幼馴染と財布のナカ

赤井あおい

幼馴染と財布のナカ

 それを強く意識したことはなかったが、俺と彼女は昔からの幼馴染だった。高校生にもなると、お互いのことを意識して自然と恋仲に、などということもなく、今この瞬間も淡々とゲームをしている。


 今やゲームもオンラインが当たり前であるが、家が隣ということで、一緒にいたほうが連携がしやすいだの、親の帰りが遅い日は私が家にいなければ光熱費がかからなくていいだの、漫画を読ませろだの、昔から何かと理由をつけては俺の部屋に上がり込んでくる。


「あー、負けた。何なのよ相手のエイム、あんなの当たらないわよ普通」

 彼女は立ち上がってコントローラーを放り投げた。コントローラーがベットで軽くはねる。


「あそこで無理に前に出る必要はなかっただろ。プレイングミスだ」

 長年にわたり様々なゲームを共にしてきたが、俺と彼女はプレイスタイルが異なる。基本的に彼女が突っ込んで俺がアシストという名の尻拭いをすることが多い。


「前に出ないとじり貧になるでしょ。駄目だと悟ったときにはもう遅いのよ」

 そういうと彼女は俺のベットに背中からダイブした。


「ん、喉乾いた。あんた、コーラ入れてくれない?」

 十数秒の沈黙ののち、彼女が口を開いた。

 それくらい自分でやってくれ、という言葉を飲み込んで俺は机の上のコーラを彼女のコップに注ぐ。


「入れた」

「ありがと、ってうわぁ!?」


 立ち上がった彼女がバランスを崩して、俺の腕をつかんだ。当然、コップが傾いて中身はほとんどこぼれてしまった。


「ああ、ごめん。私、すぐに雑巾とタオル持ってくる」

 そういうと彼女は濡れてしまった靴下を脱いで洗面所のほうへ向かった。飲み物をこぼすことは昔から何度かあったので、彼女も雑巾などの位置は覚えている。


 彼女はすぐに戻ってきて床を拭き始める。その間に俺はタオルで机や濡れた小物を拭くことにした。


 彼女は床を拭く間、何度もおれに謝った。多分、飲み物をこぼした累計回数で言えば俺のほうが多いだろうしまったく気にしていない、ということを伝えると彼女はこの年になってこぼしたから恥ずかしいのだ。と言った後に少し笑った。


 彼女がコーラのしみ込んだ雑巾を洗いに行ったとき、俺はふと彼女の財布が目についた。表面は軽く拭いたのだが、中のお札は大丈夫だろうか。そんなことを考えてしまうとどうしても気になってしまう。彼女が戻ってきたので、一応確認しておくべきだろうと忠告した。


「多分大丈夫だと思うけど、気になるなら見てもいいよー。私コップとタオル洗ってくるね」


 そう言うと彼女はほんの少し残っていたコーラを飲み干し、俺が手に持っていたタオルも持って部屋を出て行ってしまった。


 彼女の、というより他人の財布の中を見ることに抵抗がないわけではなかったが、彼女の発言は財布の中を代わりに見ておいてくれということだと解釈して俺は彼女の財布を開いた。


 お札と定期券、よくわからないポイントカード、底のほうが濡れている可能性も考えて一応すべて取り出してみることにした。一度見ると決めたならば、完全に濡れていないことを確認しなければ気にすまなかった。


 すると、財布の底から最後にそれが出てきた。性行為の経験がなくとも男子高校生だったので知識はあった。黒色の個包装に書かれた0.01の数字、それは言うまでもなく避妊具だった。


 頭に電撃を受けたように動けなくなる。思考が加速して、時が止まった。いつから?誰と?どこで?自由恋愛、援助交際、脅迫、ドッキリ、共通の友人、知人、先輩……


 脳がショートしたせいで俺は彼女が扉を開けたことに気づかなかった。財布とコンドームを手にして固まる俺は決して人に見せてはいけない顔をしていたと思う。


「あの、それは」

 先に口を開いたのは彼女だった。

「ごめん、見なかったことにするよ」

 俺はそれだけしか言えなかった。今まで同じような生活をしてきたと思っていた彼女が急に遠くの存在に思えた。


「いや、本当にそういうのじゃなくて」

「じゃあどういう———」

「あんたはどうせ童貞なんだから、私が持っておかなきゃと思ったの!!」


「———え?」


 そういうと彼女は俺をベットに押し付けた。ベットの軋む音。彼女の荒い息遣い。触れた唇。それからのことはあまり覚えていない。






___


実際は財布に入れると早く劣化するからあまりよくないらしいです。


 

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幼馴染と財布のナカ 赤井あおい @migimimihidarimimi

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