第32話 ざわめき

 翌日教室にたどり着くと、ざわめきが僕らを包み込んだ。


「……?」


 僕とツユリはそっと顔を見合わせ、首を傾げる。


 すると、どこからか舌打ちの音が聞こえた。


「……」


「何か、今日、教室怖くない……?」


 ツユリの不安そうな疑問に、僕は「大丈夫だよ。ただ、近くには居てね」と告げる。


 そのまま僕らは荷物だけ置いて、いつも通り僕の机に集まる。


 そこで、ヨシマサが姿を現した。


「おはよう、ヨシマサ。ちょうど君に会いたかったんだ」


「おう、そりゃ光栄だな」


 いつも通りの笑顔に見える。だが、奥に宿る輝きがいつもより鋭い。


「今日、何か雰囲気違くない?」


「そうか? 普通だろ~、ハハハ」


 僅かに空気の緊張がほぐれる。同時、ヨシマサは僕にメモを差し出した。


 僕は机の中でそれを開く。


『ツユリちゃんとユイちゃんの悪い噂が蔓延してる。今日は二人から目を離すな。何か質問があればいじめ事件の時みたいにモールスで』


「……」


 僕はヨシマサを見つめる。それから、いつものように雑談を始めた。


「そう言えばさ、昨日リズムゲームを始めたんだよ。こう、トントンって。知ってる?」


「え?」


 僕はツユリに視線を送る。


 ツユリは口をつぐむ。


「あー、はいはい。あのソシャゲの奴だろ?」


「そうそう。いやぁ、難しくってね。あの……曲名は忘れてしまったんだけど、トントントン~、みたいな奴」


「どんなだ?」


「こんな感じの」


 僕は指で机を叩く。


 そうやって、モールス信号での会話が、リズムゲームについての話だと錯覚する土壌を作る。


『僕は標的ではない? あくまでツユリ、ユイの二人だけ?』


「あーはいはい。あそこ難しいよな。あそこはさ、こう言う風にやるんだよ」


 トントントン、とヨシマサもモールス信号を返してくる。


『そうだ。つーかお前の醜聞なんて口にした奴の方が破滅する。だが、そんな大人気のお前にべったりな二人は、元々ある程度ヘイトを買ってた』


「えーっと、こう?」


『内容は?』


「違う違う、こうだって」


『聞かなくていいような下らない内容だ。二人がお前を脅してるとか、そういうの』


「えーっ、そんなに連打必要だったかな。もっとこんな感じで、短いと思ったけど」


『調査は進んでる?』


「いやいや、もっと連打だらけで長いって。よく聞けよ? これをこうして、こうだ!」


『厳しいな。調べちゃいるが、何が原因で起こった勘違いなのか分からん。ひとまず、三日待ってくれ。それでどうにか仮説を立てる』


「あー、そっかなるほど。やっとわかったよ、ありがとうヨシマサ」


「だろぉ? 俺音ゲーメチャクチャ得意なんだよ。いつでも任してくれ」


 僕らは拳を軽くぶつけ合って、「じゃ」と別れた。


 ツユリは何も分からないという表情で、目をパチパチさせている。


 そこで、クラスの女子の一人が、僕らに近寄ってきた。


「ね、遠藤さん! ちょっとお話があるんだけど、来てもらっていい?」


「……えっと」


 ツユリが僕を見る。僕は笑って答えた。


「おっと、僕の可愛いマイシスターに何の用かな?」


「え、えーっと、会長には関係ないことなんだけど……」


「関係ない!? ああ、なんてことだ……! ツユリに関係ないなんて言われたら、僕は悲しくって泣いてしまう……」


「あの、お兄ちゃん? 言ってない。私何も言ってない」


「あれ? じゃあ関係ないって言ったの誰?」


「……私です」


 クラスメイトがおずおずと手を挙げる。


 僕は言った。


「関係は、あります。何の御用ですか」


「あ、えと、あー……ごめんなさい。何でもないです」


 クラスメイトはそそくさと立ち去った。


「勝ったな」


「お兄ちゃん、無意味な圧迫面接はよくないんじゃ……」


「よくなくない! 僕がシスコンなのは全校生徒に広めなきゃ!」


「何で!? 何でそれにそこまでの情熱をかけるの!?」


 僕らは大声で掛け合いをする。これには、意図がある。


 第一に、僕が被害者で二人が加害者である、というのが噂の主旨であるなら、それを否定しなければならないという事。


 それが伝わるように、僕は大声で話す。ツユリもすぐに察して、彼女なりに声を張っている。


 それもあってか、周囲のざわめきの種類が変わっているような雰囲気を感じ取った。


 僕は、少なくともこのクラスは安全になったか、と考える。


「となれば―――」


 僕は、この場に二人を集めるのが今の防衛策としては良いだろう、と目星をつけた。


 そして、その点で問題なのは、ユイがまだ教室に到着していないことだ。


 時計を見る。先週までなら、すでにユイは到着しているはずの時間だった。


「ツユリ」


 僕は声をかける。比較的大きな声で


。いいね?」


「え……う、うん」


「いい子だ」


 僕はツユリの頭を撫で、それから、クラスのみんなを見回した。


 全員が、僕を戸惑いと憧憬の入り混じった瞳で見つめている。


「みんな、


 僕は微笑みかけた。それぞれが頷くのを確認して、僕は教室から出ていく―――


 前に、少し戦力を補強しようか。


「ああ、そうだ。腕自慢が三人欲しい。誰か、力を貸してくれるかい?」


「「「おうっ」」」


 ヨシマサを除くイツメンが集う。


 ヨシマサはとっくに、情報収集でクラスから消えている。


「いいね、じゃあついて来てくれ。いざとなれば頼らせてもらうよ。秘密道具は持った?」


「テープレコーダー、カメラ、防犯スプレー。全部そろってるぜ」


「完璧だ」


 さぁ、お姫様を救いに行こう。

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