第26話 ゲーセンデートwithユイ

 そのまま喫茶店で昼食も済ませてしまった後、僕らはモール内にあるゲームセンターに来ていた。


「す、すごい……! 音で体の奥がドンドンしてる」


 ゲーセン特有の音の洪水に、ユイは瞳を輝かせている。


 どんなところに連れていっても初めてで新鮮、という感じなので、連れまわしていて楽しい限りだ。


 最初は距離感の近いハツラツ娘だった印象が、今では訳アリお嬢様みたいなイメージになりつつある。


「わ! ねぇねぇアキラくん、これ何?」


 ユイはそう言って、駆け足でクレーンゲームの筐体によっていく。


「それはクレーンゲームと言ってね、上のアームを使って、ぬいぐるみをその穴まで移動させるんだ。落ちてきたら持ち帰っていいんだよ」


「へー! 面白そう。あ! あの人形可愛い……。あれも、取れたら貰えるの?」


「もちろん。やってみる?」


「うん!」


 僕が財布を取り出そうとすると「今日は奢られっぱなしだから、私にもちゃんと出させて。ぬいぐるみもいっぱいとって、半分あげるね!」とユイは豪語した。


 しかし、果たしてそう簡単にいくかな?


 ユイはチャリンとコインを投入口に入れた。


 そしてボタンを押し、アームは狙い通りぬいぐるみの頭を掴み、そしてするりとぬいぐるみを取りこぼして戻ってきた。


「……え」


 ユイ、硬直である。


 誰もが味わったことのあるクレーンゲームの洗礼を味わっている。


「う、うそ! ちゃんと掴んだよ私! 何で!?」


「アームの力はだいぶ弱いからね。ひっかけて少しずつ移動させる、みたいな方法を取るといいよ」


「……分かった。よーし」


 ユイの目に真剣さが宿る。コインも連投だ。確かに金銭感覚が壊れている。


 それが数十回。何の進展もないクレーンゲームを前に、ユイは半泣きになっていた。


「あ、アキラくぅん……」


「あはは、これも人生経験だね。さて、じゃあ僕の番だ」


 僕は一枚コインを入れて、腕まくりをした。


「さぁ、終止符を打とうじゃないか!」


「アキラくん……!」


 ユイが目をキラキラ輝かせて僕を見る。


 僕はアームを動かす。


 アームは僕の自信満々の操作に従って虚空を掴み、そして戻ってきた。


「アキラくん……?」


「……」


 僕はユイを見る。それからウィンクをする。


「これは布石さ。さぁ次が本番だよ!」


「あ、アキラくん……!」


 コイン、ボタン操作、アーム移動!


 アームはぬいぐるみに触れさえせずに戻ってきた。


「アキラくん……?」


「……」


 僕はユイを見る。ユイに不敵に笑いかけた。


「三度目の正直と言うだろう? これが僕の実力だよ!」


「アキラくん……!」


 アームは何の成果もなく戻ってきた。


「……アキラくん……」


「……」


 僕は無の表情でアームをじっと見つめ、それから近くを歩いていた店員さんを捕まえて言った。


「すいませーん、かなりお金使ったんですけど、全然取れなくて」


「あ、はーい。どれですか?」


「そこの、それです。その可愛い奴。ありがとうございまーす」


 ぬいぐるみを受け取って、店員さんにペコペコお辞儀をする。


 それから、僕はキメ顔でユイに渡した。


「さ、これがユイの欲しかったぬいぐるみだよ。受け取って」


「……あ、ありがとう……」


「ふっ、礼には及ばないさ」


 僕はキラキラとポーズをつけて言った。


 それから僅かに時間を置いて、「ぷっ」とユイが吹き出した。


「ふふ、うふふっ、あははははっ! やだ、アキラくん。もー! 可笑しいんだから」


 ぺしぺしとユイは、笑いながら僕の肩を叩いてくる。


 それから、こんなことを言った。


「アキラくん、ゲームって苦手なの?」


「トランプとかなら強い方だと思うんだけど、いかんせん電子機器系のゲームはとんと出来なくてね」


「うふふっ。そっかぁ。何か意外な弱点知っちゃったかも。アキラくんって昔から何でもできたから、出来ないものなんかないと思ってた」


「僕にだって出来ないことはあるさ。FPSとか」


「えふ、ぴー、えす……?」


「ゲームのジャンルだね」


 今朝までやっていたがまぁひどかった。


 ツユリが滅茶苦茶にうまいから、その腕前によってランクを上げてもらっているような状態だった。


 その所為か、周囲のプレイヤーがハチャメチャにうまい人ばかりで、もうただひたすらに殺され殺され殺され……。


 キルデス比、という一回キャラが死ぬまでに敵を何人殺せたか、という指標で、僕は異例の0を叩きだすほどだ。


 要するに、敵を一人も倒せないままランクばかりが高くなっていく……。


 端的に言うと地獄である。


 そんな話をすると、ユイは「ふーん……そっかぁ」と何だかニヤリと笑って僕の目を覗き込んでくる。


「アキラくんも完璧じゃないって分かったのは、今回の収穫かも。小学校の頃は、本当に何でもできる姿しか、見てこなかったから」


「そうだね。小学校の頃は狭い世界で生きていたから。あの頃はそれこそ全能感があったよ。何でも出来ると思ってた」


 と言っても、誰かの家でゲームをやった時は毎回ドベだったので、僕にも出来ないことはあるんだ、という事は知っていたが。


「……でも、そんなこと言って、本当は何でもできるんでしょ? 友達から聞いたけど、アキラくん、勉強も運動もトップクラスって聞いたよ。っていうか勉強は本当のトップだって」


「否定はしないよ。でも、世界はどんどん広がっていく。僕がそんな風にもてはやされるのは、高校、長くても大学までさ」


「そんなことないよ」


 ずい、とユイは僕に顔を寄せてくる。


「アキラくんはすごい人。本当にすごい人。誰にもできないことをやってのける人。……だから、アキラくんに敵対宣言された時、本当は結構諦めかけたの」


 ユイは言う。


「ヤンデレハーレムだなんて変な夢だけど、でも、私は反抗しながら『実現するんだろうな』って思った。私の抵抗なんて、大した意味はないって。アキラくんは超人だから。私みたいな凡人には、太刀打ちできないって」


「……ユイ」


「でもね、今のクレーンゲーム見て、思っちゃった」


 ユイは、蠱惑的に笑った。


「意外にアキラくん、何とかなっちゃうかも……って」


 その時、僕は突如として足腰がぐらつくことに気が付いた。


「っ……?」


「効いたね。さっきの喫茶店の食事で、アキラくんが席外した時に盛っちゃった♡ 睡眠薬……。寝不足の今は、効くでしょ?」


「ねぶ、そくなの、バレてた……?」


「あははっ! バレバレだよ~。こう見えて医者の娘だよ? しかも勉強の一環で医療資格の試験勉強もさせられたくらいなんだから、このくらい分かるよ」


「は、はは……。実はもう、三徹、目でね……。ここに睡眠薬は、効く、ね……」


 僕はとうとう上半身も起こしていられなくなって、地面に倒れ込んだ。


 それに、ユイはそっと近づいてきて、僕にの頬に触れるようなキスをしてきた。


「全部、全部任せて? 幸せにしてあげるから、ね?」


 二人きりで、幸せになろう?


 ユイの囁きを聞きながら、僕は意識を落とした。

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