お呼ばれしたよ①

「ベルゼウスは歩いて来ていただろう? きっと近いとミルルも言っていたじゃないか」

 そう諭しても、ミルルの頬は不満でぷぅっと膨れている。城まで飛んで行こうとしていたのを、割れ物があるからとやめさせたのだ。


「急いだって、しょうがないだろう?」

「急ぎたいんじゃないの! 私は飛んで行きたいの!」

 最強と謳われた黒魔女グレタの孫として、魔法を使うことに誇りがあるのだ。


 だが、今のミルルでは城に窓から飛び込んで、賊の急襲と騒がれて、牢屋にぶち込まれるに違いない。

 ベルゼウスがすぐ助けそうだが、俺たちを捕まえた魔物が断罪されるのは間違いない。

 それらの被害をゼロ、あるいは最小限に抑えるならば、歩いて行くのが間違いない。


「アックス! 何か見えてきたわ!」

 真正面に立ち込める暗い霧が少しずつ、ほんの少しずつ晴れていくと、いくつもの尖塔がそびえ立つ影が次第に姿を現した。

「あれが……魔王の城?」

 空を覆う重たい雲に電弧が走ると、一筋の雷が墜落し、その衝撃で城門がゆっくりと軋みながら開いていった。


 魔王ベルゼウスに招かれている……。


 ……いや、俺たちは正式な招待客だった。つい雰囲気に呑まれてしまう。

 ブレイドたちが招かれるのは、一体いつになるだろう。


 城門の前から俺たちは一歩も進めなくなった。崩れかけた城壁や、傾いた尖塔に不安をあおられ、あんぐりと口を開けてしまった。

 この異様な姿は、これのせいだな。


 城門を中心に、丸くくり抜かれた跡があった。そこには真新しい石積みが、ピッタリとはめ込まれている。

「変わった模様ね」

 森に道を作るため、ミルルが放った火球のせいだ、やはり城に当たっていたのだ。あのときボロボロだったものなぁ、ベルゼウス。


 そのとき、城の奥から荒々しい足音が轟いて、こちらへと次第に向かってきた。

 この足音は、まさか……。


[オークがあらわれた]


[オークは平謝りをしている]


 ひょっとして、ミルルがゴブリンから錬成したオークじゃないか? そうでなければ、ペコペコする理由なんて無い。

「もう、いいのよ。食べちゃったものは、しょうがないんだから。美味しかった?」


[オークは親指を突き立てた、満足している]


「お祖母様も、きっと喜んでいるわ。今、お母様のレシピでピクルスを漬けているの。出来たら味を見て頂ける?」

 広く優しいミルルに救われて、オークはホッとした様子でうなずいていた。


 オークの案内で城に入ると、ズラリと並んだ鎧が「奥へどうぞ」と、手を差し伸べた。

 城に入って、いきなりこいつらか。しかも凄い数じゃないか。一斉に襲ってきたら、ひとたまりもない。


 暗い階段は、ゴーストが無数の鬼火で照らしてくれた。ひとりで大量の鬼火をいっぺんに出すのだから、こいつの魔力は相当なものだ。

 階段を上りきって廊下を歩くと、窓の外を黒い影が横切った。ドラゴンだ、吐息と一緒に炎まで吐いている。


 ドラゴンに気を取られて、誰かにぶつかってしまった。まだ遭ったことがないモンスターだ。

「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ」

 あああああ……ブレイドたちに教えたい、城の中はどうなっていて、どんなやつがいて、現状で生きて帰ってこれるのか。


 魔王の部屋は最上階の一番奥と決まっている、ベルゼウスとて例外ではなかった。

 扉の前でオークが一礼をして立ち去ると、誰の力を借りることなく重厚な扉が開かれた。


 そこは広間だった。


 部屋の手前から奥までいっぱいに占領しているテーブル、ぽつりぽつりとしかない椅子、一番奥はそれらに睨みを効かせるように数段高くなっており、贅の限りを尽くした玉座があった。

 もちろん、その玉座には


「我が名はベルゼウス」

 自分の城で、しかも玉座でそれを言うか……。

「お招き頂き、ありがとうございます」

 ミルルが行儀よく手を揃えてペコリと挨拶すると、ベルゼウスは細くならない目を細めた。

「ミルル、よくぞここまで」

「オークさんが、親切に案内してくださったの。ゴーストさんも、階段を照らしてくださったわ。みんな、優しいのね」

 そりゃあベルゼウスの客で、しかも可愛い孫娘なのだから、邪険に扱ったら命がない。あのオークは、本当に運がいい。


 ミルルが俺の手を掴み、ベルゼウスのそばまで引っ張って「早く早く!」と急かしてきたので、俺は小瓶をテーブルに置いた。

「ルビーベリーの砂糖煮よ! アックスに作ってもらったの。パンケーキに載せても、お茶に溶かしても美味しいのよ。召し上がって!」


 ベルゼウスは玉座を降りて小瓶を掴み、物珍しそうに眺めている。ミルルの好物なら、問答無用で気に入るだろう。

 しかし、パンケーキを食べるベルゼウスが想像つかないし、無理矢理思い浮かべても、まったく似合ってくれない。

 ベルゼウスがルビーベリーが載ったパンケーキを食べるところ、ちょっと見てみたいなぁ……。


「ミルル、アックス、ありがたく頂こう」

「パンケーキがおすすめよ」

「それはミルルが好きなだけだろう」

 呆れつつも笑いつつ、ついて出た言葉でミルルを小突くと、ベルゼウスが扉に向かっていかしく命じた。

「パンケーキを焼け、3つだ」

 見られるのか、ベルゼウスがパンケーキを食べるところを。これは貴重だ、目に焼き付けておかなければ。


 そうそう、このルビーベリーの砂糖煮を巡り、ひとつの些細な問題が起きていた。

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