第36話 帰宅

 不審者の侵入のこともあって、生徒は早々に帰宅という事になった。


「「……」」


 今日ばかりは睨み合っている余裕なんてないらしく、ツユリとユイは揃って僕の腕にしがみついていた。


 まるでコアラのお母さんになった気分だ。


「さ、みんなで帰宅しようか」


「う、うん……」


「あ、あはは……アキラくんと一緒に帰れるの、嬉しいのに、何でこんなに不安なんだろ……」


 二人とも、僅かに震えている。


 仕方ないことだろう。今日、常に誰かから狙われていたのだ。


 正義感、あるいは殺意。その矛先になって平気でいるなど、高校生でなくとも難しい。


「……あーあ、折角今日もお弁当作ったのに……」


 ツユリはボヤく。


 校舎から出た、帰り道の途中のことだった。


 まだ日は低いところにある。というのも、不審者の侵入は午前中のこと。


 着替えたり帰宅指示が出たり、という諸々を終えた今、やっと正午という時間帯だった。


「そうだね、ツユリ。家に帰ったら一緒に食べよう。ユイ、今日は僕の家においで。一か所に集まってもらわないと、僕も守りにくい」


「う、うん……。でも」


 ユイがツユリを見る。ツユリはそっぽを向いて言う。


「本当は嫌だけど、お兄ちゃんを困らせたくないもん。それに、泊めてもらった借りがあるし」


「……ツユリちゃん……」


 ユイは、瞳をウルウルとさせて名前を呼ぶ。


 ツユリはさらに照れたように、「ふんっ」とさらに遠くを向いた。


 ……この二人、取り合う対象となる僕さえいなければ、全然仲良しになれたんじゃないだろうか。


 何だか申し訳ない気持ちになってくる。


「にしても、何でいきなり今日こんな事になったんだろ……」


「そう、だね。アキラくんは、何か知ってるの?」


 不安がる二人に、僕は告げる。


「いくつか分かってることはあるけど、未確定情報が多いから何とも言えないかな。ただ、僕もヨシマサも本気で取り掛かってる。そう時間はかからずに解決するよ」


「え、これが?」


「こんな大事になって短期間解決を約束できるなんて……流石アキラくんっ」


「ユイさんはもっとお兄ちゃんのこと疑った方がいいと思う」


 半信半疑のツユリに、目をキラキラさせて期待するユイ。


 僕は肩を竦めておく。


「ともかく、家で大人しくして居よう。大丈夫。前にあったごたごたの影響で、あの家防犯能力は異様に高いから、最悪僕が居なくても、あの家は安全だよ」


「普通に過ごしてたつもりの家が、実は化け物屋敷だったことが判明したんだけど」


「化け物屋敷とはご挨拶だね。せいぜい忍者屋敷だよ」


「我が家は忍者屋敷だった……?」


 ドン引きツユリな一方、ユイは怯え半分、嬉しさ半分だ。


「で、でも、アキラくんの家に初めて行くから、それは嬉しいな」


「最悪……ユイさんに家バレだよ。襲撃はやめてね? 非常事態だから招くんだし」


「まぁまぁまぁ……」


「ここで返事を曖昧にするのやめようよ」


 この二人の掛け合いも堂に入ってきたな、と思いつつ、僕からも言う。


「ユイ、本当に我が家に不法侵入はよした方がいい。朝起きたら君の死体が庭で転がってたなんて御免だよ僕は」


「えっ、死ぬのウチの防犯システム」


「アキラくんが言うのでしません」


「いい子だね」


 ということで、無事全員で家に到着だ。


 ツユリが僕から離れて、さっと鍵を開ける。


「じゃあ、いらっしゃいユイさん。本当に、緊急事態だからね。ふざけて包丁振り回したら今度こそ殺すよ」


「分かってるよ。ツユリちゃんは心配性だなぁ」


「すごいな……平然と本気の『殺すよ』ってワードが飛び交ってる」


 これがヤンデレハーレムですか。


 そんなことを思いつつ、僕も玄関に上がる。ユイも続く。


「それで、どうする? お腹減ってるし、お弁当食べちゃう?」


 ツユリの提案に、僕は首肯した。


「そうだね。ひとまず弁当を食べてから、しばらくゆっくりしていよう。二人とも暴れないように」


「ユイさんに言って」


「暴れないよっ! ……多分」


 ちょっと包丁をもって暴れる可能性が残っているらしい。


「……スタンガン手放さないようにしよ……」


 ツユリがとっても嫌な顔をしていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それぞれ弁当を食べ終えた僕らは、ひとまずまったりとくつろいでいた。


「……ねぇユイさん。お兄ちゃんと近くない? 恋人同士とはいえ私たちの家だから、もっと自重して欲しいんだけど」


「それを言ったら、ツユリちゃんの方が自重して欲しいなぁ~。恋人同士がくっついてる横で、全く関係ない人がくっつくのって、おかしいよ」


 前言撤回。


 くつろいでるのは僕だけだった。


 こんな時でもなければ、懐に隠した凶器でお互いを攻撃しそうな雰囲気を、二人は醸している。


「ツユリ、ユイ」


 僕は言った。


「ゲームと映画どっちがいい?」


「お兄ちゃんの我が道っぷりには、そろそろ尊敬の念が湧きつつあるよね。ゲーム」


「前に見たホラー映画面白かったから、また映画見たい!」


「じゃあ将棋でも指そうか」


「意味のない質問やめて?」


 ということで、僕はポーチの中からトランプを取り出した。


「将棋ですらない……」


「トランプ! トランプって色んなゲーム出来るんでしょ? 私有名なババ抜きしたい!」


「ユイさんが幼女みたいなこと言ってる」


「ユイは娯楽体験が幼女だから、たくさんの娯楽に触れさせようと決心したんだよ僕は」


「あー……、分かった。いいよ、色んなのやろ」


「わーいっ」


 喜ぶユイを、ツユリがよしよしと撫でている。まるで背の低い姉と高い妹のようだ。


 ハッ――――つまり、僕にもう一人妹が増えた……?


「何かバカなこと考えてない?」


 ツユリからジト目で見られたので、僕は粛々とカードを配る。


 そして数分。配り終えたので、僕は宣言した。


「じゃあババ抜きを始めようか」


「お兄ちゃん、多い。一人人数多い」


 ツユリが、僕が配った4つの手札を見て言う。


「そんなことないよ。人数分だよ」


「お兄ちゃん何か変なものでも見えてる?」


「もしかしてホラー展開!?」


「ユイさんテンション上げないで。ここ上げる場面じゃない」


「じゃあまず被った手札からどんどん抜いて行くよ」


「お兄ちゃん待とう? 疑問を片付けてからにしよう?」


 ツユリがストップを掛けたので、僕は首を傾げて停止する。


「疑問って?」


「この一人分多い手札は誰のなの」


「ああ、それのことだったのか」


 ツユリが指さした手札に、僕はやっと理解する。


 それからツユリとユイ、と見てから、言った。


「あっ、……ごめん間違えた。配り直すね」


「待ってお兄ちゃん。そっちの方が怖い。そっちの方が怖い!」


 僕は回収してカードを切り直す。


「何だか背筋がゾクゾクしてきたね!」


 ユイのテンションが終始高い。


 そんな風にババ抜きに興じながら、数時間。夕方になり、夜になる。


 僕らが夕食を共にし、風呂の順番をどうしようか、と言う話をしていた時だった。


「あの、あのね? あ、アキラくんとなら、私いっしょに入っても……」


「ふざけんな淫乱」


「ツユリちゃんがキレた!」


 二人のやり取りを見ていると、スマホが鳴る。電話。ヨシマサからの定期連絡。


 僕は出る。


「ヨシマサ、何があった?」


『ユイちゃんの家が燃えてる。アキラのことだからユイちゃんはちゃんと保護してあるんだろうが、一応確認しておきたくってな』


 僕の頬を、冷や汗が伝う。


「……分かった。僕も行くよ。もちろんユイは学校からそのまま僕の家に連れてきてるから、安心して」


『おう』


 電話が切れる。僕の強張った声を前に、二人は固唾をのんで見つめている。


「わ、私に、何かあった?」


 ユイの怯えた瞳に、僕は言った。


「少し出てくるよ。戻ってきたら教える。重ねて言うけど、絶対にこの家から出ないように。この家は安全だから、ここで待っていて」


 僕は素早くコートを着て、家を飛び出す。

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