大学1年 ⑨ 地元へ

田んぼと畑が永遠と続く田舎を、憂鬱な気持ちを抱えながら未希は電車の窓から眺めていた。地元に帰るのだ。親に大学を辞めたいと伝えるためである。

昨夜、母とつながっているフェイスブックに、大学を辞めたいという気持ちを書いた。なぜ不特定多数が閲覧できるフェイスブックに書いたか、それは一対一でやりとりするラインが怖かったからである。しかしそこに母からの返信コメントはなかった。こんな状況だから、「駅に迎えに来て」なんて言えなかった。歩いて帰ることにした。そんな遠くない気がしていたけど、徒歩で一時間かかった。


家に着いた。母が居た。「あら未希ちゃん、よく帰ってきたね!」なんて言う。こちらは心臓がどきどきしているのに。その明るさが逆に怖かった。いろいろ忙しそうだったから、話をするまで少々時間がかかりソワソワしていた。

そしてその時は来た。「あのさ、私大学辞めたい。もう授業についていけない。二回生だって絶対今みたいに行かなくなってしまうのがよくわかる。すべてが無駄な時間だしお金も無駄だし、こんなんだったら早く辞めたい。」そう素直に伝えた。

明るかった母は急に雲行きが怪しくなる。当たり前であるけどすごく怖かった。

「大学辞めてどうするの?あんたはいつもそうだよね。バレーの選抜の練習だってさぼってたし、中学の時勉強なんて全然してなかった。いつも諦めてばっかりじゃない。今回もまた同じことの繰り返し。これからも絶対そうなるよ。ここで諦めていいの?」

未希は泣いていた。何を言っても母に通じなかった。そして未希の過去のサボり癖ばっかり話題に出してくることも嫌だった。確かに未希は勉強なんて嫌いだった。そんな頑張らなくていいでしょとも思っていた。テストでいい点とっていい高校に行って、結局何になるのかよくわかっていなかったのである。いい大学に入っていい職に就けるなんて、そんな先のことなんて考えてなかった。それにその時はバレー部で厳しい練習をしていた。平日、部活が六時に終わって七時からまたクラブが始まる。家に帰る時間はなかった。朝七時過ぎから朝部が始まり、夜の九時過ぎにやっと家に帰ることが出来る。勉強なんてする時間なかった。あるとするならチャットをする時間だけである。

バレー部は県優勝を2回もした強いチームであった。毎日部活があり、水曜と金曜はクラブ、土日は一日練習試合、なのになんで月曜日の選抜練習にも行かなきゃなんないの?と思い、泣いて嫌がった。未希のチームからは3人がその練習に行っていた。未希は行きたくなくて家のこたつの中に隠れたり家の中を逃げ回ったりして逃避をしていた。チーム以外の人間と関わることも嫌だったし、未希はそんなに上手なプレーをするわけでもない。なのになんで?という気持ち、そんなバレーばっか好きじゃねえしという気持ち、上手になりたい!なんて気持ちはほぼゼロであったこと、とにかく自信がなかったのである。結果、年間10回ほどしか行かなかった。


母はそんな時の話まで持ち出してきた。弱みばっかり言われて、未希はもうこの家に居たくないと思い、靴を履いて家を出た。母はその時電話中だったが、「ちょっとどこ行くの?!」と言って追いかけてきた。未希は走って駅まで向かうことにした。まぁまぁな距離に来たのに、母は後ろからまだついてきている。

はぁ・・はぁ・・はぁ・・・母はしんどそうであったが、母と未希の距離が1メートルまで来たら未希はさっと足を速くして逃げた。

「もどってきなさーーーーーーーーい!!!!!!!」

母は未希を追いかけるのを諦め、大声でそう叫んだ。未希は振り返らずに走った。



もういやや。こんなにも大学が嫌いなのになんで辞めさせてくれへんの?お金も時間も無駄やんか。まだ働いてた方がマシやんか。なんでこんな大学選んじゃったんやろ。せめて専門学校行ったらよかった。でももういい。もう死にたい。

未希は一人泣いていた。真っ暗闇の夜は未希を溶かしてくれなかった。橋の上から飛び込んで死のうかと思った。その前に姉にラインを送った。「もう死にたい。」そしたらすぐに返事が来た。「どうしたの?!死にたいと思うくらいなら大学なんて辞めていいよ!!大丈夫!」その返事を見て少し救われた。そしてまた泣けてきた。


泣き顔のまま駅に着いた。あとは電車が来たら乗るだけ・・・というところで父が駅に来た。「おい、行くぞ」と腕を引っ張る。「やめてよ!」と言ったが、車に乗って家に帰ることになってしまった。もう家に行きたくなかったし母にも会いたくなかった。またどうせ家で説教されるだけだからである。また車の中で涙が込み上げてきた。憂鬱度はさらに加速していた。



家に帰ると意外にも母も父も穏やかであった。父が「お前は何になりたいんや」と問う。未希は恥ずかしながら本当のことを言った。「詩人になりたい」と。そしたら父は笑った。そんな答えを求めていないようだった。「なら詩は書いとるんか?何個か見せてみろ」未希は詩人にはなりたいが、詩なんて書いてなかった。書いていたかもしれないけど、見せるのなんて恥ずかしくて無理だった。なので「ない」と答えた。「書いてないのに詩人になるとか訳の分からんこと言うな」と言われた。

母は、「さっきはあんな風に怒ったけど、クラスの中で一人だけ勉強苦手で教室に居づらくなってしまう感じわかるよ。まぁ気楽に考えよう。」と言ってきた。一刻も早く「大学生」を辞めたかったが、アパートの契約のことなどあり、もう一年ほどほどに頑張れということになった。少し肩の荷が降りた。


未希がなぜ詩人になりたくなったのか。それはボブディランの影響である。ボブディランを知ったのは、銀杏BOYZのボーカルである峯田和伸が出ている「アイデン&ティティ」という作品を見てからである。なんちゅう突き刺さる詩を書くんだろう。素敵。と、一気にボブディランのことを好きになった。そのうち、忌野清志郎の『カバーズ』というアルバムの中の『風に吹かれて』の元ネタがボブディランの曲だということも知った。ボブディランは日中喫茶店にこもり、人々の会話を盗み聞きしていたという。そしてそれを作詞につなげていたらしい。

それを知った未希も、夜の0時に近くのマクドナルドへ行った。この日は雨が降っていたがすぐに行動したくてたまらなかった。傘をさし、わざわざ徒歩で向かった。いつも通るコースではなく、知らない暗闇の道を歩いた。

マクドに着いた。あれ。思ってたのと違うわ。もっとどんよりした空気を楽しみたかったけれど、大学生のきゃぴきゃぴ達が楽しんでいる。そんな中ひとりで居る自分が嫌になってしまったので結局その日はすぐに帰宅した。全然ボブディランになれんかったな。はぁ。と落ち込んだ。


そんな話をわざわざ親にするわけもなかった。

少し気持ちが落ち着き、その日は結局実家に泊まった。なんとなく実家が居づらくなった気がした。一人暮らしというものに慣れてきたのか。それとも親からの洗脳が解き放たれたのか。どっちにせよ、早くアパートに帰りたいという気持ち強かった。でもあの街には帰りたくなかった。もっと簡単に、楽に物事を考えられたらいいのに、未希はひとつひとつを深刻に考えてしまっていた。親から離れられて自由だ!そんな風に、未希は心の底からは思えていなかった。それはきっと、心の底には「父と母」が居るからである。それは果たして優しい子であるのか。いろいろなことを考えても正解は見つからず、その日はとりあえず眠ることにした。グースカピーZZZ











































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