第3話 初戦
ネパの森に到着すると早速偵察隊を組織してウォルーの棲家の調査に出かけた。
ウォルーはある程度戦闘訓練をした者なら遅れをとることはない。
ただし、あくまでも単体での話だ。
集団で襲ってくるウォルーは連携が取れており非常に厄介な敵となる。
本来、ウォルーは彼らの縄張りに侵入した獲物を襲う。
ネパの森に棲むウォルーの棲家は街道から離れた森の奥深くにあったが、今回は街道にまで現れ旅人を襲っているのだ。
今はまだ巡礼者や神殿関係者が襲われたという話はないが、犠牲者が出るのは時間の問題であった。
今回、魔物討伐に参加しているのは神殿騎士団だけではなかった。
冒険者も一緒だった。
冒険者達は冒険者ギルドでウォルー討伐の依頼を受けており、依頼とは別に神殿騎士団が行動にしている事を後で知り、楽ができると喜んだ。
騎士団は魔物退治を無償で行う。それが出来るのは信者やジュアス教を国教としている国々から寄付を受けているからだ。
「なあ、あんた、勇者を探してるんだろ?」
サラに声をかけてきたのは今回の討伐に同行していた冒険者の一人だった。
なかなかの美形だったが、
「いえ、探していません」
サラは即答した。
それは事実だった。
サラは自分が神に勇者候補の名を告げたとしても、その者が勇者に選ばれると思っていなかった。
信仰心がそれほど高くない事を自覚していたし、もし自分に才能があるなら普通より早く魔法を授かり、二級神官へ昇格できたはず。
そう思っていたからだ。
想定外の答えに冒険者は一瞬ポカン、としたがすぐに立ち直った。
「もったいないぜ。ジュアス教団の神官が勇者探しをしないなんてよ。俺なんかどうだ?これでも結構名の知れた冒険者なんだぜ」
「カナリア、この方のこと知ってる?」
カナリアは情報通で冒険者の知り合いも多い。
待ってましたとばかりにカナリアが楽しそうに答える。
「知ってるよ。確か種馬ジョンでしょ?可愛い子を見ると片っ端から声かけ回って不幸な子供を大量生産してるってホント有名人!ちなみに下半身以外の腕は知らないわ」
冒険者達から笑いが起こる。
ジョンと同じパーティからもだ。
だが、ジョンの面の皮は厚く、怒りもしないし、懲りた様子も見せない。苦笑いを浮かべただけだ。
「ひどいなぁ。それはひどい誤解だよ。ところでカナリアだったかな、君はどう?勇者探してないの?君も可愛いし」
「あたしも勇者に興味はないね。探す気もないよ。あと最後のかわいいは関係なくない?」
そう言ってカナリアはしっしっ、と手を振る。
「いやあ、まいったなぁ」
ジョンはそう言うとあっさりとサラ達から離れ、自分のパーティへ戻って行った。
「なんなの?あれが冒険者なの?」
「サラは冒険者と話すの初めてだっけ?」
「仕事以外の話をしたのは初めてかしら」
「そっかぁ。正しくは”あれ”も冒険者ね。困っている人のために、っていう人もいるけど少数派ね。大体はひと財産当てるためや、その日その日が楽しければそれでいいって奴の方が圧倒的に多いわ」
「そうなのね」
「これでひとつ貸しができたね」
「なんのことよ?」
「あたしがいなかったら、帰って……」
「それはない!」
「最後まで言わせてよ。まあ、実際あいつとは何も起きなかったでしょうけどね」
「当たり前でしょ。私があんなのに引っかかるわけないじゃない」
「いや、あたしはあんたを信じてんじゃなくて……周りを見なさいよ」
サラは言われて辺りを見回す。
「あ」
「そ、騎士団が種馬を睨んでるでしょ。あたしがいなかったら騎士団が追っ払ってたわよ」
「やっぱり信頼できるのは教団だけね」
「さっきあたしが言ったこともう忘れた?」
「え?」
カナリアがサラの耳元で囁く。
「自分達を差し置いてヤらせるかってことよ」
「カナリア!」
サラは顔を真っ赤にしてカナリアを睨む。
「ははは、あんた、神殿で結構人気あんのよ。気づいてないとか言わないよね」
「……まあ、少しは」
「今までは見習いだったからみんな自制してただけだから。今のあんたは一人前なのよ。もうみんな遠慮しないわよ。わはははは」
カナリアの言うとおり神官見習いは勇者探しどころか交際も禁止である。二級神官なって初めて一人前と認められるのである。
ちなみに一級神官へ昇格出来るのはごく一部で、ほとんどの者が二級神官止まりであるため、単に神官といえばこの二級神官を示す。
「なにがおかしいのよ、まったく」
しばらくして偵察隊がウォルーの棲家を突き止めて戻ってた。
作戦会議を行い、各々の役割を確認後、ウォルー討伐に出発した。
サラは今回の討伐でウォルーを一頭を仕留めた。
騎士団の包囲網をすり抜け逃走をはかったウォルーがサラへ向かってきたのを倒したのだ。
「お見事」
「ありがと、カナリア。でも緊張したわ」
「そう?あたしには楽しそうにウォルーをぶん殴ってるように見えたけど」
「失礼ねっ」
楽しそうだったかは意見が分かれるところだが殴って倒したことは事実だった。
これはサラが馬鹿力を持っている、というわけではなく、神から授かった魔法、“ハードコート”を使ったのだ。
この魔法はモノを強化する魔法で通常は武器に付加して使用するものであるが直接肉体にかけて強化することも可能であり、この時のサラは全身にこの魔法をかけて戦ったのだ。
最初から殴り倒そうと考えていた訳ではなかった。
腰にはショートソードを装備しており一通り訓練も受けている。
だが、ウォルーが向かってきたとき、倒すことだけで頭が一杯になり、ショートソードを使う事を忘れていたのだ。
(初戦がウォルーでよかった)
サラはしみじみ思った。
「こりゃ、帰ったら噂になるわね」
「何がよ?」
「サラがウォルーに鉄拳制裁したってね!」
「そんなの噂になるわけないでしょ!……まったくもう!」
「ほら、さっさと“プリミティブ”を回収しなさい。冒険者達に持っていかれるわよ!」
「わかってるわよ」
プリミティブとは魔物の体内にある魔力の結晶体の事だ。その大きさは魔物の強さに比例して大きくなる。
大雑把に言えばこのプリミティブがある生物が魔物でそれ以外が動物と言う事になる。
このプリミティブの使い道は幅広く、主に魔道具や神官や魔術士のような魔法を使う者達の魔力回復アイテムに加工される。
魔物の部位で一番高価なものがプリミティブであった。
教団においてもプリミティブはいくらあっても困ることはないので魔物を倒した際はプリミティブの回収が義務付けられていた。
サラがショートソードを抜き、ウォルーからプリミティブを取り出そうとした時であった。
「ちょっと待った!」
「え?」
振り返ると一人の冒険者が立っていた。年はサラ達とそう変わらないように見えた。
「なんか用?」
サラの代わりにカナリアが警戒しながら尋ねる。
「それ、俺にやらせてくれないか?」
「サラ、あんたとやりたいって」
「ち、違う違う!」
冒険者は慌てて否定するが、それはサラの、というよりも殺気のこもった視線を送る騎士達の誤解を解くためであった。
勘弁してくれ、と言うような情けない顔をカナリアに向けるが、当のカナリアは知らんぷりをする。
冒険者は誤解されないよう言葉に注意しながらサラに説明する。
「あなた達神殿の方が興味があるのはプリミティブだけだよね?どうせ捨てるなら俺が解体するから残りは俺にくれないか?」
ウォルーの皮や肉、そして骨まですべての部位が金になるが、その冒険者の言う通り騎士団は最初からそれらを回収するつもりがなかった。
馬車の荷台にも余分なスペースはなかった。
「つまり、解体してやるから手数料としてプリミティブ以外を寄こせ、と?」
またも口出ししてきたカナリアに困惑しながらもその冒険者は肯定する。
「そんな大きな態度はとってないつもりだけど、まあ、そういうことだよ」
「だったらあたし達がプリミティブを取った後で好きにすればいいじゃん」
「それだと早い者勝ちになるし……」
「あんたのような駆け出し冒険者は難しいと言うわけね」
「その通りだよ。後、その、あなたは解体に慣れてなさそうだからさ、任せると価値が下がるっていうか、なんていうか」
「もう言ってるじゃん。下手だって」
「あ、あはは……」
「どうする?」
「じゃあ、お願いします」
「ありがとう!」
「そん代わり、その上手な解体とやらをじっくり見せてもらうわよ」
「ああ、OKさ!」
冒険者は言うだけあって慣れた手つきでウォルーを解体していく。
そして、ウォルーの体の中から直径一センチメートル程度の赤い球体を取り出した。プリミティブである。
「はい、どうぞ」
「ありがと……」
サラは冒険者からプリミティブを受け取るとその場を離れた。
「……あれ?どうしたのかな?」
「気分が悪くなったに決まってるでしょ」
「ああ、なるほど。初めてだったのかな」
「え?サラの初めてが欲しいって?!」
「あ、あなたさぁ!さっきからほんと勘弁してよ!」
「ダメよ!誰もあたしの楽しみを邪魔する事はできないわ!」
「あんたそれでも神官かよ?!」
「あんたが神官にどんな幻想抱いてるのか知らないけど神官も人間よ!人をからかって楽しむ権利があるのよ!」
「あんた最低だ!」
「これだけ数を減らせば街道にまで出てくることはないだろう。これで今回の任務は終了とする。みんなご苦労だった」
騎士団の隊長の労いの言葉に歓声が飛ぶ。
騎士団だけでなく冒険者も一緒に叫ぶ。
「調子いいなぁ、あいつらほとんど見てただけじゃん」
「いいじゃないの。やる気出されてたら私達の訓練にならなくなるんだし」
「そうね、他のヤル気はあったもんね」
「そっちへ話持ってくのやめなさい!」
「へーい」
こうしてサラの最初の魔物討伐は終わった。
サラは神殿に戻るとそのまま真っ直ぐに神官長ナナルの元へ向かった。
「……あれはもう病気ね」
サラの後ろ姿をカナリアは呆れ顔で見送った。
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