大学1年 ⑧ チャリの旅 その二

胸が高鳴っている。ピンチをチャンスに!なんて言うけど、まさに今の自分自身のことのようだと未希は思った。未希はるるちゃんの電話番号をほかの人に聞けばいいんだと気づいたのだ。そしてそれは、仲のいい同期ではなくて田村に聞こうと思った。あの夏のキャンプ以降、未希は田村のことを好きじゃなくなったが、時間が経てばまた好きと言う感情が芽生えてきてしまったのである。未希はこのピンチを逆手に取り、不安な気持ちから来るドキドキを、胸の高鳴りのドキドキへと変えたのだ。


「はい、田村です。」ガヤガヤと周りのうるさい雰囲気が伝わってくる。未希はすかさず「田村さん!未希です。るるちゃんの電話番号教えてもらえませんか?これ公衆電話だから早めにお願いします。」と伝えた。「なんだお前か、ちょっとまtt」

プープープー

え?!公衆電話ってこんな早く電話切れるの!?ケチすぎるでしょ。と思い、再度10円を入れて再チャレンジ。しかしまた電話番号を聞き出せず切れてしまった。

ちくしょう。そして三度目の正直。田村のおかげでもある。「おい!まずは10円入れろ!」とアドバイスしてくれたからだ。しかしその時10円はなく、100円玉を入れることになった。こうなるんならあの時10円玉にしとけばよかったと後悔したのであった。

なんとか電話番号を聞き出せた。1つだけ数字が違っていたのだ。それは自分がノートに書いた時の字が下手すぎたのが原因だった。「5」を素早く書くと「8」に見えてしまうことがあるのだが、それが原因だった。なんで自分の電話番号を間違えて人に教えるのかなあ。アホなん?と思っていたが、すべて自分のミスが原因だと知り反省した。

るるちゃんの家へ行くと、普段そんなに絡まない同期が3人いた。男女男女である。未希は周囲のカップル情報にはかなり疎く、付き合いだして1年後にこの二人がカップルだったと知ることも高校時代よくあった。だからその時も、仲いい四人組やなぁとしか思えなかった。同期三人はびっくりしてた。電車だと10分。自転車は2時間半であるからだ。未希が行った時間にはもう9時を超えており、男女二人は帰宅していった。もう一人の男子もそのまま泊まっていた。男女が二人、同じベッドで寝ていたからびっくりした。未希はそんな関係についていけてなかったが、とりあえず『お世話になりました』という歌を歌った。


明日の朝この街を 僕は出てゆくのです

下宿のおばさんよ お世話になりました


今来たばかりだけどもう明日には旅立つ。だからとりあえず歌っておいた。るるちゃんは笑っていた。とてもいい子だけど、いい子過ぎて彼女のことが未希は嫌いだった。なんでそんなにすべてのことを肯定するんだろうと。いつもいつも笑顔でいて先輩にも気に入られてさ。私は騙されないよ。という気持ちを持っていた。でも泊めてもらったし、今日は感謝の気持ちでいっぱいだった。


そしてありがとうと言い、るるちゃんの家を退出した。またしても『お世話になりました』を歌いながらである。

京都の町をサイクリングするのはすごく楽しかった。なんだかいつもの京都と違う気になってしまい、道端で売られてた置物用の小さな畳を買ったり、防水用のカバン屋で3000円のカバンを買ったりした。またあの山を2つ超えなきゃと考えたら億劫であった。とりあえず何も食べてなかったので、観光客で道が溢れている中にあるレトロな喫茶店に入ることにした。

チリンチリンチリーン。出入口のベルが元気よく鳴る。・・・おや?京都の風習が根強く残る喫茶店に来てしまったようだ。新規1名様の未希のことを、店主も常連客も冷たい目で見ている。明らかに未希にだけ態度がよそよそしいのだ。そういうのを避けようと人ごみの中の喫茶店を選んだのに・・・と思ったが、とりあえずオレンジジュースを頼んだ。人工甘味料でできたオレンジジュースは喉が痛くなるだけだった。でも喫茶店に入ったからにはもう少し休んでから出発しようと思った。一応スマホの電源を入れてみようと試みたが真っ暗なままだった。

20分ほど滞在し出発することにした。スマホがないから地図はもう諦めたが、この世にはたくさん看板がある。矢印の方向を辿ればきっと家に着くだろうと、未希は行きの経験で学んでいた。

行きは夜で何も山道のことを見れてなかったが、昼間だといろんなものが見ることが出来る。『この先音羽の滝』という小さな看板と、山道へと続く細い階段があったので、未希はそそられて行ってみることにした。平和ボケな未希であったため、チャリに鍵はしたけど鞄は重いのでかごに乗せたまま向かうことにした。

5分ほど歩いてみると、森林たちが日の光を隠し薄暗い道へと変わっていった。そして看板があった。そこには『山道での女性の一人歩きは危険です!』というものだ。それを見た瞬間、未希は走って元の位置まで戻った。すごく怖くなったからだ。この森の中にはヤバイ殺人鬼が居て、私みたいな人が来たらきっと・・・そんな恐ろしい想像をしながら未希はせっせと帰宅することにした。

行きに比べたら全然楽勝であった。それに地図アプリを見なくてもわかる道に出てきた。しかし疲労がたまっていた。コンビニでチョコラBBプラスを購入。吞んだら元気になった。


ラストスパート。この坂を上り切ったら未希のアパートに到着である。16時。

はぁ・・はぁ・・・。見覚えのある姿が前から自転車でサーっと下ってくる。それは同じ学部のテニス部の子だった。最初のころはたまに話をしていたが、未希が不登校になってからは全然話さなくなったし、会っても社交辞令の挨拶もしない仲になっていた。そんな彼女とすれ違う。それは授業が終わった合図でもあった。本日もまた当たり前にさぼってしまった。未希は素敵な旅をしたが、最後の最後で彼女の姿を見てしまったせいで現実へと戻されてしまった。


私は一体何をしているんだろうか?訳が分からなくなってしまった。







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