第38話 花に囲われて

 家に帰った頃、もう日付が回っていた。


「お兄ちゃんっ!」「アキラくん!」


 玄関扉を開くと、すぐにツユリとユイが僕に抱き着いてくる。


「ただいま、二人とも。僕にくっつくと煤が体について汚いよ?」


「お、お兄ちゃんが火事の中に突っ込んだって聞いて……!」


「心配してくれたの? ツユリは優しいね」


「う、うるさいっ! 心配かけさせないでってこと!」


 涙ぐみながら、ツユリはポカポカ僕を叩いてくる。全く痛くない。


 一方、ユイは自分の家が燃えたことも知っているのだろう、青ざめた顔で、僕を見上げている。


「……アキラくん、その、私の家……」


「ああ、その辺りの話をしなきゃね。正直今すぐ眠りたいところだけど」


 ふぁああ、とあくびを一つすると、ユイが「あっ、む、無理しないで? アキラくんが、一番大事だから……」と言う。


 僕は首を振った。


「ううん、今日話すよ。ユイの夢見が良くなるようにね」


 僕は靴を脱いで家に上がる。コートを脱いで洗濯カゴに投げ入れる。


 そしてリビングに腰かけた。


 ユイが対面に座り、ツユリは気を遣うようにちょっと離れた壁に寄り掛かっている。


「まず、ユイがどこまで聞いているのか知らないけど、ユイの家が燃えたのは事実だよ。そこに僕が飛び込んだのも事実だ。……そうだね、ここからは、事実と真実とで言葉を使い分けよう」


 僕は続ける。


「そして、僕はユイの両親を助けに行った。だが助けられず、二人は焼死してしまった。これがだ。公的に、そう言う風に処理されることになってる」


「……事実と、真実。ってことは」


 ユイが、僕を見つめる。


「そうだ。公的に、ユイは両親を失うことになった。これから遺産相続でいくらか面倒が起こる。代わりに、もう逮捕される事態は起こらない。約束するよ」


「……アキラくん……っ」


「でも、それじゃあ良くなくない? ってことは、ユイさんはこれから孤児ってことになる訳でしょ? 財産目当ての親権希望者なんて、いくらでも出ると思うけど」


「お金は、最悪どうでもいいよ。私は、アキラくんと一緒に居られればいい……っ」


 不安がるように、ユイは言う。


 僕は続けた。


「それについては、一応手の打ちようはあるよ。ユイのお父さんは医者で、お金もため込んでる。親族の数にも依るけど、揉めるはずだ。となれば、弁護士とかの法律家が噛む余地はある」


「お兄ちゃんって何か法律関係強くない?」


「ヤンデレハーレムに法律の知識は必要不可欠だよ」


「ああ、ヤンデレみんなが法律を犯すから……」


 ツユリに「修羅の道だね」と言われる。「君もその一人だぞ☆」と返しておく。


「何にも言い返せなくて悔しい」


「幸い僕の父さんがそっちに強いから、父さんのツテを使って割り込むよ。場合によってはユイもウチに組み込む」


「え……? ユイさん妹になるの……?」


「ちなみにユイは何月生まれ?」


「えと、1月……」


「勝った! 私が姉!」


 そしてもろ手を挙げて勝ち誇るツユリだ。


 ユイは首を傾げている。


「ツユリちゃん、そんなに小さいのに……?」


「え? スタンガンがご所望?」


「望むところだよ。今日の殺し合いを始めよう?」


 二人が構えを作った。


 僕はもう眠いので二人の得物を1秒で没収した。


「あっ! お兄ちゃん! 女の戦いに割り込まないで!」


「アキラくんの今の動き……見えなかった……」


「はいはい、もう寝ようね二人とも。僕は体を洗ってから寝るよ」


「アキラくん、その、お背中……」


「今日は疲れてるから今度ね」


「残念……」


「またユイさん淫乱してる」


「淫乱って呼ばないでよぉ~!」


 わーきゃーとツユリたちは追いかけっこしながら二階へと上がっていく。


「……あの二人、もうただの仲良しじゃない?」


 僕はちょっと面白くなりつつ、お風呂へと向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 風呂から上がってすぐに、僕は自分の部屋に向かった。


 意外にも、二人の姿は見えなかった。周囲も静かなので、それぞれの部屋で寝ているのだろうか。


「二人とも、気を遣ってくれたのかな」


 ちょっと疲れていたのも事実だったが、気にしないでいいのに、とも思う。


 そう思いながらベッドに向かおうとすると、コンコンコンっ、とノックが三回響いた。


 開けると、パジャマに着替えたツユリが、気恥ずかしそうな様子で立っている。


「ツユリ、どうしたの?」


「……その、お兄ちゃん疲れてそうだったから、一人で寝かせてあげようって思ったんだけど、その……」


「うん」


「……今日のことで、ちょっと、眠れなくて」


 今日のこと、というと様々な形で行われた襲撃のことだろう。


 僕は、ツユリの頭を撫でる。


「いいよ、おいで。一緒に寝ようか」


「―――っ。うん……!」


 ツユリは僕にぴったりくっついてきて、しおらしい態度でついてくる。


「じゃあ、ツユリはベッドの奥に行って」


「うん、お兄ちゃん」


 並んでベッドに納まる。


 僕のベッドはセミダブルの少し大きい奴なので、二人くらいなら大丈夫だ。


「えへへ……。やっぱり、お兄ちゃんと添い寝すると、安心する」


「僕もだよ。ツユリと居ると、癒される」


 微睡んだ様子で表情を蕩けさせるツユリに、愛しさがあふれて僕はそっと額にキスをした。


「あっ……♡ もう。ここじゃヤダ。口がいい……」


「甘えん坊だね、ツユリは」


「いいの……。私とお兄ちゃんなんだもん」


 そんな甘いやり取りをしていると、ノックがした。


「「……」」


 沈黙。


「えっと……」


「……本当に、今日だけなんだから」


「つまり、出て良いってこと?」


「……本当は嫌だけど、こんな状況だし。ユイさんは追加で家まで焼かれてるし」


「ありがとう。ツユリは本当に優しい子だ」


「ふん……」


 僕はベッドから抜け出して、扉を開く。


 パジャマ姿のユイが、不安そうな顔で立っている。


「ユイも不安で来たの?」


「う、うん。……目を閉じるとね、今朝の女の子たちとか、……お父さんお母さんの顔が浮かんで、辛くて」


「うん」


 僕はユイをそっと抱き寄せる。


「いいよ、一緒に寝よう。そうすれば、少しは気がまぎれるよ」


「うん……」


 珍しく、ユイは意気消沈気味だ。


 それだけ堪えたという事だろう。


 当然だ。


 襲われただけでもキツいだろうに、家が焼かれたとまで聞かされて、平気でいられるものか。


「……」


 僕は、自分でも珍しく、今ちょっと不機嫌かもしれない。


 今回の黒幕には、少し痛い目見てもらおう。


「おいで、ユイ。ツユリ、もう少し詰めてもらっていい?」


「うん」


「え」


 そこでようやくユイがツユリの存在に気付いたらしく、バツの悪い顔になる。


 ツユリは言った。


「今日は、私もだけど、ユイさんかなり可哀そうだったから。……今夜だけ、お兄ちゃんを分けてあげる」


「……ありがとうとは、言わないよ」


「こっちだって要らないよそんなの。もう二度と分けたりしないし」


 微妙に顔を背け合い二人に僕は微笑しつつ、結局三人、川の字に並んだ。


 部屋の手前から、ユイ、僕、ツユリの順だ。


 二人とも、僕の腕を抱き枕にして、ぴったり僕にくっついている。


 女の子特有の華奢さ、柔らかさ、特有の甘い香り。だが、そんな事を正面から満喫できないほど、状況は逼迫している。


 自分に縋りついて震える女の子を前に、自分勝手な考えなど抱けるものか。


「お休み、二人とも」


「うん……お休み、お兄ちゃん」


「お休み、アキラくん……」


 僕らはそれぞれに言い合って、ゆっくりと目を閉じる。


 そうしながら僕は決意するのだ。


 明日。


 明日、決着させると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る