みんなでごはん③
好き勝手に酒盛りをするドワーフとゴブリンをかき分けてミルルが行った先は、満足そうに腹をさすって上機嫌にしているゴブリンだった。
そのすぐそばでは、空になったコルドロンが横倒しになっている。
「私のスープがぁぁぁぁぁ……」
「あんまり遅いから食っちまったぜ」
「嬢ちゃん、これでも食いなよ」
そう言って差し出したのは、頭と骨しか残っていない魚。腹を抱えてゲラゲラ笑うゴブリンに、俺は前言を撤回した。やっぱり、こいつらのことが気に食わない。
「まぁまぁ、旦那はこれでも呑みなよ」
ドワーフが俺に勧めてきたのは真っ赤なルビーベリー酒。何だ、もう仕上がったのか。
「それより、俺もミルルも腹が減ったんだ。何かないのか?」
「おい、確かピクルスが燃え残っていただろう」
「ああ? これかい?」
空き瓶になっていた、もう何も残っていない。
そこへ割って入ったドワーフは俺たちの代わりを務めるように、えらい剣幕で怒っている。
「おい、いくらなんでも酷いんじゃないか!?」
「へへっ、すまねぇ。詫びに魚を釣ってくるよ」
と、立ち上がったそばから口を両手で覆い隠し、青い顔をして頬を目一杯に膨らませた。
食べ過ぎか呑み過ぎか、それともその両方か、まったくこいつら本当にどうしようもないな、と呆れて
底なし沼からガスが吹き出るような「ボコッ!! ボコッ!!」という音とともに、そのゴブリンの腹がはち切れんばかりに膨れ、腕や脚がいびつにゴツゴツと腫れ上がると、それらと帳尻を合わせるように背丈が伸びた。
[オークがあらわれた]
マンドラゴラを食べすぎたからか、歩くキノコとの食べ合わせか、それとも使ったコルドロンのせいだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
巨大な木槌を振り回すオークを倒さなければ、大変なことになってしまう。玄関まで走り『真実の斧』を掴み取ったが、爆発に巻き込まれたからススだらけの真っ黒だ。
……これ、使えるのか?
そうだ、ミルルが魔法でオークを止めるか? やりすぎるかも知れないが、何もしないより遥かにマシだ。
「ゔぇぇぇぇぇん! お祖母様のピクルスがぁぁぁぁぁ! 少しずつ食べようと思っていたのにぃぃぃぃぃ!!」
亡き祖母の遺したものを酔っぱらいに食い尽くされては、泣きたくなる気持ちもわかる。
ただ棒立ちになって号泣しているから、木槌をブンブンと振り回しているオークに襲われ──
「ミルル、危ない!! 逃げろ!!」
泣きじゃくるミルルの背後にオークが立って、今まさに木槌を振り下ろそうと──
……木槌は魔法で取り上げられ、オークを追い回しはじめた。必死に逃げるオークのすぐ後ろでは、浮いた木槌が地面を叩き続けている。
そのうちヤケクソになり、やたらめったら振り回すようになってきた。森の木々が弾き飛ばされ軽々と宙を舞っている。
「ミルル! 危ないから、やめなさい!」
……俺はさっきまで、何と言っていた……?
とにかくミルルを早く止めないと、オークだけでなくゴブリンやドワーフ、俺たちまで危ない。
よしよし、となだめてみても効果がない。泣き止むまではダメそうだ。
オーク! どうしてこっちに逃げる!?
迫るオーク、暴れる木槌、ミルルを抱えて逃げようとするが速い、速すぎる!!
どこからともなく飛んできた鎖がオークと木槌を捕らえた。
そして、そのままズルズルと通りを引きずって行ってしまった。
通りから来たのか……ということは!
空がぼんやり暗くなり、そのうち形を成した。
いつものようにベルゼウスの幻影、やはり魔王の城から飛んできたのだ。
『我が名はベルゼウス』
これを言わないと気がすまないのか……。
『ミルルよ、よくぞオークを錬成した。我が地位を狙う
それは、きっとブレイドたちのことだ。ベルゼウス、知っていたのか……。
まぁ、今はオークというか木槌から助けてくれたのだから、感謝しなければならない。
『そこでミルルよ、礼がしたい。我が城に来るがよい』
突然のお誘いにミルルは驚き泣き止んだ。もちろん俺も驚いている。
「……いいの?」
『フッフッフッ……遠慮はいらぬ。たっぷり可愛がってくれるわ』
言葉どおりだ、間違いない、孫娘を本当に可愛がりたいだけだ。
幻影がスーッと消えると、ミルルの機嫌は元に戻った。ピクルスは惜しいけど、新しい楽しみが出来たのが嬉しいようだ。
「アックス! 一緒に行きましょう!?」
「お、俺も行くのか!?」
「当たり前じゃないの、私ひとりで行けって言うの?」
ブレイドたちより先に魔王の城へ入るなんて、夢にも思わなかった。しかも客人として招待されて、だ。冒険をしていたら、絶対にありえない話である。
ブレイドたちは、あとどれくらいでベルゼウスと対峙することになるのだろう。
俺の代わりに加わったレスリーは冒険の経験が浅いから予定が遅れているはずだが、仲間思いのいい奴らばかりだ。経験を積む協力は惜しまないから、もうじきかも知れない。
そのときが来たら、俺はどっちに付くのだろうか……。
「お土産を用意しないと! キャラバンが着いたら相談ね!?」
はしゃぐミルルを前にして、俺は何も考えられなくなってしまった。
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