第29話 警察
まずユイが出た方がいい、と玄関口に立ってもらい、僕は少し奥に隠れて、その様子を見守ることにした。
ユイはゴクリと一つ唾を飲み下し、それからそっと玄関扉を押す。
「ああ、夜分遅くすいません。ワタクシ、ヤマバレ警察署の後藤です」
「同じく、深堀です」
挨拶をしたのは、それぞれ中年と青年と言った年ごろの、私服警官たちだった。
「この辺で何やら、意識のない男性が拉致された……、という通報がありましてね。ええと、ここの娘さんですかね? ご両親はいらっしゃいます?」
後藤と名乗った中年の警官が、ユイにそう質問する。
どこか人を食ったようで、しかし人柄の良さそうな、不思議な笑顔をしていた。
……この人、知ってるな。後藤さん。後藤さんじゃないか。
「あ、ええっと」
ユイは口ごもり、下唇をかむ。そこで、僕が姿を現した。
「ユイ~、何やってるの? ……あれ、警部さんだ。お久しぶりです」
「ん? おぉお!? これはこれは、遠藤君じゃないですか。いやぁその節は世話になりまして」
「え? 遠藤って、あの?」
警部二人が『知っている』という顔をするものだから、ユイが目をパチパチさせて僕を見てくる。
「ああ、ユイ、えっとね。少し前にごたごたがあっとき、少し協力したんだよ。それ以来少し顔見知りでね」
「君の奔走はまったく語り草ですよぉ、遠藤君。スーパー高校生なんて新聞に載った時は笑ってしまった。是非君にはいい大学を出て、ウチの幹部に納まって欲しいですねぇ」
「ハハハ、僕には荷が重いですよ」
「そうですか~? まぁ高校生だから、将来へと向ける目は広い方がいいのは確か、ということでね。で、両親は~……この分だと、居なさそうですねぇ」
後藤警部の悪戯っぽい笑みと推測に、僕は肩を竦めて笑った。
「今回は、気を利かせてもらいました」
「うわっはっはっは! いやぁ流石、やることはやってますね~。こんな美人の彼女さん捕まえてぇ。ちなみに、遠藤君。君はこの辺で通報があったことについては知ってますか?」
僕は、にっこり笑って肉薄した。
「多分僕のことじゃないですかね。ここ最近無理をして徹夜を繰り返していたもので、外で倒れちゃったんです。それを介抱してくれたユイ、この子の姿を見て、誰かが勘違いしたのかなって思ってます」
「はぁ~……。確かに、タレコミの情報と一致するな……。いやぁありがとうございます。まったく、遠藤君が絡むと、実に物事の解決がスムーズだ」
「後藤警部。となると……」
「そうだな。この辺にしとこうか。他にも聞きたいことはあったが、遠藤君絡みなら問題はないだろう。また上から言われたときに来ればいい」
「そうですね」
僕はその会話を聞きながら目を細める。恐らく、ユイの両親についても確認したかったのだろう。
僕は自らの日ごろの行いに感謝しながら、言葉を投げかける。
「それで、話はそれだけですか? 他にもあるなら、こんなところでの立ち話も何ですし、お通ししようかなと思うんですが……、あ、ごめん勝手に言っちゃった。ユイ、いい?」
「え、あ、えと……」
「ああ! いぃえぇ、要りませんよ遠藤君。お構いなく。そこまでお邪魔にはなれませんよ。では、この辺で」
「ご協力ありがとうございました。では警部、先に車に戻ってます」
若い方の警察は、そう言って一足早く玄関口から離れていった。
「ということでね、今回はそれだけです。お騒がせしましたね、えぇ」
「いいえ、こんな遅くまでお疲れ様です。では、おやすみなさい」
「では、遠藤君、それに彼女さん、良い夜を」
後藤さんはいい笑顔を浮かべて、片手を上げてそっと立ち去っていった。
僕はそっと扉を閉めて、ほっと一息つく。
「上手くしのげたみたいだ」
「よ、良かったよぉ~……」
ユイはその場に崩れ落ちてしまう。半泣きだ。
「よしよし。……でも、まだ予断は許さない状況にありそうだね。その辺りの話はまた今度するとして……ユイ、お疲れ様でした」
「うわ~ん……!」
ユイが震える手で僕にしがみついてくるから、抱きしめてよしよしとその背を撫でた。
「……終わった?」
そこで、ツユリも玄関に出てくる。
「ああ、終わったよ。無事何とかなった。ツユリの怪我は大丈夫?」
「え、うん。怪我は浅かったし。それでそっちも何とかなったなら良かったけど……。っていうか、話聞いてたけど、お兄ちゃんって警察の人にも名前が知られてるの?」
「ああ、うん。ちょっとね」
「ちょっとじゃなかったよね。何かレジェンドみたいな扱いだったよね」
そんなことはないと思うが、顔見知りという事でだいぶ捜査が甘かったとは思う。あと僕が全面協力ムーブしてたのもあるだろう。
「僕にも過去があるという事さ。さ、ひとまずリビングに戻ろうみんな」
「うん……アキラくん」
「……うん、分かったよお兄ちゃん」
強すぎる緊張から解放されて、全身に力が入らなくなっているユイと、それを納得いかない目で見ているツユリ。
僕らはひとまずリビングに腰を落ち着けてから、ふぅと息を吐いた。
「いやぁ、流石に警官相手は緊張するね。でも、良かったよ。ユイが僕を拉致するのを見られてただけで」
「普通、拉致するのを見られてたら大事なんだけどね」
「……おかしいなぁ。絶対見られてないように、ものすごい気を遣って移動したのに」
「気絶したお兄ちゃんなんて大荷物を、見られないように移動させるのって不可能じゃない?」
「そうかな~?」
首を傾げるユイに、ツユリが半眼でツッコミを入れている。
そんな様子を見て、僕は言った。
「……二人って、いつ仲良くなったの?」
「「え?」」
二人はそれぞれぽかんと声を上げ、それからお互いに見合う。
そして言った。
「そういえばユイさん。殺し合い、まだ決着ついてなかったよね」
「そうだね、ツユリちゃん。今度こそ殺してあげ、むぐっ」
僕はユイを強引に抱きよせ、熱烈なキスを交わす。
「ぷはっ、はいダメでーす。僕はもう疲れたので、二人のことは強制的に寝付かせまーす」
「ふぁああ……」
ユイ、ダウン。
「っ!? ゆ、ユイさんがキス一つで骨抜きに……! わ、私は負けなっ、んぐっ」
僕はツユリも抱き寄せてキスをした。
「ふぇええ……」
ツユリ、ダウン。
「よしっ! あとは二人を適当に拘束して寝かせて、僕も寝れば完璧だね!」
僕はもう計画が頓挫したのと三徹分の睡眠をとり切れなかった鬱憤で、強引に睡眠環境を整えにかかった。
おやすみなさい……。
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