第40話 黒幕

 放課後、僕は生徒会室にいち早く訪れ、会長席で寛いでいた。


 視線の先には太陽。夕方になり始めの時間帯。だが、今日は雲が出ている。


 きっと、雲は太陽を覆い隠すことだろう。そう思いながら、僕はゆっくりとしていた。


「失礼します」


 そこに、いつも通り副会長が現れる。いつものように、生徒会業務のためだろう。


「やぁ、副会長。今日も忙しいね」


 僕が椅子を回転させて姿を現すと、副会長は目を丸くした。


「……驚きました。昨日今日のそれこれで、会長は来られないかと」


「そうだね。本当ならそのつもりだったんだ。けど、予定が変わったから」


「予定、ですか?」


「うん」


 僕は、目を細めた。


「副会長、君には随分困らされたよ。ここまで念入りに脅威をもたらされるとは、驚きだ」


「ッ!」


 副会長は目を剥いて僕を見た。そのタイミングで、隠れていたヨシマサが姿を現す。


「な、何を言ってるんですが……?」


「誤魔化しても無駄だよ。裏は取ってる。ヨシマサ」


「殺人委託で、副会長、駅前のネカフェ使ったろ。しかも姉名義。調べるの大変だったぜ。素性洗ったら故人だし、苗字も違う。まさか親の離婚で苗字が変わってるなんてな」


「ッ!?」


「他にもあるぜ。噂の流布にSNSの裏垢で呟いて、他のアカウントで拡散。しかもこれ全部自分じゃない。職員室にたまってる没収端末使うとは考えたなおい」


「な、何を言ってるんですか……? 言っていることはよく分かりませんが、他人の端末で呟いたなら、誰がそうしたという証拠は残らないでしょう」


「なーに言ってんだよ。監視カメラに残ってたぜ? 休日学校に忍び込んだ副会長」


「ッ、嘘です! そのデータは消したはず!」


「ぼろが出たね」


「ッ!」


 僕の指摘に、副会長は後ずさる。


「後だしで言うけれど、監視カメラの映像は全部ヨシマサの家のサーバーに蓄積されるように改造してある。例え職員室のデータを消しても、そちらのバックアップを知らなければその時点で詰みだ」


 恥ずべき事じゃない。


 言いながら、僕は立ち上がる。


「う、うぅ……!」


「副会長。君がぼくを嫌っていたのは知ってる。それそのものは君の自由だ。けれど、僕の愛する二人を殺そうとしたのはいただけない。排除するなら僕を狙えばいい。何で二人を狙ったのかな」


「ち、ちが、私は……」


「副会長」


 僕は呼びかける。


「僕はね、何年ぶりかも分からないくらい久しぶりに、怒っているんだよ。ちゃんと、説明してくれるかな」


「――――ッ」


 副会長は、とうとうすくみ上った。歯をカチカチと鳴らして、脱出を図る。


 だが、それも手を打っている。


「ッ! あ、あなたたちは……」


「あなたが、私たちを殺そうとした人?」


「ふーん、弱そう。私一人で殺せるね」


「ユイさんすぐ殺すとか言うじゃん。とりあえずバチッて縛って拷問でしょ」


「ツユリちゃんも物騒じゃない?」


 呼び寄せていた二人が、入り口から入ってくる。


 ツユリの手にはスタンガン、ユイの手には包丁が握られている。


「アキラ、お前あんなのにいつも言い寄られてんの?」


「可愛い僕のヤンデレハーレムだよ」


「凶器握ってんのに可愛いとか言えるその度量は、もう脱帽だよ」


 僕らの軽口はよそに、二人に出口をふさがれた副会長は震える事しかできなくなる。


「あ……あ……」


 副会長はツユリとユイの二人に壁際に追い込まれる。


 このままだと本当に二人が殺してしまいそうだったので、僕はそこに割り込んだ。


「さて、副会長。もう逃げられないよ。何で今回の犯行に及んだのか、それを聞かせてもらえるかな」


 副会長は僕を見る。そしてボロボロと涙をこぼし始める。


「人のこと殺そうとして、何泣いてんの?」


「何かイライラしてきた。アキラくん、もう殺していい?」


「ち、ちが……っ」


 副会長はしきりに首を振る。それで、僕はある一つの可能性に思い至った。


「……ああ、なんだ、そう言うことか」


 僕は一歩副会長に歩み寄る。


 その頬に手を添える。


 そして抱き寄せ、キスをした。


「―――えっ」


「えぇー!?」


「はぁあ?」


 三者三様の困惑を耳にしながら、僕は副会長に熱烈なキスをする。


 副会長も最初動揺に暴れたが、しかし観念したのか状況を理解したのか、すぐにしおらしくなって、僕を抱きしめ返して唇を押し付けてくる。


 そして、長い長いキスを終え、僕は言った。


「みんな、紹介するよ。副会長―――白鳥キョウコ。今回の敵改め、新しい僕のヤンデレハーレムメンバーだ」


「……」


 副会長は顔を真っ赤にして、僕にしがみついていた。


 その顔は真っ赤で、目が潤んでいて、僕のことを突っぱねようだなんて考えを微塵も持っちゃいない。


「え……? う、嘘でしょお兄ちゃん。その人、殺人委託とかまでして私たちのこと殺そうとしたんだよ?」


「そ、そうだよ! 家も燃やされたし!」


 反論する二人に、僕は言う。


「でも君たちも僕のこと監禁するし、拉致するし、殺し合うじゃないか」


「う、そ、それは……お兄ちゃんが不誠実なのが悪いんだもん」


「だっ、だってツユリちゃんがアキラくんを誘惑するから……」


 ツユリ、ユイが目を背けながら言い訳をする。


「……」


 そして一人言葉を失うヨシマサだ。


 そういえば監禁以降こっちから報告してなかったね。驚かせてしまったか。


「と、いうことで」


 僕はまとめに入る。


「副会長―――いいや、キョウコと呼ぼうか。君の気持ちは分かった。僕は君を受け入れる。ただし、先に言っておくよ。僕はヤンデレハーレムを望む。そしてそこの二人は、君同様僕の独占をもくろむ」


 キョウコは、僕を見上げる。


「君は、君のやり方で僕の独占に臨んで欲しい。二人を排除しようとするのは自由だし、二人が君を排除しようとするのも自由だ。そして僕は、君たち三人全員を守り、愛し尽くして、ハーレムの構築を目指す」


「……本気なのですか。こんな方法で会長の想い人を消し去ろうとした私を、愛してくれるのですか」


「愛するよ。君が僕を望む限り」


 キョウコは、僕の言葉にボロボロと涙をこぼし始める。


「……覚えていますか、会長。私が、かつてあなたに告白したことを。あなたはその時、私を拒絶しました」


 キョウコは、しゃくりあげながらも続ける。


「悲しかった。あなたの言うヤンデレハーレムの意味も分かりませんでした。だから調べました。ヤンデレの意味も、ハーレムの意味も」


 キョウコは涙を気にせず僕を見上げる。


「ヤンデレの意味も、ハーレムの意味も分かりました。私は、あなたの願望が許せなかった。あなたが複数の女性関係を望んでいるのが許せなかった」


 キョウコの瞳に、狂気の色が混ざり始めた。


「だから、手を回したんです。ヤンデレに適合する不安定な精神状態の存在を、学校で許さないように。噂を流布し、生徒たちを正義に染め上げて、自分の意志だと信じながら私の思う通りに動くように」


「……副会長、アンタ、いじめ事件の黒幕の最後の一人だったのかよ」


 ヨシマサが戦慄する。


「そうすれば、いずれ、会長の望むような女の子は居ないって、諦めてくれると思いました。そうなったとき、隣に居るのは副会長の私です。なのに、ここまでこんなに苦労したのに、いきなりぽっと出の二人が現れて……!」


 深い深い憎悪のこもった視線が、ツユリとユイを貫いた。


「私、嫌です」


 キョウコは涙を拭って僕に訴えかけてくる。


「会長が、私だけのものにならないなんて嫌です。私だけの会長でいて欲しい。私もあなただけのものになります。邪魔な連中は一人残らず自殺させてみせます。会長と、この街のアダムとイブになりたいです」


 キョウコの熱烈すぎる告白に、僕以外の全員がドン引きしている。


 だが、僕は微笑んで言った。


「なら、勝ち取るといい。分かるかい、キョウコ。僕らは想い合う関係でありながら、敵同士なんだ。ここにいる、ヨシマサ以外の全員がそうだよ」


 キョウコに、僕は二人を紹介する。


「ツユリは僕を監禁することで、僕の独占を狙っている。最近株で大儲けをしているから、多分大掛かりな収容室を用意するつもりだ」


「えっ、何で知ってるの!?」


「ユイは恋敵全員を物理的に排除することを狙っている。彼女は強いよ。僕に並ぶ身体能力を持っている。本当はね、今回の件で、ユイは守るまでもなかったと思ってるんだ」


「やだ! 私弱いから、アキラくんに守って欲しい……」


「どの口が」


「キョウコ」


 僕はキョウコの両頬をそっと手で挟んで、目を合わせる。


「君は自由だ。君のしたいようにすればいい。だが、僕に『私だけを愛して』なんて言うのは無意味だからやめるんだ。君はただ、その巧な人心操作術で僕ら全員を無力化して、ただ一人僕の前に残ればいい」


「……」


 キョウコの涙が、引っ込んでいく。


「いいん、ですか。あの二人を、排除して。二人は、会長の想い人なのでしょう?」


「そうだよ。けれどね、二人を守れなかったとしたら、それは僕の敗北だ。勝った君が好きにすればいい。だって、僕はもう、君を愛しているんだから」


「―――会長ッ!」


 キョウコは僕の胸に飛び込んで、泣きながら誓う。


「分かりました。私、あなたが私だけを見てくれるように頑張ります。すべてを支配下において、あなた以外の全てを排除します……!」


「うん、うん。頑張って。僕は、君がそうできないようにして、君を含む全員をハーレムとして愛するよ」


 キョウコを抱きしめているせいで不満そうな顔をしているツユリ、ユイにも僕は呼びかける。


「おいで。みんなまとめて抱きしめてあげる」


「お兄ちゃんっ!」


「アキラくんっ!」


 二人がさらに抱き着いてくる。僕はその全員を抱きしめる。


 そうして、今回の騒動は終息した。


 あるいは、ずっと終息しないという形で―――決着したのだった。







「付き合ってられるかバーカ!」


 あとヨシマサがぶちギレて出ていった。

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