第4話 選択なき選択

 サラがジュアス教団に入団したのは親への反発からだった。

 サラは下級とはいえ貴族であり、何不自由なく育てられ順風満帆な生活を送っていた。

 彼女の環境が変わったのは弟が生まれてからだった。

 当初、サラが家を継ぐことになっていたが弟が生まれるとその話はあっさり消えた。

 それだけならまだよかった。

 サラは家を継ぐことに固執していなかったし、逆に将来を決められた弟を不憫に思うことさえあった。

 ただ、親の弟の可愛がりようが面白くなかった。

 別にサラは弟が嫌いではなかったが、嫉妬でだんだんと避けるようになっていった。

 サラは事あるごとに弟を甘やかせ過ぎだと親に文句を言うようになった。

 親の頭の中は後継者の長男のことでいっぱいになり、文句ばかりいうサラを疎ましく思うようになった。

 そしてついにはサラと両親との確執は決定的なものとなり、両親はサラを中流貴族のもとへ嫁に出すことを決めた。

 相手の男とは年齢が四十以上も離れており、完全な政略結婚であった。


 ちょうどその時、サラの住む街に神殿騎士団が滞在しており、家を飛び出したサラは教団への入団と保護を求めた。

 その時、同行していた神官長のナナルと出会ったのである。

 ナナルはサラから事情を聞くと即座に入団を認め、サラを追ってきた家族の手の者達を追い返した。

 教団は一種の治外法権で例え貴族であろうと容易に手出しできないのだ。

 その後、ナナルはサラの両親を説得し、縁談を破棄した事でサラやその家族に害が及ばないようにうまく処理もしていた。

 そのことをサラが知ったのは第二神殿で生活するようになってしばらくして親から届いた手紙からだった。


 最初こそ家族への嫌がらせで入団したサラだったが、ナナルの気遣いや務めを果たす姿を見ているうちにナナルを尊敬する気持ちが強くなった。

 やがて少しでもナナルの力になりたいと強く思うようになり、それまで仕方なくという気持ちが強かった神殿での務めを真剣に行うようになった。

 その気持ちの変化が神に届いたのか、ほどなくしてサラは魔法を授かった。

 “ハードコート”である。

 ちなみに神から最初に授かる魔法は回復魔法“ヒール”が圧倒的に多い。

 その事を知ったカナリアには「あんたは何かやってくれる子だと思ってたわっ!」と笑われたものである。


 ちなみに“サラ”という名は入団時にナナルよって与えられた名前であり、神殿内でサラの本当の名前を知るのはナナルのみである。



 神官長ナナルは十年前にフルモロ大迷宮と呼ばれるダンジョン下層から魔族が襲来した際に何体もの魔族を葬った。

 その時、指揮をとっていた上級魔族を倒したパーティは六英雄と呼ばれて、その一人がナナルであった。

 今では教団最強とまで噂されており、ナナルの名を知らぬ者はいないだろう。

 ナナルが選んだ勇者候補は必ず勇者に選ばれるだろうと皆が噂していたが、当のナナルは勇者探しをする様子は全くなかった。

 ナナルの噂を耳にして勇者候補に選ばれようと訪れる冒険者は後を絶たなかったが皆尽く断られた。

 そのため、すでに勇者候補を見つけていると考えている者もいたが、誰もそれらしい人物に心当たりがなかった。

 実は自分自身を選ぶのではないかと考える者も少なからずいたが、自身を選ぶなど今まで前例がないことである。

 好奇心を抑えられない者が本人に直接聞いたが答える事はなかった。



「ナナル様、只今戻りました!」

「おかえりなさい、サラ」

「初めての実戦はいかがでしたか?」

「はい、とても緊張しました。でもいろいろ学ぶ事も多くて良い経験が出来ました」


 サラはポケットからプリミティブを取り出した。


「ナナル様、これが私が初めて倒したウォルーのプリミティブです!」


 本来であれば自分で倒したとはいえ、プリミティブは教団に提出しなければならないが、最初に倒した魔物のプリミティブだけは記念に貰えることになっていた。


「初戦で魔物を倒すとは見事ですね」

「ありがとうございます!」



 一通りサラの話を聞き終えるとナナルが口を開いた。


「ところでサラ、あなたは今後のことを考えていますか?」

「もちろんナナル様のようになりたいと思っています。私にはナナル様のような才能はありませんが、少しでも近づいて助けて頂いた恩を返したいと思います!」


 ナナルの表情が一瞬変化したが、すぐにいつもの表情に戻ったのでサラはその変化に気がつかなかった。


「恩などと気にする必要はありません。私は特別なことをしたわけではありません。すべきことをしたまでです」

「それでも私の恩人には変わりません。もしあのとき助けていただけなければ今頃好きでもない人の子を産んでつまらない人生を送っていたと思います」

「それが絶対に不幸とは限りませんよ」

「え?」

「少なくとも飢えに苦しむ事はないでしょう。子供を持てばその子が生きがいになるかもしれません」

「そ、それはそうですけど……」


(あれ?今日のナナル様はいつもと違う気がするわ。どこがと言われるとはっきりいえないけど……私、何か気に障ること言ってしまったのかしら?)


「さてサラ、先ほど私のようにと言いましたが具体的にどのようにでしょうか?」

「え、えーと……」


 ナナルは答えを急かす事はしなかったが、キチンと答えるまで帰す気はないようだった。


「と、とりあえずこのまま務めを果たしてですね、その、魔法をもっと授かって、あ、あと戦闘技術も学びたいと思います」

「なるほど」

「は、はい!そうなんです!」


(よかったぁ。これで納得……)


「それで?」


(してなかったっー!)


「一番重要なことですよ。鍛えて何をするのですか?あなたは何がしたいのですか?」

「う、」


 本来なら悩むことではなかった。

 ジュアス教団の教えに従い迷える者達を導く。

 そう答えるだけでよかった。

 だが、サラはジュアス教を深く信仰しているわけではない。

 ナナル個人の役に立ちたいのだ。


(間違ってもナナル様にだけは嘘を言えない。そんな事をしてもナナル様はすぐに見抜き、失望するわ。私も私を許せない。だからと言って素直にナナル様がやりたい事が私のやりたいこと言ったら……ダメよね、こんな自主性のないこと言ったら結局失望させてしまう……)


「……すみません、今の私は何をしたいのかはわかりません。でも何かしたくなったときに何もできない、ということだけはしたくないんです。だから今はとにかく自分をもっと鍛えたいと思います」


 しばし沈黙し、ナナルは静かに口を開いた。


「自分をもっと鍛えたいのですか?」

「はい」

「もっともっと?」

「はい!」

「もっともっともっとですか?」

「は……?」

「もっともっともっともっとですね?」

「え、えーと……」


(私、踏んではいけないものを踏んでしまった……?)


「もっともっともっともっともっとですよね?」

「あ、あのっ!!」

「……」


 ナナルはじっとサラの返事を待つ。

 ナナルの肯定を前提とした投げかけ。

 肯定すれば地獄が待っている。

 サラの生存本能が“断れ”と叫ぶ。

 だが、「すみません、もう少し考えさせてください」とか「今のはなかった事で、てへっ」などと言わせる雰囲気をナナルは与えなかった。

 サラには肯定する以外選択肢はなかったのだ。


「は、はい……そう、です」


 サラは自分の本能の叫びを無視し、喉を枯らしながらそう小さく呟いた。

 ちょっとだけ聞こえないように願ったが、この願いは叶えられなかった。


「わかりました。サラ、私もあなたにそのときが来た時、力がないと嘆く事がないように力を貸しましょう」


 ナナルが滅多に見せることのない笑顔、その優しい笑顔を見てサラは、「よかった!私の思い過ごしだったんだ!私の予感なんて当たるわけないわよね!」と思った。

 次の言葉を聞くまでは。


「では、明日より特訓を開始します。期限は特に設けません。私が納得する強さをあなたが身につけるまでです」

「……へ?」

「今日は早くおやすみない。明日のために少しでも体力を蓄えておくのです」


(……あー、やっぱり選択間違えた……どこで間違えたのよ?)



 二級神官になったばかりのサラをナナルが直々に鍛えることになったことはすぐに神殿の者すべてが知るところとなり、ナナルに憧れている者やサラより信仰心、才能があると自負する者達の間で、何故自分ではなくサラなのか、と不満の声が上がった。

 しかし、訓練場で行われている特訓の様子を見てその声はすぐに消えた。

 来る日も来る日も容赦なくボコボコにされるサラの姿を見て、自分じゃなくてよかった、参加したいと言わなくてよかったと心底思った。

 そのうちサラが特訓を開始する時間になると訓練場には誰も近づかなくなった。

 そして更にしばらく後、巡礼者がうっかりその特訓を見て卒倒する、という事があり、訓練場所は神殿奥の関係者以外立ち入り禁止の道場に変更された。

 そのため、以降、二人がどんな特訓をしているのかわからなくなった。

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