お呼ばれしたよ②
館が爆発してしまい、食材が燃え尽きたので、キャラバンから大量に買い付けた。絶好のタイミングではあったが、重い荷物を抱えて寂しい土地を転々としているから、町で買うより遥かに高い。
必要最低限を買い揃えたつもりが、持ってきたもののほとんどを買い取る格好になってしまった。
そこへミルルが、ルビーベリーの砂糖煮を作りたいと懇願したのだ。
「こんなにたくさんあったら、みんな傷んじゃうわ。砂糖煮にすれば日持ちもするし、贈り物にも出来るわよ」
「しかしだな……もう、持ち合わせがこれしか」
「それでいいよ! 砂糖、それで売ってあげる」
そうして、財布の金が無くなった。
もう、子育てだけをしている場合じゃない。
せめて小麦が実るまでの間だけでも、早く仕事を見つけなければ……。
そうだ、俺にピッタリな仕事が、近々出来る!
少し離れた場所ではあるが、家から通えないことはない。
希望の光に胸を躍らせている俺の様子を、ミルルが不思議そうに横目で見ていた。
「アックス、どうしたの?」
「いや、何でもない、こっちの話だ。帰ってから話すよ」
ベルゼウスは、下僕か奴隷か使い魔の類いだと思っている俺などを無視して、本命の客人であるミルルのご機嫌取りに出た。
「そんなことより、ミルルよ。楽しいことがしたくはないか?」
「楽しいことって、何かしら?」
2組の剣と盾だけがスーッと部屋に入ってきて、互いの刃を交わしはじめた。
「剣は好きか? 好きだろう。さぁ、好きなだけ見るがよい」
「あまり好きじゃないわ、危ないもの」
剣と盾は、スーッと退室していった。
「ならば、これはどうだ」
入れ替わりに、人形が入ってきた。雑な縫い目が露わで左右不揃い、見ているだけで不安になる呪いの人形だ。
「それより私、お話がしたいの」
人形は一礼して、ひとりで去っていった。
「ならば聞かせてもらおう、ミルルの話を」
「違うわ、私が聞きたいの。ベルゼウスさんと、お祖母様のお話!」
無垢な瞳に見つめられ、ベルゼウスは狼狽えていた。グレタに想いを寄せていたことを告白するのが恥ずかしくて、またそれが元で息子との縁を切ってしまったのが気不味くて、言葉を選んでいるようだ。
ベルゼウスは、しばらくだんまりを決めた末、登壇して玉座に身体を預けると、浮かぶ思い出を見つめながら細く長い息を吐いた。
そして、雪原の足跡を踏みしめるように、ゆっくりと語りはじめた。
「我らが
ミルルは、祖母の話に青い瞳を輝かせている。
俺は、宿敵だったグレタの話に息を呑む。
グレタもベルゼウスも、はじめから強力な魔力を持っていなかった、ということだ。
生まれつき最強の魔力を持ったミルルは、特別な存在なのだろう。
「この世界に
黒魔術世界にも、俺たちが過ごしたような青春時代があったのか。ミルルを介して関わるようになったせいもあるが、ベルゼウスに親近感を抱いてしまう。
「歳を重ね、魔力を鍛えているうち、ついに我らの右に出るものはいなくなった。我は魔物の扱うこと、グレタは自然を操ること、それぞれの頂点に立ったのだ」
ミルルが自然をよく操っているのは、グレタが教えたからだろう。だが、卵欲しさに無数のモンスターを召喚したのだから、ベルゼウスの血筋も決して薄くない。
「それぞれ頂点に君臨した我らは、競い合うのは不毛と知った。同時に我は、光と闇がいがみ合う世界を知った。消耗するだけの無益な小競り合いなど、終わらせるべきだ。そのために互いに手を取り合い、黒魔術が統べる世界を築くのだとグレタを
思いがけず、ベルゼウスが世界征服を目論んでいる理由を知ってしまった。方法論や行く末は別にして、世界から争いをなくすために戦っていたのか。
……互いに手を取り合い?
これはひょっとして、ベルゼウスからグレタへのプロポーズなんじゃないか?
世界征服をダシにして、ちゃっかり愛の告白をしていたのか?
ミルルもそこに勘づいて、頬を紅潮させて鼻息荒く興奮している。両親の話でもそうだったが、恋の話が好きなようだ。
恐らく、ミルルが一番聞きたかった話だろう。
「それで? それで?」
と、テーブルに手をついて今にもピョンピョンと跳ね飛びそうだ。
しかし、ベルゼウスが続けた話はミルルが期待するものではなかった。俺が聞きたかった話だ。
「我とグレタでは、目指す未来が異なっていた。強力な魔法を得ただけでは、世界を統べることは出来ぬ。配下の魔物を統率する術や魔王としての振る舞い、理想を叶えるための筋道、果てしない未来まで学び、考え、実行した。すべてを叶えるために、グレタの存在が必要不可欠だったのだ」
ベルゼウスの願いが叶っていたとしたら、この世は闇に支配されていただろう。
そうならずに、白魔術と黒魔術が拮抗している今がある。俺としては安堵するばかりだが、何故そのようにならなかったのか……。
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