第9話「お礼参りとお土産」
ねぇ、僕って疫病神でもついてるんですかね?まぁ最近はろくな事に出会っていませんがね。
今、僕の目の前には羽交い絞めされた女の子がいます。エルじゃないですよ?エルは女の子を羽交い絞めしている方です。
歳は僕とあまり変わらないくらいでしょうか?身長は僕よりも少し高いです。く、悔しくなんてないもん。
拝啓お母様。僕は今日女の子を拾いました。
「なんでだぁーーーー」
時は数十分ほど前に遡ります。
僕とエルは傭兵ギルドでの登録をなんだかんだありながらも(本当に何だかんだあっりました)終わらせ、ようやく安寧の地である自身の船へ足を向けました。
そもそも傭兵ギルドが港から遠すぎます。何キロあるんですかねぇ?
確かにテナント料が高い港付近は激戦区なんでしょうけど、スラムに近い場所に建てる必要性なんてないでしょうに。あれです。貧困と利便性の反比例みたいな。
まぁ、いいでしょう。
そんな帰り道、案の定というか、予想を裏切らないというか、お礼参りにやって来た方たちがいました。
そうです、ギルドでエルが畳んでしまった人たちですね。
なんと模範的なチンピラなんでしょう。
スラム街よりの場所での襲撃も模範的過ぎて先生満点だしちゃうくらいに感動してますよ。今なら追加で放課後補修は免除しちゃいそうです。
さて、先ほどのギルドないでは銃火器の使用はご法度だったのでしょう。しかし、この外ではその法は働かないようです。そもそも無法地帯の近くですからね、ここも誤差範囲内と言えるのでしょう。
さて、そんなおじさんたちが複数人、いたいけな子供を銃器を使って殺そうとしています。助けて、警備兵さーん。まぁ、こんな場所には来ないでしょうがね。
「さて、では自分たちで対処しますか」
一応僕も射撃の訓練は受けてます。手元にあるのは
そもそも僕の射撃訓練の点数は落第ギリギリです。僕は頭脳労働派ですので問題ありません。まぁ、まさに今現在その問題が発生しているのですが。
「さて、任せましたエルさん。やっておしまいっ」
こういう時は本職にお任せです。
僕が頑張ったところで下手すれば死にますので。
誰ですが、期待を裏切らないって言ったのは。先生怒らないから出てきなさい。
さてさて、先ほどギルドで無双を見せたばかりのエルさんですが、彼ら懲りないですねぇ。そもそもスペックからして違うんだから諦めなさいよ。
「了解、マスターを守ります」
そうです、その可愛いドヤ顔。私できる子って表情。終わってからにしましょうね。まだ始まってもないですよ?
え?女の子を盾にするなんてひどい?どの口が言ってるんですか。子供に銃口向けておいて今更紳士ズラしないでくださいよ。ほら、そんなこと言ってるからエルさんが第1標的に選んじゃったじゃないですか。
さて、エルミサイル発射まで猶予はありませんよ?逃げる準備はできてますか?
「マスターは悪くないっ」
抑揚のない言葉で僕を庇いながら大人をぶっ飛ばしているエルさん、かっこいいですねぇ。
おっと、危ない。僕が隠れた構造物の近くに着弾しました。
この時代の銃器って基本的にはエネルギー系なんですよね。まぁ、”軽い、安全、扱いやすい”の三拍子そろった武器なんで、けっこう普及しちゃってまして。大量生産=安い、よって犯罪での使用と方程式が成り立っちゃうわけです。
ええ、確かに軍での正式採用品とかと比べると安いのは粗悪品が多いですよ?でも1,2回撃っただけで壊れるとかはないんですよ。
そんなエネルギー銃器から飛び出る高温プラズマは旧時代の鉛玉とそれほど威力は変わりません。そもそも人間殺すのにそんなに高出力なエネルギーがいらないんですよねぇ。僕が持つ護身用の
さて、そんな銃撃戦が続いている中で一人異様な人がいますね。ええ、彼女の事を人間とカウントするのはどうかとは思いますが、生物学上は人間なので。
地面を滑るように低く移動し、男が持つ銃に掌底を撃ち込む。そしてがら空きの胴に一発ぶち込んで終わり、を1セットにして繰り返しています。
銃って今も昔も変わらず、仲間が近すぎると撃つのをためらってしまいますよねぇ。わかりますよ、その気持ち。まぁ、遠慮なく撃てる人は外道ですけどね。
すでに6セットを終了したエルさんが突然動きを止めました。
「へ、へ、サイボーグ女が護衛って聞いて持って来たんだっ」
なんと、チンピラの一人が何か特殊な道具?を取り出しました。
大きさとしては一抱えくらいあり、形状としては先端に丸いドーム形状を持ち上にとってがある電子機器の様です。
「それは・・・」
動きを止めたエルさんが白い眼を向けています。ええ、あの視線は呆れてますね。
「へっ、サイボーグ用の拘束機器だっ」
ご丁寧なことに説明までしてくれています。へぇ、結構高かったらしいですね。どうでもいい情報ですが。それにそんな機器、どうせ中古でしょうけど性能はどれほどなんでしょうねぇ。
「こいつでこの女はっ」
というのが男の最後の言葉でした。いえ、殺してはいないと思いますよ。恐らく。メイビー。
そもそもサイボーグでもないエルに聞くはずないじゃないですか。え?なんか鼻がムズムズした?それはアレです、へんてこな機器のせいじゃなくて、ここ埃っぽいので。
「ば、化け物めっ」
仲間を7人倒されてからようやく気が付いたようですね。そうです、人間ではないのであながち間違ってませんね。まぁ、可愛いですけど。
おやおや、最後に残った顔には見覚えがありますね。
あの時ギルドで僕を背後から襲おうとして腕をおられた男じゃないですか。腕は治療したのか怪我している感じはありませんね。治療技術もこの時代は桁外れですね。
「お礼参りは、気が済みましたか?」
銃撃が止んで、エルさんはおびえる男の目の前です。そんな状態で男が何かできるはずもなく、僕は隠れていた影からようやく出ることができました。
「マスター、まだ危険」
確かに目の前の男は気絶もケガもしてないので、危ないかもしれませんね。でもねエルさんや、あなたその男の心を折ってるみたいなので安全ですよ?
「ええ、でもちょっとお返しはしたくて」
流石の僕も1日に2回、しかも同じ人物から襲われるとお返ししたくなってしまいます。
僕はポケットの中に入っていたあるモノを取り出します。
「マスター、それは何ですか?」
エルさんが興味深々です。
ギルドに向かう途中で物珍しさにちょっと買った物で、ちょっとした調味料です。緑色の。
「ん?これはね、田舎のほうにあるある植物の根っこをすりつぶしたものなんだけどね」
そうそう、その植物は綺麗な水があるところに自生もしていたりする植物でして。今の時代、天然ものは貴重ですので恐らくは養殖でしょうがね。
僕はその調味料の蓋を開けます。すると微かにツンとした匂いが漂ってきました。
そんな調味料を放心状態の男の鼻へと突っ込み、チューブをおもいっきりつぶします。そうするとチューブの中身である緑色の調味料が飛び出し、
「むぅぅぅうううううっ!!!!!!!!」
男がもんどりうって転げまわります。
「ソレ、ワサビって言うんですけどね。あぁ、安心してください毒物でもなくて、列調味料なので体に害はないですよ」
古に伝わる拷問術です。なんちゃって。
これで少しはスッとしました。僕でもストレスは溜まるんですよ?最近は主にアノ糞親父の事がメインですが。
さて、僕自身のお礼参りも終わったところで、一件落着です。
そんな時でした。
エルもゴロゴロ呻いている男を興味深そうにツンツンしていて、警戒モードを解いていて、僕も気が抜けた瞬間でした。
とすっ、と軽い衝撃が僕の体に走ります。
「マスターっ!!」
僕が何事かに気が付く前にエルの方が理解が早かったようです。
衝撃が薄れてきようやく気が付きました。僕に子供がぶつかって来たようです。背たけは僕と変わらないくらいですかね。
それにスラム街の住人の様で、ちょっと饐えた匂いもしてきます。
それにしても痛いですね。僕のお腹の部分、背中寄りですが、そこに硬い金属の様な物が当たってます。
「マスターから離れろっ」
エルが一瞬のうちに飛んできて子供を突き飛ばします。
それでようやく子供が持っているモノが判りました。ナイフです。ん?ナイフ??
「あぶなっ」
どうやら僕は子供に刺されたようです。え?なんで他人事みたいなのか?僕の服って高級じゃないですか。え、別に自慢じゃないですよ。
そんな高級な服が防刃性能もないような服なわけないじゃないですか。
というところで、最初のシーンに戻って来るわけです。
「むぅううっ!!!!!」
ざ、スラムの住人って感じである意味感動していますが、彼女はそんな恰好をしています。ええ、簡単に言う汚い、臭いの、ぼろいの3拍子です。はい。
「えーっと、なんで僕を刺そうとしたの?」
まぁ、答えは予想できていますが、あえて聞きます。
「・・・・・」
へぇ、この歳ですでに依頼主の事は口外しないようにしつけられているんですね。スラムって怖いですねぇ。
「うんうん。まぁ、キミみたいな子がこんな立派なナイフなんてもってないでしょうし、大方誰かから依頼されたんでしょうけどね」
子どもを暗殺?失敗しましたけど、そんな事に使うなんて最低超えて外道ですねぇ。
スラム街の子なのは間違いないようですし、大方お金で釣ったんでしょうけど。
「キミの依頼主ってそこで転がってる男ですよね?」
そういって僕が指さすのは先ほどワサビでお礼した男です。持っていたモノや服装などから、そこらのチンピラの中では割とお金をもっていたみたいですね。
それに先ほどからキミの視線がチラチラと男に向っていたので、ほとんど当たりでしょう。
「!??」
へぇ、咄嗟に声を出さないくらいには利口ですね。
「うんうん、その反応が答えを出してますけどねぇ」
さて、ここは大人として子供を導いてあげないといけませんね。
そもそも、子供が非行に走る。犯罪に走るなどと言った行動の根源にあるのは、ほとんどが貧困です。
人間が生きている世界において、それを根絶することは難しいでしょう。
そもそも人間という生き物は他人と比較し、自身がいかに優位にいるのかを考える生き物です。それは生物の本能としては正しいのでしょう。しかしながら理性でそれらを覆い隠している。汚い生き物なのですよ。
さて、そんな汚い大人の世界で生きていかざるを得なかった子供たちがまともな育ち方をするはずがないではないですか。
誰か言ってましたね。『カエルの子はカエル』と。
要するに親と子は似るんですよ。子供は親の背中を見て、行動を見て世の中の生き方を学びます。虐めをする子供がいたら、それは親がどこかで似たようなことをやっていたのでしょう。
全てを親のせいにはしませんよ。環境だってそれらに影響を及ぼします。
このスラム出身の少女がいい例でしょう。
無垢な子供を殺人者へ育ててしまう環境。狂気と言わざるを得ません。
しかしながらそんなことを思い、考えるのは外野であるからでしょう。そんな世界で生まれてから育って来た子にとっては、その世界が全てなのですから。
「さて、キミには選択肢をあげましょう」
僕は子供は好きですよ?誰ですか、今、ロリコンとか言ったヤツ。あとでエルさんを送りますでの、そこで正座していなさい。
好きの好きは性的な意味でないことをきっちりと教えてあげましょう。
「このままここで死ぬか。それとも僕を殺そうとした事に対して、償いをするか」
然るに、人間の罪とはその大きさと贖罪ですべてが収まります。
人間を殺してしまった犯罪者には同じ死を。
モノを盗んだ犯罪者には反省と賠償を。
目には目を、歯には歯を、と同じことです。
もちろんそれで全て許されるわけではないですよ?罪というのは、一度刻まれると二度と消すことはできない入れ墨の様なものです。なかった事にはできない、しかし薄くすることはできる。それが反省、贖罪です。
「キミが生きることを放棄するのであれば、それで罪は償われました。でも、それでいいのですか?キミは自分から逃げるのですか?」
逃げるのは簡単です。
何事にも壁はありますし、絶対に超えられないモノもあるでしょう。
しかしながら人間は成長する生き物です。進化だって可能性もあります。
「・・・・」
先ほどまで暴れていた彼女は大人しくなりました。
ええ、考えてください。ここがあなたのターニングポイントです。世界は時として残酷です。
一概に運で片付けられないことも多くあります。
理不尽なこともあるでしょう。
「逃げるな。選べ、自分で」
僕は彼女の瞳を覗きこみます。
体や服装とは違った、とても澄んだ瞳。
その瞳に光が灯りました。
「・・・・あなたの名前は?」
尊重し、助けてあげましょう。彼女が選んだその道を。それが大人の義務です。
最初は選択肢を与え、自分で選択させ、進む背中を後ろから補助する。全て大人がレールを引くのは間違っています。選択し、進むことで人は成長するのです。
「・・・アリス」
アリスですか。
青色の瞳には微かながらも炎が見えた気がしました。恐らく気のせいでしょうけど。
「アリス、キミには僕の手伝いをしてもらうよ」
スラム街出身者には戸籍がありません。
登録もなく、いないモノとして扱われる。それが貧困街の住人です。アウトローには住みやすく、元々の住人にとっては天国か地獄か。
そんな場所から人一人消えたところで問題はないでしょう。
「それがキミの償いだ。もちろん対価として給与を払うし、衣食住も提供しよう。僕は君の雇い主だ、従業員くん」
雇用形態、キミと僕とのギブアンドテイクだ。
さて、キミの返答はいかに。
「・・・・わかった、ますたー?」
うん、エルは教育に悪そうですね。
「ライルだよ」
「わかった、ライル」
まずは一般的な基礎教育からする必要があるね。そんな事はエルに任せておけば大丈夫だろう。
「うん。よろしくアリス。こっちの子はエルで、僕のパートナーだよ」
アリスが大人しくなった事で拘束を解いたエルは僕の後ろの定位置に戻っていたので、ついでに紹介しておきます。
「アリス・・・平凡な名前ですね」
エルさんや、それは言わない約束ですよ?先生との約束、忘れましたか・・・・。
さて、そんなこんなで僕たちに仲間ができました。
え?そんな簡単に仲間に入れていいのかって?
だって彼女、放っておいたら多分死にますよ?え?別に自殺じゃないですよ、あの男の為ですよ。
スラム街の住人にとって、お金は非常に貴重です。それで生き死にが変わって来るんですからね。
すでに事前報酬をもらっている彼女はまだ幼いです。いくら警戒心が強かろうが、膂力は人間の幼児と大して変わらない。
そんな獲物を狡猾な大人たちが狙わないわけがないじゃないですか。現に遠巻きながらも僕たちを見ている視線もありますし。
そんな理由もありましたが、一番は彼女の瞳でしたね。月並みな事しか言えませんが、彼女の瞳にはまだ力がありました。
すべてを諦めたスラム街の少女の瞳ではなく、狩られる側ではなく狩る側の瞳。
そんな目をしている子供を放っておけるわけないじゃないですか。
「さて、そろそろ船に戻ろうか」
やっと進めますね。
さっきから3歩進んでは2歩下がるを繰り返しているみたいですよ。
「ふね?」
あぁ、彼女はこのスラムから出たことなんてないんですね。
「うん、船。僕の、僕たちの新しい家だよ」
非常に快適な宇宙の家、ですがね。
「小さいのに、家、持ってるんだ」
おどろくのソコですか。あと、僕は小さくありませんよ?
え?アリスって11歳なんですか?僕より年上じゃないですか。
「ええ、マスターはすごいんです」
エルさん、あなたさっきから変な言動多くないですか?アリスの情操教育に悪いので直してくださいね。
「さぁ、帰りましょう」
ようやく僕の冒険が始まりますね。
え?2度あることは3度ある?
いい加減にしないとぶっとばしますよ?エルさんが。
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