みんなでごはん②
大きな頭、長い首、太くて長い脚に、べったりと地面を踏みしめる大きな足。丸い身体には荷物が振り分けられており、ヒョイッと首を傾げると背中に人が乗っていた。
地走鳥……。
キャラバンだ!
同じようなやつが何羽も続いてやって来る!
「あなた、何している?」
「肉……肉だ! 肉をくれ! ……あと小麦粉」
きっと必死の形相だったのだろう。キャラバンも地走鳥も仰け反って、怯えた顔で
「干し肉ならあるよ。あなたの家、どこ?」
「グレタの館はわかるか!? 黒魔女グレタだ!」
「グレタさん、お得意さんねー。わかるよ」
しかもグレタが贔屓にしていたキャラバン隊、またもや怪我の功名、こんな都合のいい話があるだろうか。箒から振り落とされてよかった……。
「ひとつ頼みがあるんだが、俺は置いてけぼりを食らったんだ。そいつの背中に乗っけてくれないか?」
「いいよ。グレタさん、そろそろ小麦粉欲しい頃だと思っていたよ」
隊長の後ろに座ってミルルを追った。この鳥は飛べない代わりに力持ちで足も速い。キャラバン御用達なのだ。
「グレタ、さんは、元気、ですか?」
地走鳥の背中に揺られているから、会話は途切れ途切れになってしまう。俺は振動と真実により、口ごもってしまった。
「それが、その……死ん、だんだ」
隊長がハッと息を呑む。こぼれそうなほど丸くした目で俺を見つめて、揺れる背中も丸くした。
「黒、魔女が、怖く、ない、のか?」
「グレタ、さん……優、しい人、だっっった」
ローゼンヌの森を燃やして嘲笑う姿しか、俺は知らない。しかし孫のミルルは当然として、キャラバンまでもが俺とは違った印象を受けている。真実のグレタとは、一体どこにあるのだろうか。
走っているうち、丸く深くえぐられた巨大な穴が見えてきた。小さな村なら丸呑みじゃないか、その規模に戦慄させられる。
「この、辺り、人……住んで……んな……」
「いない、ずっと、この、景色」
運悪く通り掛かってさえいなければ、人的被害は出ていないだろう。ところで……
いた。
大地をえぐった傷跡に背を向けて、ミルルが箒を立てて仁王立ちしている。
そう気づいた頃には、こちらの様子がわかったのだろう。嬉しそうに両手を広げて跳ねるように駆け寄ってきた。
「キャラバンだわ! アックス、どうしたの!?」
「落ちた辺りでバッタリ会ったんだ。ちょうど家に向かっていたそうだぞ」
隊長は地走鳥から降りて、ミルルの頭を撫でていた。深いか長いかその両方か、そういう付き合いなのがよくわかる。
「隊長さん、家の小麦粉が無くなっちゃったの」
爆発して無くなったとは、さすがに言えない。
「ミルル、パンケーキ好きだね。たくさん持ってきたよ」
事情をよく知っていて、ありがたい。俺としては、干し肉が気になって仕方ない。たくさんあるといいなぁ。
「魔法で森を作ったのよ。通りがあるから、そこからいらして」
「森!? 作った!?」
ミルルの魔法が、キャラバンの理解を超えた。
まぁ、当然だろう。この辺りと同じような景色が、いきなり森になったのだから。住んでいる俺でさえ、未だに信じられない。
「そうだ、穴はどうなっている? この辺りに人は住んでいなかったようだが……」
「凄いのよ、見て見て! 水が湧いているの!」
覗き込むまでもない光景に、開いた口が塞がらなかった。
地下水脈を切ったのだろうか。底から水が吹き上がって、そこは湖になろうとしていた。
これに喜んだのは、キャラバンである。子供のように、いや、それ以上に大はしゃぎだ。
「オアシス! 新しいオアシスだ!」
「早く、みんなに知らせないと!」
「見ろ! もう魚が泳いでいる!」
ちょうど真反対では、窪みに向かって水が一筋落ちていた。そこから魚が入ったのだろう。
もしや、森と通りを横切っている小川の片割れか……? そうだとしたら、魚が
「ミルル。これだけ大きいから、ここは町になるかも知れないぞ。そうなれば、買い物もしやすくなるな」
ミルルの魔法が、人に恵みをもたらしたのだ。しかし、ランドハーバーでの出来事が忘れられないミルルの表情には、暗い影が差している。
「いい人が住んでくれると、いいな」
これを契機に黒魔女は悪という先入観が消えてくれたら、ミルルも生きやすくなるだろう。今はそう願うばかりである。
「アックス、そろそろ戻らなくっちゃ。遅くならないって言ったんですもの」
「おっと、そうだな。お腹空いただろう? 早く帰らないとな」
付き合いが長いから黒魔女に抵抗がないキャラバンも、さすがに魔王ベルゼウスにはたまげるだろう。もう作業も終わった頃だろうし、帰ってもらった方がいい。
「キャラバンのみなさん、お家で待っているわ。宜しくね」
再び箒に跨って、風を切り裂き家路についた。
そして、その勢いのままグレタの部屋へと飛び込んだ。
「イテテ……ミルル、これはどうにかならないのか」
「早く帰ろうって言ったのはアックスよ?」
「そうだな、ミルルは十分速いんだった」
グレタの部屋も、見上げた天井も、元の通りになっていた。やはり作業は終わったようで、家の前ではドワーフとゴブリンが酒盛りをしている。
「ベルゼウスさんがいないわ」
「忙しいから帰ったんだろう」
ホッとした……。まだいたら、キャラバンから買ったものでご馳走するとミルルが言い出しかねない。
するとミルルが眉を吊り上げ、足早に螺旋階段を降りていった。
今度は何だ? 俺は首を傾げて後を追った。
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