年、頭弱いのか?)


「ここじゃ礼拝の邪魔になるからちょっと外に出て話さないか?」

「はい」


 リオは頷き、ファンの後をついて行く。

 信者達から安堵の息が漏れた。



 ファン達は塔から離れ、小さな建物に移動した。

 そこはちょっとした話をするときに使う部屋がいくつも用意されていた。

 ファンは空いている部屋に入るとリオに席を進め、自分も席に着く。

 すぐに神官見習いが部屋に入ってきて飲み物をファンとリオの前に置いて去っていった。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 リオがジュースに手をつけないので疑り深いのかと思い、ファンが先に飲む。


「美味い!ほら、君も飲みな」

「はい」


 リオもジュースを口にした。


「どうだ?神殿の畑で作った野菜ジュースの味は?」

「野菜の味ですね」

「いや、そうなんだが、美味しくないのか?」

「僕は味覚音痴らしいのでよくわかりません」


 ファンは内心「らしいって、また人ごとかよ」と思ったものの口にはしなかった。


「そうか。そいつは残念だな」


 ファンは残りを一気に飲んだ。


(やっぱ美味いよな。味覚音痴って人生損してるな)


「君は冒険者なのか?」

「はい」

「そうか。父さんと一緒に来たとか?」

「いえ、父さんは殺されました」


 ファンはさらりと答えたリオに対して更に違和感を覚えた。


(なんだ、こいつ。父親が死んだって事をなんでそんな簡単に、しかも笑顔で答える?虐待でも受けていたのか?……いや、違うな。こいつの笑顔、これは作り物だ。本物じゃない)


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