第28話 イレギュラー

 ユイとツユリの激突は、すぐには始まらなかった。


 睨み合い。膠着。それが、数分にわたって続いていた。


「は……はっ……」


「んく……」


 これは本当に殺し合いで、飛び込んだら勝つか負けるかが、たちまちはっきりしてしまう。


 そんな状況は、ヤンデレとはいえ、思春期の少女二人には流石に重かったらしい。


 二人は冷や汗を流しながら、まばたきすらせずに、息を切らしていた。


「「……!」」


 じりじりと視線を合わせながら、お互いに得物を向け合っている。


 僕は静かに深呼吸を繰り返しながら、その様子を見守っていた。


 ―――その時だった。


 ピンポーン……、と誰のものとも分からないチャイムが鳴ったのは。


『……?』


 僕ら三人全員の疑問が重なる。


 ここに来うるのは、家主であるユイ、その恋人である僕、そして恋敵であるツユリの三人だけだ。


 全く別の種類の人間は、来ても昼頃だろう。だが今は深夜10時だ。


 だから僕らは、ここへの来客が誰なのか分からない。


「……ツユリちゃんの、仕込み?」


 ユイの問いに、視線を逸らさないままツユリは答える。


「違うよ。信じないと思うけどね」


「そうだね、信じられない。……ねぇ、出てもらえないかな?」


「素直に出て、その包丁に刺されないとは思えないけど?」


「あは、そうだね。私も、出た途端スタンガンで気絶させられる未来が見えるよ」


 だが、かと言って無視もしづらい状況だった。緊迫した状況だからこそ、想定外の要素は排除したいのが人情であるが故に。


 お互いの頬に、汗が伝う。先ほどまでの緊張もあるが、戸惑いも混じったそれだ。


 そこで、僕が口を開いた。


「二人とも。状況分析的に、どちらが出てもそう不利にはならないと思うよ?」


 僕の言葉に、二人の視線が僕に吸い込まれる。


 僕は続けた。


「何故なら、外で呼び鈴を鳴らしているのは、どうあがいても部外者だからだ。部外者と言葉を交わしている間に刺されたりスタンガンで気絶すれば、相手は十中八九通報するよ。だから、応答する側を、もう一人は攻撃できない」


「……それは、確かに一理ある、かも」


「だとしても、ツユリちゃんの仕込みである可能性はぬぐえない。もしツユリちゃんの仲間だったら―――」


「兄である僕が言うのも何だけどね、それはないよ。ツユリは僕を除けば天涯孤独に近い身の上にある。友達もいないし、そんな器用なことは出来ないよ」


「う、……お兄ちゃん……」


 ツユリにジト目を向けられるが、僕は気にしない。


 僕が恐れているのは、


「だから、ユイ。君が出るのが順当だ。僕がそう言う以上、僕は一時的にユイに肩入れをする。ツユリを傷つけるようなことはないにしろ、ユイが傷つくような展開は避ける」


「……アキラくんが出ろって言うなら」


 ユイはしぶしぶインターフォンに近づく。ツユリに背を向けず、じりじりと距離を作って、ボタンを押した。


 訪問者から声が上がる。


『すいません、警察ですが』


「「――――ッ!」」


 訪問者の言葉に、ユイとツユリはすくみ上った。


 同時、僕は立ち上がる。ユイの隣に立つ。


 そして小声で指示を出した。


「(ユイ、普通に対応して)」


「(え? 何で動け……う、うん)。は、はい。どうされました?」


『ええ、ちょっとね。この辺りで通報がありまして。少し出てきてもらえますか』


 ユイが戸惑った視線を僕に向ける。僕は黙って頷いた。


「わ、分かりました……」


『はい、よろしくお願いします』


 ユイが通話を切る。それから、明らかに狼狽する。


「あ、アキラくん、ど、どど、どうしよう。け、警察が……」


「まず、深呼吸して。落ち着こう。ツユリ、そこの僕の服を取って。僕もユイに合わせて対応する。ツユリは口下手だから奥で静かにしてて。あ、あとそこに絆創膏とかあるから怪我もそれで」


「う、うん。……っていうか、お兄ちゃん何で動けるように? 薬で動けなくなってたんじゃ」


「僕、『毒抜き』も会得してるから。今やっと解毒したんだよ」


「えぇ……」


 呆れながら、ツユリは散らばった僕の服をかき集め始める。


 僕は深呼吸を繰り返すユイに向かった。


「で、ユイ。落ち着いた? 落ち着いたら、ここまでで僕が掴んでいる情報を共有するよ」


「う、うん。少し、落ち着いた……」


「いいね。まず前提として、これはツユリの仕込みじゃない。何故なら『通報』の前に『この辺りで』って言ってた。非常に曖昧な物言いだ。容疑者を逮捕する前の物言いじゃない。令状も恐らく出てないね。ユイの両親のことは露見してないし、警察も念頭にない状態だ」


「え、そ、そっか……」


「ただ、あの二人が警察であることは確実みたいだ。二人で来ていたよね? あれは警察の規則にある訪問方法でもある。一人なら警察を偽っているパターンだけど、今回は違う。つまり、ちゃんと対応しないと痛くもない腹を探られる羽目になるってことだ」


「あ、アキラくんそんなところまで見てたの……?」


「まぁね」


 ツユリが僕の服を渡してくる。僕は颯爽とそれを着込みながら、ユイに告げた。


「ひとまず、出よう。困ったら下唇を噛んで合図してくれ。僕が話をする」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る