第10話「仕事と雇い主」sideアリス
私は子供だ。
でもそんな事を言い分けにしていると生きていけない。私はこんなところで死ぬわけにはいかない。
物心ついた時にはすでに裏路地で食べ物を漁って、明日までに生きるために必死だった。そんな生活が当たりまえだった。
私には前世の記憶があり、そのおかげてこの歳まで生きることができている。でもこのままこの生活はいつまでも続かない。
そもそも性別が女である時点で、この街ではリスクが数段上がってしまう。幸い足りない栄養と幼い年齢の為、私が女だと知っているのは殆どいない。
髪型も短く切っているし、そもそも体も汚れ、肌もくすんでいる。体に傷はない。
むしろこんな不衛生な環境での傷は危険だった。その事はスラム街の人達も本能で分かっているのか、そこまで積極的に傷をつけるような行為はしない。
ただし、それは受ける側であって、与える側の事ではない。
スラム街は大きく二つの分類に分けることができる。
一つはこの街の住人であり、最底辺の人間だ。
どこからかここに流れてきて、気が付いたらココにいたタイプだ。他にも行き場を亡くした者、破産して無一文になった者など様々だが、すべてに共通して言えるのは弱者だ。
そしてもう一つの勢力は”元締め”と呼ばれている組織の連中だ。
奴らは元々傭兵の集まりなのか、戦闘能力が高く、スラム街の大人でも勝てない。それに奴らは群れで移動する。その為、復讐も何もできないのだ。
そんな二つの勢力と独立したところにある組織もある。
子ども会だ。
流れて来た子供、ここで生まれた子供、親が死んだ子供。様々だが、子供はよくターゲットにされる。誘拐された先は大抵は臓器売買の為にバラバラにされるか、奴隷として売り飛ばされるか。
この国には奴隷制度もあるらしい。私は直に奴隷を見たことはないが、年上の子の話だと、首に首輪を嵌められて引きずられていたらしい。
そんなことにはなりたくない。
幼いながらも子供たちは自立するために集まり、一人では敵わない敵を牽制するためにも群れた。
よって、自然と集まった子供たちは30人を超え、大人たちから”子ども会”などと呼ばれるようになったそうだ。
私も気が付いたらそこにいた。
日々残飯を漁り、何とか生きている状態。前世の記憶があり助かる面も多くあったが、こんな生活はとても耐え難いものだった。
そんな時だった。
子供たちのグループの中で一番大きな男の子がある仕事をもらってきた。
その男の子は時たま数日消えては僅かながらもちゃんとした食べ物をもってかえって来た。そんな男の子が仕事と言った。
「これをやると食べ物もらえるんだよ」
気になった私は、男の子に尋ねていた。
その男の子はそういっていた。
そして今回私たちに仕事の事を話したのは、男の子一人では難しいと判断したかららしい。
貰って来た仕事はある男を殺す事だった。
前世では人殺しは倫理的にも法律的にも禁止されてる行為だった。もちろん前世の私もそんな事はしたことがなく、住んでいた国も平和だった為、そういったことに会うことはなかった。
でもこの世界では違う。
毎日人が死ぬ。
昨日まで笑っていた隣の子供が、翌朝には冷たくなって路地裏に倒れているのだ。そんな光景をこれまで何度も見て来た。
子ども会、などと言われているが、事実子供は無力だ。
このスラム街に立場なんてあってないようなモノだが、肉体的な力関係は一目瞭然だ。栄養も足りていない状況で、子供が生きるのは地獄だろう。
さて、そんな状況に仕事でお金をもらえる。
そもそもココでお金なんて見たことは殆どない。
貨幣での取引なんて、この街の仲限定らしく、外では使えないらしい。そもそも外へ行った事なんてないが。
昔、こんなところ出ていこうとしたことがあった。
街の入り口まで来たところで、警備兵に追い返された。そう、あれは住人を外へ出さないための警備兵だった。
後から聞いた話しだが、ここは宇宙船、ステーションという宇宙空間にある大きな建物の仲らしい。通りで床が金属で天井が低く、歪な迷路みたいな構造をしているのだ。
「この仕事、みんなにも手伝ってほしい」
明日死ぬかもしれない場所、私の中に迷いはなかった。
そしてその仕事を成功させるために、子供が2人死んだ。でも代わりにもらったのお金で久しぶりに、そう、記憶がある限り初めてお腹いっぱいになるまで食べることができた。
膨れすぎたお腹が痛み、涙が出た。こんな事は初めてだった。
それから私は何度も仕事をもらった。
生きる為、人を殺す。
その仕事をもって来るのは”元締め”の下の人間の様だった。
誰もいないような裏路地で数人経由してからの仕事をあの男の子が受けているのだ。もちろん私たち子どもは字を読めない。だから伝えられる情報は少なく、また報酬も少ない。
狙われるターゲットはご愁傷様だが、私も生きるのに仕方がないのだ。大人しく死んでくれ。
受けた仕事が20件を超えた頃だっただろうか。
私の事がある程度評価されたのだろう。
私には前世の記憶がある為、仕事に関しては有利だった。いつもその小さい体を利用したり、わざと伸ばした髪で誘ったり。一人で仕事をこなすことが多くなっていたからだろう。
それに精神年齢が高い私にとって、あまり親しくはないかもしれないが子供が死ぬのは見たくなかった。だから一人で仕事をしていた。
そんな私に個別に仕事が回って来た。これまでの成功率が高い事から、報酬もこれまでの2倍らしい。
これでまたお腹いっぱい食べることができる。
私の中の迷いは消え去っていた。
そんな私の中ではどこかで感じて、思っていたのかもしれない。
”こんな生活はそう長くは続かない”
それを見越して、密に貯金していたし、文字も覚えたりしていた。
そして、あの仕事が舞い込んできた。
「綺麗な服を着たガキを殺せ。護衛は小さいサイボーグ女が一人だけだ」
そんな簡単とは思えない依頼。これまでだって護衛は複数いたこともあるし、その中の数人はサイボーグ処置をされた戦闘特化の人間だった。
でも人間には必ず隙ができる。そこを狙えばいいだけだ。
依頼料金も何時もの3倍と高く、おいしい仕事に思えた。
そう、彼女につかまるまでは。
「さて、キミには選択肢をあげましょう」
私の目の前に立つ男の子。年齢は私とあまり変わらないくらいで、身長は私のほうが少し低いか、同じくらい。
「このままここで死ぬか。それとも僕を殺そうとした事に対して、償いをするか」
でもその男の子は歳に見合わないくらい大人びていた。
着ている服も私のナイフを弾くくらいにいいモノで、これが噂に聞く貴族ってやつだろうか。
そもそも私はキミを殺そうとしたんだけど?なぜ殺さないの?
これまでは一緒に襲撃した子供で、つかまった者達は殺された。見せしめになるようにむごく。
でもこの子はそうするつもりはなさそうだ。そもそも、地面に転がっている男たちが誰一人死んでいないみたいだし。
でも、私、これ以上生きて何するのかなぁ。
「キミが生きることを放棄するのであれば、それで罪は償われました。でも、それでいいのですか?キミは自分から逃げるのですか?」
ああ、こんな時も私を縛る。
思い浮かぶのは母の顔。この世界での母の顔だ。
「・・・・」
この世界での私の母は娼婦だった。
元締めの奴らの元で働き、体を売る。もちろんスラム街でそんな事をしていたら、デキるものがデキる。それが私だった。
普通なら降ろして終わり、そのはずだった。
しかし母はとても売れっ子な娼婦だったようで、元締めの構成員から生むことを許されたらしい。
そうして生まれた私は母に育ててもらった。しかしスラム街で仕事もなく生きるのは不可能だ。それに衛生状況も悪い環境で産後の女一人での子育ては大変だっただろう。
それでも母は最期まで私を愛してくれた。
私が9歳になったころにはすでにベッドから起き上がれないほどに衰弱していたが、スラムでの生き方を生きていく方法を教えてくれたのは母だ。
「あなたは賢いわねぇ」
母の口癖だった。喋れるようになったころにはすでに前世の記憶があったので、あるいみズルではあったが。
男の子として生きていくことも母から教わった。
わざと肌を汚し、汚く見せるコツや、しゃべり方、動き方。動き方には女と男には結構違いがある。見る者が見ればわかるらしい。
そんな事を教えてくれた母の最期の言葉、
「どうか、生きてね」
それが私の中の楔だ。
「逃げるな。選べ、自分で」
男の子は気が付いているのかもしれない。
私が逃げようとしたのを。
でもお生憎様だ、私は自らの楔で逃げる事は出来ない。
それはこれからもそうだろう。だから、生きてやる。
生き抜いて、底辺から抜け出し、いずれはあんな世界を潰す。第2の私がいない世界を作るために、前に進む。
私の眼が男の子の瞳を捉える。それで返事を受け取ってくれたらしい。
「・・・・あなたの名前は?」
これまでは偽名を使ってきた。
今みたいに髪を伸ばしたのは前の仕事で約にたったからそのままにしていただけだ。それに仕事をくれる男達は私の事は男の子だと思っている。
わざと低く声を出し、乱暴に振舞っていた。それに偽名を使って、ビルと名乗っていたからなおさらだろう。
でもこの男の子には本当を伝えてもいいのかもしれない。
そもそも私が女である事を知られてしまっている状態では不都合しかないだろう。
だから私は本名を、大好きな母が付けてくれた名前を伝えた。
「・・・アリス」
まるでおとぎ話の国の中に出てくる少女の様な名前。
でもちゃんと洗えば綺麗な金髪になる私の髪と、青色の瞳にはとてもあった名前だと思っている。
前世で化粧をするような年齢まで女性をやっていたのだ、可愛い自身はある。
「アリス、キミには僕の手伝いをしてもらうよ」
捕まった人間に選択肢はない。
スラム街では捕まる=死と直通していたが、彼も仕事をくれるらしい。
彼の身なりからして貴族のボンボンか。かと言って頭が悪そうにも思えない。
先ほどからの会話ではこちらを憐れんでいるような感じと、計算しているようなそぶりもある。
そもそもこれくらいの年齢の男の子など、基本的には悪戯など幼稚な事をしたがるような年齢だ。環境によるのだろうが、貴族の教育はここまで理性的に子供を育てられるのか。
ある程度賢いからこそ、一人でこんなところまで来ることを許されているのだろう。
そうじゃないと、普通の親であればスラム街の近くまで子供を一人で来させる様な事はさせない。
そもそも子供一人などさらってくださいって言っているようなものだからだ。
「それがキミの償いだ。もちろん対価として給与を払うし、衣食住も提供しよう。僕は君の雇い主だ、従業員くん」
償い。
これまで殺してきた人たちは基本的に男達の同業者だった。だからこそ、あまり心も痛まない。それに、反撃に子供も多く殺されている。
私にとっては雇い主が変わるだけだ。
「・・・・わかった、ますたー?」
そういえば、この子の名前聞いてなかった。確か私を拘束している女の子がそう言っていたのを思いだし、咄嗟に出てしまった。
そもそも、この子、マスターなんて呼ばせてるの?
「ライルだよ」
「わかった、ライル」
よかった、私にはそれを強要しない時点である程度は信頼できるのか、な?
「うん。よろしくアリス。こっちの子はエルで、僕のパートナーだよ」
私を拘束していたサイボーグ少女はエルというらしい。
でも、サイボーグって言われていた割には普通の子供みたいに柔らかかったけどなぁ。
「アリス・・・平凡な名前ですね」
前言撤回。サイボーグって、肉体じゃなくて中身のことかい。
まぁ、確かに肉体的にも強いんだろうけどね。淡々と男達を倒す姿はすごかった。
人間の体ってあそこまでアクロバティックな動きができるんだなって、改めて人体の神秘を感じたし。
「さて、そろそろ船に戻ろうか」
そんな事を考えていると、ライルがふとそんな事を呟いた。
船、と言われれば前世の私だと水に浮かぶ船を想像していただろう。でもこの世界、この場所での船は定義が違う。宇宙船である。SFである。
確かにスラム街での生活の節々にそういった進化した科学技術を感じていたが、実際に宇宙船を目で見たことはない。
「ふね?」
宇宙船の事で間違いない筈だ。それに船がある、という事はやはり貴族だったらしい。この世界で個人で宇宙船を所有するのはある一種のステータスであると聞いたことがある。
よく仕事を依頼してくる男達の会話の中で、宇宙船が欲しいなどと言った会話も数多くあった。夢、みたいなものだろうか。
「うん、船。僕の、僕たちの新しい家だよ」
貴族の子の元であれば、それなりの生活は約束されるだろう。まぁ、奴隷じゃなければだが。
でも、これまでの私の扱いから見るとこの子がそういった扱いをするとは思えなかった。それに、先ほどは従業員と言っていた。
その事からも、少なくとも雇用契約に近い形態での仕事となるの可能性が高い。
まぁ、貴族がどれほど理不尽なモノなのかは噂には聞いているが。
だからこそ、少し試してみたくなった。
「小さいのに、家、持ってるんだ」
少しバカにしたような言い方。
普通の子供、しかもプライドが高そうな子だったらすぐに怒り狂うだろう。
でもライルの反応は予想していた反応とはどれも違った。
苦笑いしていたのだ。
「ええ、マスターはすごいんです」
エル、あなたは少し黙ってなさい。ライルの事が好きなのはわかったから。
やはり、この子大人びている。それも、少し程度ではなく、遥かにだ。
時折理性的な大人と会話しているような感覚になるのだ。
「さぁ、帰りましょう」
意外といい主人に出会った、と思っていいのかもと考えてしまうのは時期尚早か。
でも、少なくともこれまでよりもいい生活ができそうだ。人間的な、最低限の生活。
なんとしても生き抜いてやる。
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