第27話 対峙
目覚めると、そこはユイの家のようだった。
「これは……」
「あ、起きたね、アキラくん♡」
僕はパンツ一丁で、リビングの椅子に全身をくくりつけられていた。
なるほど……、ツユリに続いてユイも監禁か。
この一週間で一生分の監禁を受けている気がする。
「おはよう、ユイ。今は何時?」
「夜の、10時くらいかな?」
何と……。九時間ほど眠りこけてしまったらしい。夕方には別れるつもりだったのだが。
これは、ツユリの襲撃が予想される。
「アキラくんの考えること分かるよ。ツユリちゃんが助けに来てくれるって、思ってるんでしょ」
にっこりと笑って、ユイは言う。
「でもね、逆なんだ。ツユリちゃんが目的なの。アキラくんを助けに来たツユリちゃんを、始末する。それが今回の私の目的。だから、ツユリちゃんを始末したら、アキラくんも自由にしてあげるね」
「それはそれは。でも、ツユリも相応に武装してくると思うよ」
「そうだね。スタンガンは絶対持ってくると思うよ。けどね、ツユリちゃんって相手の隙を突くのがうまいだけで、体もヒョロヒョロだし、ちゃんと相手取れば勝てないとは思えないんだよね」
ユイは勝ち誇ったように笑う。
「あとは不確定要素のアキラくんだけど、それはもう封じてある。前に学校で追いかけっこした時は、ぐるぐる巻きにされてたけど……多分何とか出来るんだよね? それくらいなら」
だから、ちゃんと手を打ったよ。
ユイは僕の耳元で、熱のこもった声で囁く。
「ね、見て。この拘束ね? 全然ゆるゆるなの。アキラくんじゃなくても抜け出せるくらい。でも、そもそもアキラくん立てないでしょ。ふふっ、何でだと思う?」
「……薬品、かな」
「せいかーいっ! 流石アキラくんだね♡ その通り、正解は、これ」
ユイは、小瓶を出した。
「筋弛緩剤♡ お父さんの病院から、持ってきちゃった」
「……なるほど。やるね、ユイ」
「でしょ。あ! もちろん容量用法は適量だから、後遺症が残ったりしないようにしてるからね? そこは安心して欲しいな」
だって、とユイは続ける。
「私は、アキラくんを傷つけることは絶対しないもん。アキラくんは何も悪くないんだよ? アキラくん以外が悪いの。アキラくんを誘惑した、ツユリちゃんが悪いんだよ」
「……ユイは、そう言う風に考えるんだね」
僕の言葉に、ユイは目を細める。
「そうだよ。アキラくんは完璧だもん。でも、隙がないわけじゃない。ますます好きになっちゃった。そう言う人間味があるところも、大好きだよ、アキラくん」
ユイは僕に近寄ってきて、そっとキスをした。
だが、ユイはやっぱりせっかちで、どんどん勝手にヒートアップして、仕舞いには息が切れるほど熱烈なキスになっていく。
そして、息が切れて、惜しみながら離れるのだ。
「ハァ、ハァ……。アキラくん……」
「ユイ……」
僕は体が動かないので、こちらからキスをするというのが難しい。こればっかりは歯がゆいな。
僕は、監禁されたって、刺されたって、殺されたって、彼女たちに全力の愛を伝えたいのに。
「ハァ、ハァ……。ふふっ……、にしても、アキラくんの身体、すごいよね。パンツ一枚で監禁されてるのに、絵になってるもん」
ユイは赤面して、つつーっ……と僕の筋肉をそっと指でなぞる。
「格好いいなぁ……。ああ、やっぱり許せない。私だけのものになって欲しい。他の誰にも渡したくない―――アキラくん、もっと……」
ユイが言いながら、僕に口を近づけてくる。
そこで、チャイムが鳴った。
ユイが、企みを含んだ薄ら笑いを浮かべる。
「……出てくるね? アキラくん」
ユイが、インターフォンに歩いていく。「はーい」と答える。
だが、玄関からの返答はなかった。
「……? もしもーし?」
その時、パキ、と小さな音を聞く。
インターフォンに気を取られているユイには、気付けないような音だった。
だが、僕は気づく。視線を送る。
その先では、ツユリが窓ガラスにガムテープを貼って、無音で窓を破っていた。
「……やるね」
ツユリはそのまま淡々と窓ガラスに穴をあけ、鍵を開けて開いた。音もなく侵入してくる。
彼女は僕を一瞥して、んべっと舌を出した。
それから、真っすぐにユイへと近寄っていく。
「悪戯……? でもこんな時間に、まさかッ」
そこでユイは勘づいて振り向いた。すでにツユリはスタンガンを突きだしている。
「遅いッ」
「遅い? 誰がかな」
しかし、今回軍配が上がったのはユイの方だった。
すでに装備していたらしい包丁を振るい、ツユリのスタンガン攻撃を弾く。
ツユリの腕から、一筋血が流れた。ツユリは距離を取り直す。
「チッ……。もう少しだったのに」
「そうだね、あは! もう少しだったね。でも、届かなかった。届かなかったんだよ、ツユリちゃん」
ギラギラした輝きを宿して、ユイはツユリを見つめている。
ツユリは深い瞳でユイを睨みつけている。
そして僕はツユリの怪我を心配している。
大丈夫かな、あの傷……。血の量から深くはないのは分かるけど……。
「呼び鈴鳴らして気を引くのも、その隙に窓を破って侵入してくるのも良かった。けど、私のことを舐め過ぎたよ、ツユリちゃんは。少し考えれば、このくらいの陽動は見破れる」
「……」
「そして、一番のイレギュラー要素であるアキラくんはこの通り、薬物で体に力が入らない。分かる? 詰みだよ。ツユリちゃんは詰んじゃったの」
「その判断は時期尚早だよ、早漏女。まだ私にも手は残ってる」
「早漏女って何!?」
「お兄ちゃんとのキス、いっつもガッツいて息切れしてるじゃん。アレが早漏じゃなくて何なの?」
「―――……! 殺して、溶かして、流してあげる。ああ、ツユリちゃんは骨も残してあげないから。砕いて、海にでも撒いてあげる」
「ハッ。ねぇ、ユイさん。私が仕掛ける場所の共通点、気付いてる? ……死体の後処理か楽そうなところ、だよ。理科室も薬品が揃ってたけど、この家も経験済みなだけあって、処理がしやすそうだよね」
お互いがお互いに向けて、殺意をむき出しにしている。
片や家主という地の利を持ち、肉体的にも優れるユイ。
片や隙を突くのに長け、奥の手も隠していそうなツユリ。
僕は唾を飲み下す。とうとう、始まってしまう。ヤンデレ同士の、独占欲による、正真正銘の殺し合いが。
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