第31話 王様ゲーム

「じゃあ、王様ゲームを始めよう。一応ルールを述べると、割りばしにそれぞれ番号と王様のマークが書かれていて、王様を選んだ人が命令を下す、と言うゲームだよ。ただし、王様の命令は番号でのみ可能だから注意しよう。名指しは厳禁です」


「お兄ちゃん……なんて親切な導入……でもそれ要る?」


「名指しダメなんだ……。知らなかった」


「必要だったね。ありがとうお兄ちゃん」


「ちなみに各自割りばしを引くときの掛け声は『王様だーれだ!』で、命令実行の掛け声は『王様の言うことは、ぜった~い!』でよろしく」


「地獄の始まりを感じたけど私にも都合がいいからスルーするよ」


「ふぅー……王様を引く。王様を……引く」


「ユイさんの覚悟こわ」


 僕はジャラジャラと割りばしを混ぜ合わせてその辺にあった箸立てに突っ込む。


 そして机の中心において、「せーの」と呼びかけた。


「「「王様だーれだ!」」」


 三人で一斉に割りばしを引く。―――僕は1番だ。


「キャーッ! はいはーい! 私、王様です!」


 ユイが王様になった。ツユリが悔しそうな顔をしている。


「じゃあ、そうだなぁ。序盤だし、軽いのからいこっかな。―――2番は、王様とキス!」


 緊張が場に走る。


 ユイはキャーキャーと喜ぶ。


 僕は表情に出さない。


 ツユリは愕然としているが、その内実はユイには分からない。


「じゃあ実行フェイズだ。せーのっ」


「お、「「王様の言うことは、ぜった~い!」」」


 実行フェイズが始まった。


 ユイは僕にキスをしようとし、そして僕の割りばしの1番を見て凍り付く。


 そして振り返ると、顔面蒼白で2番の割りばしを提示するツユリがそこにいる。


「……え?」


 ユイは困惑する。僕はそっと微笑んで繰り返した。


「王様の言うことは、ぜった~い!」


「え、あ、あの、アキラ、くん?」


「王様の言うことは、ぜった~い!」


「え、ま、待ってよ。そ、その、こんな事想定してないって言うか」


「王様の言うことは、ぜった~い!」


「ユイさん……。ダメだよ。こういうときのお兄ちゃんの頑固さ、知ってるでしょ。私よりも付き合い長いんだから」


「王様の言うことは、ぜった~い!」


「う、うそ……。本当に? だ、だって私、王様だよ……?」


「王様の言うことは、ぜった~い!」


「王様の言うことは、王様さえ逆らえないんだよ……」


 二人は生唾を飲み込んだ。しばらく震え、俯き、そしてやっと覚悟を決めた。


 ツユリもユイも、顔を真っ赤にしては真っ青になるのを繰り返して、じりじりとお互いの顔を近づける。


 そして……僅かに触れ合った。


 途端、二人はものすごいスピードで反発する。


「は、はぁっ、はぁっ……!」


「あー……頭おかしくなる。何で私ユイさんと、昨日殺し合うまで行った相手とキスしてんの……?」


 情緒がぐちゃぐちゃになる二人。


 一方僕は、感涙しながら拍手喝采だ。


「ブラボー……ブラボー……!」


「お兄ちゃんその拍手要らない。やめて」


「僕は今、ヤンデレハーレムの行きつく終点を垣間見たよ……」


「アキラくん。アキラくんにこんなこと言いたくないんだけどね? お願い、今だけは黙ってて」


 黙ってろと言われたので、僕はささっと割りばしを回収して箸立てに戻した。


 その様子に、二人は再び凍り付く。


「こ……このハイペースで……? このハイペースで行くというの……?」


「あ、アキラくん……? ちょ、ちょっとこう、手加減というか……」


 僕は言った。


「せーのっ」


「「「王様だーれだ!」」」


 せーのが掛かってしまえばどうしようもない。引くしかないのだ。


 そして今回の王様は僕だった。


「僕です」


「ひぃ……」


 ツユリが小動物みたいな怯え方をしている。可愛い。


「……アキラくん!」


 そしてルールで述べられなかったからと言って、僕に自分の番号を見せつけてくるユイ。


 2番。僕は鷹揚に頷いた。


「じゃあ2番はこれを飲んでください」


 僕は黒い飲み物を置いた。


「……アキラくん、これは?」


「エスプレッソだよ。はい、『王様の言うことは、ぜった~い!』」


「??? ……分かった」


 ユイがぐいっと飲む。


 するとちょっとふらっとし始める。


「はれ~? なんか、いい気分~?」


「お兄ちゃん……?」


 そしてツユリが、まさか、という顔で僕を見た。僕は弁解する。


「ツユリ、勘違いしないで欲しい。これは本当にただのエスプレッソだよ。アルコールは入ってない。未成年だからね」


「……じゃあ、ユイさんのこれは……」


 僕は笑顔で答えた。


「カフェインが、少し多めに入ってるかもね」


「ッ! 合法的に酔わせに来てる!」


 僕は割りばしを戻した。


「せーのっ」


「「「王様だーれだ!」」」


 引く。また僕が王様だ。


「僕です」


「……」


 ツユリは僕から絶対に番号が見えないように、固く防御を固めている。


 僕は言った。


「王様、1番、2番はコーヒーを飲む」


「鬼! 悪魔!」


「残念、王様です」


 僕はコーヒーを三つ置いた。


「「「王様の言うことは、ぜった~い!」」」


 みんなで飲む。うわ、これ結構クルな。ちょっとハイになってきた。


「わ、わ……あれ、いがいにたのしいかも!」


 ツユリも目をキラキラさせてくる。ユイは二杯目だけあってキラキラも全開だ。


 僕らは割りばしを戻し、「せーのっ」と示し合わせた。


「「「王様だーれだ!」」」


「はーい! 私です!」


 ツユリが手を挙げた。こんなハイテンションなツユリは初めてだ。


「じゃあ、……2番は上半身の服をぬぐ!」


「!?」


 流石のユイも目を見開く。だが2番は僕だ。


 僕は上の服を脱いだ。筋肉が露出する。


「はわ~……」


 そして脳死で見惚れているツユリ。こんなに脳が溶けてるツユリを見るのは初めてかもしれない。


 その時、ユイが言った。


「アキラくん……腹筋、舐めてもいいですか」


 ユイに二杯も飲ませたのは間違いだったかもしれない。


 僕は答えた。


「王様が命じたらいいよ」


「! 王様になります!」


 ユイは誓いを立てる。割りばしが戻される。


 僕らは言った。


「「「王様だーれだ!」」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夕方、僕はハッと目を覚ました。


 状況を確認する。


 僕はパンツ一丁で絨毯の上で大の字になっていた。


 そして僕の右腕を枕に、スポブラのみになったツユリが僕に寄り添う形で寝ている。


 逆に僕の左腕を枕にするのは、ブラジャーとスカートのみになったユイが僕にぴったりくっついて寝ている。


「……」


 僕は自分の身体を入念に調べる。流れでツユリ、ユイも。


 そして確認が終わって、頷いた。


「良し! 一線は越えてないね!」


 良しということにした。したったらした。

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