第5話 恥ずかしい戦い(テコ入れ)

 二人が特訓場所を神殿奥の道場に移した後、再び訓練内容に興味を持つ者達が現れた。

 一度はその悲惨な光景を目にして逃げ出したにも拘らず、いざ見れなくなると見たくなる。

 人の心は不思議なものである。

 しかし、ナナルは道場の見学を許可しなかった。


 見せたくないものほど見たくなる。

 皆に秘密にして行う特訓とは一体どんなものなのか?

 その好奇心を抑えることができない者達が禁を破り道場へ向かったが、ことごとく失敗した。

 道場へ至る通路に侵入阻止用の結界、トラップなどが仕掛けられており、道場まで辿り着けなかったのである。

 ナナルは冒険者でもあり、それらの腕前も抜きん出ていたのだ。

 

 禁を犯した者は当然罰を受けていた。

 と言っても罰自体はそんなに厳しいものではなく、掃除、飯抜き程度だった。

 それよりもトラップなどに引っかかった時に受けた傷の方が酷く、こちらが本当の罰のように思われた。

 そのため、


「これはナナル様が俺達も鍛えようとしてるんじゃないか?」


 などと考える者が出る始末である。

 そんなこともあり、その後も何人もの挑戦者?が現れたが道場へ到達できる者はおらず、気づけば誰も挑戦しなくなっていた。



 そして今日久しぶりに挑戦する者が現れた。

 カナリアである。


(うわっ、今のはちょっとやばかったわねっ。バリルみたいな大怪我してたかも!マジで特訓内容を見せたくないのねっ!なら絶対見てやるわっ!)


 二級神官レベルで突破するには非常に厳しいものばかりであったが、絶対に不可能というものでもなかった。


(あたし達を試してるって言うのも満更でも嘘でもないかも、って気がしてきたわ……でもまさかねっ)


 失敗した者達から前もって情報収集していたお陰でカナリアはなんとか道場へたどり着く事に成功した。

 もちろん、カナリアの実力があってこそであった。


 カナリアは興奮を抑えながらできる限り気配を消して道場に近づくとそっと窓から中を覗き、予想外の光景に呆気にとられた。


 道場にいたのはサラ一人だった。

 サラは何も身につけておらず、全裸だった。

 見た限りでは怪我はなく、道場の隅に服が綺麗に畳まれていることから何者かに襲われた、というわけではなさそうだった。


(……一体何やってたのよ?)


 

 サラは道場の中を覗いている者がいる事に気づいた。

 何となく知っている者の気配だった。


「そんなとこにいないで入って来たら?」


 そっと様子を見て帰るつもりだったが気づかれたなら仕方がないとカナリアは道場に入った。


「ねえサラ」

「……」

「どんな特訓してんのかと思って来てみれば、全裸で大の字って何の特訓よ?」

「……何してるように見える?」

「新手の男ホイホイ?」

「そんな訳ないでしょ」

「じゃあ……男を誘い込む練習?」

「だから違うって言ってるでしょ」

「じゃあ何よ?」

「さっきまでどんな状況でも冷静に対処できるための訓練をしてたのよ。今は休憩中」

「全裸で訓練?」

「そうよ。水浴びしてるときに襲われた状況を想定してたのよ」

「……本当にぃ?」

「何よ?」

「その割に怪我してないじゃん」

「魔法で治療したに決まってるでしょ……ほとんどナナル様に治してもらったんだけど」

「そうなんだ。ま、あんた治癒魔法苦手だしね」

「凄いのよナナル様!骨折も一瞬で治しちゃったの!全然痛くないのっ!びっくりでしょ!?」

「あたしは骨折して喜んでるあんたにびっくりだけど」


 サラはナナルに心酔しており、大怪我したにもかかわらず全く恨んでいなかった。

 興奮気味のサラはカナリアのツッコミを聞き流す。

 ナナルの事を話し始めたサラの頬が紅潮する。


(裸見られたとこで赤くなりなさいよ。赤くなるとこ違うでしょ)


「私だったら傷跡が残ったり、痛みがしばらく残ったり、元のように動くのにしばらくかかるんだけど全く問題ないわ!骨折したのが嘘みたい!いいえっ!前より動きがよくなった気さえするわっ!」

「それはないでしょ」

「本当にナナル様は凄いわっ!」


 サラにカナリアの突っ込みはまたも聞こえなかったようだ。

 カナリアはため息をついた。


「……重症ね」

「え?何?私、何かおかしなこと言った?」

「別に」

「本当?」

「それよりさ、」


 カナリアは声を小さくして言った。


「この特訓さあ、実はナナル様の趣味なんじゃないの?特訓に見せかけてあんたを調教してるとか」

「バカ言ってるんじゃないわよ!」

「ははは。でも毎日全裸特訓してんでしょ?」

「そんな訳ないでしょ」

「にしてもさ……」


 カナリアはサラの足下に移動して裸体をじっと見つめる。


「……そそるわね」

「やめてよね」

「あたしだったからよかったけど、ここに来たのが男だったら間違いなく襲われてたわよ」

「もう!」

「……」

「何黙ってるのよ?」

「……サラ、あたし、こうやってあんた見てると、その、新しい自分に目覚めそう……さっきの言葉訂正していい?」


 サラは身の危険を感じて足を閉じる。


「冗談よ。本気にした?」

「……」



 と、カナリアの背後から声がした。


「何故あなたがここにいるのです?」

「あ、ナ、ナナル様、ちーすっ!じゃなかった、お邪魔してますっ」

「……」

「じゃ、じゃあ、あたしはこれで……」

「待ちなさい」


 カナリアはぴたっと動きを止めた。

 ナナルの声は静かで威圧的ではなかったが逆らい難いものがあった。

 ゆっくりと振り返るカナリア。


「な、なんでしょう?」


 ナナルはカナリアの問いには答えずサラを見る。


「サラ、いつまで休んでいるつもりですか?」

「もう少しだけダメですか?」

 

 傷は治っても気力はまだ回復していなかった。

 そんなサラをナナルは見下ろしながら言った。


「本当に“男ホイホイ”とやらをしますか?」


 げっ、聞かれてたっ!とカナリアが呟くのが聞こえた。

 サラがばっと立ち上がる。


「すみません!もう大丈夫ですっ!」

「本当ですか?無理しなくてもいいですよ」

「いえ!本当に大丈夫ですっ!」

 

 ナナルがカナリアを見た。


「カナリア」

「は、はいぃ!」

「禁を犯してここまで来たのです。折角ですからサラの特訓の手伝いをしてもらいましょうか」

「手伝い……あ、あの、あたし、そういう趣味ないので……」

「どういう意味ですか?」

「え?あ、すみません!そ、それであの、何を手伝えばいいのでしょう?」

「もちろんサラの相手です。相手が私ばかりでは変な癖がついてしまうかもしれませんから」

「え?へんな趣味……」

「……」

「何でもないですっ!」


 カナリアは観念してサラに対峙する。


「えーと、サラは裸のままですか?」

「ええ。先程までは水浴び中に襲われたというシチュエーションで行なっていました。それは聞きましたね?」

「は、はい」

「いざという時に裸だから恥ずかしくて戦えない、実力を出せないなど話になりません。あなたは疑っているようでしたが」

「と、とんでもないです!ナナル様の仰る通りです!」

「ではお願い出来ますか?」

「は、はい!勿論です!」


 もとからカナリアに拒否権などない。



 カナリアは正面に立つサラを改めて見る。


「あんたの裸なんて別に珍しくないんだけど、この状況だとやっぱりなんかそそるわね。あたしはそんな趣味ないんだけど」

「私もそんな趣味ないわよ」


 二人はゆっくりとジュアス式格闘術の構えをとる。


「じゃあ、そろそろ始める?」

「ええ」


 いざ始めようとした時だ。


「待ちなさい」

「なんですナナル様?」

「あなたも脱ぎなさい」

「え?」


 ナナルは冗談を言っているようには見えない。


「で、でもあたし襲撃者役ですよねっ?ねっ?」

「はい。浴場にいた客が実は襲撃者だったという設定です」

「……へ?あれ?でもさっきは……」

「同じ状況ばかりでやっても仕方がないでしょう?」

「そ、それはそうだけど、ですけど、それはまた今度ナナル様が……」

「それとも罰を受けるのとどちらがいいですか?」

「えーと、罰って掃除やご飯抜き……じゃなさそう、ですね?」

「ここまで来たのです。罰は特別ですよ」

 

 ナナルが滅多に見せない笑顔を見せる。


「わ、わかりましたっ!ぬ、脱ぎますっ!」



「カナリアの裸見るのなんて珍しくないけど、こう状況だとなんかそそるわね」


 ここぞとばかりさっきの仕返しをするサラ。


「……勝手に言ってなっ」

「静かに」

「「す、すみませんっ」」


 二人は綺麗にハモった。


「二人とも魔法も武器も禁止です。お互い肉体のみで戦いなさい。いいですね?」

「「はいっ」」


 またもハモった。


「お互い本気でやるように。どちらか一方でも手を抜いているようなら二人に罰を与えます」


「「はいっ!絶対手を抜きませんっ!」」


 双子じゃないかと思うくらい今度もハモった。


「ーーでは、始めっ!」


 全裸の少女がお互い相手に向かって走り出す。


「あんたの体に八つ当たりさせてもらうからっ!」

「その言葉、そっくりお返しするわっ!」



 この日以降、カナリアがサラの特訓を覗きに来ることはなかった。

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