第25話 喫茶店デートwithユイ

 映画から出てきた僕らは、お互いに強く手を握り合っていた。


「「……」」


 無言、無言である。


 内容がひどくてお通夜状態、と言うのではない。むしろ大変に面白かった。


 だが、ちょっと怖すぎたのだ。


 人肌に触れていないと、震えだしてしまいかねないほどに。


「……その辺のカフェにでも、腰を落ち着けようか」


「う、うん……」


 そんなとき、近くで物音がした。


「キャァ!」


 ユイが飛び跳ねて僕に抱き着いてきた。


 まるでコアラだ。


「あ、あき、あきあきあきあ、アキラ、くん」


「落ち着いてユイ。大丈夫、ここにはユイの腸でおぞましいモンスターを作るネクロマンサーは居ないから」


「う、うぅ……」


 ユイをそっと地面に下ろす。


 そこで、偶然顔見知りに遭遇した。


「アレ? 副会長だ」


「え?」


 僕の視線の先には、副会長が壁に寄り掛かっていた。


 スマホを一心に見下ろして、何かを待っているみたいだ。


「……アキラくん、何あの女。知り合い?」


 流石に非ヤンデレに矛先を向けられると困るので、僕はさっと説明する。


「ウチの生徒会の副会長だよ。彼女はヤンデレじゃないから僕の恋愛対象外でもある。だから、彼女のことはあまり気にしなくていいよ」


「……そう? それならいいけど……」


 不安げなユイに、「ほら、早く移動しよう」と呼びかける。


 それから僕らは、また恐怖がぶり返してきて、ぷるぷる震えながら近くの喫茶店に腰を落ち着けた。


「……とりあえず、ここで、しばらく落ち着いてようか」


「そ、……そう、だね、アキラくん」


 震えながら店員に案内される僕たちだ。店員さんの怪しげな視線が痛い。


 だが、すぐにユイは周囲に目が行って、恐怖は引っ込んだようだった。


「わぁ……。すごいオシャレ……。あ、アキラくん大丈夫? ここ、高くない?」


「そう高くはないかな。普通の喫茶店と同じだよ」


「普通……? 普通って……?」


 何かユイが難しいこと言ってる。


「あ、えっと、ごめんね? その、私、今まで全然買い物したことなくて……。スーパーとかの相場は最近やっと覚えたんだけど、いきなり数千万円の貯金が出来たから、金銭感覚がちゃんとしてるか不安で……」


「あー、そっか。そうだね。……」


 その時、不意に僕は不安になる。


 ユイのお父さんは当然死んでいる。行方不明として扱われる日も近いだろう。


 そうなるとお金の流れは可視化される。そしてユイのお父さんのお金が、ユイにのみつぎ込まれていると判明する……。


「マズいな。手を打っておかないと」


「え? どうかした?」


「ああいや、何でもないよ。……安心して、僕が何とかしておくから」


「う、うん。……アキラくんはいっつも格好いいなぁ」


 ぽわぽわとしたことを言うユイと、静かに考えを巡らせる僕だ。


 厳しいぞ。色んな所に根回ししておく必要がある。固定資産を一部現金化しておくかな……。


 そんなことに思考を割いていると、「わ」とユイが声を上げた。


「こ、これすごい……! キレイで、可愛い」


 ユイの視線の先には、大きなパフェの写真が載っていた。イチゴだらけの奴だ。


 これネットで見たことあるな……。メニューと実物でサイズが違くて写真詐欺って言われてる奴だ。


 ちなみに大きいのは実物の方。


「これも食べたことは」


「あ、うん。えへへ、恥ずかしながら……」


「じゃあ、食べよう。今日は欲望のままに振舞おうじゃないか」


「う、うん……! す、すいませーん」


 おずおずとユイは店員さんを呼ぶ。


「えっと、このイチゴだらけのミルキーパフェを」


「こちらかなり大きなサイズですが、お間違いありませんか?」


「え、あ、えと」


 慌てるユイに、僕が言葉を重ねる。


「はい、二人で食べるので大丈夫です」


「承りました~」


 店員さんが引っ込んでいく。


 それを見送ってから、ユイは聞いてきた。


「あの写真、そんなに大きく見えなかったけど」


「そうだね。僕もそう思う」


「……アキラくんも、ちょっと食べたいの?」


「ああ、僕のことは気にしないで。ユイが好きなだけ食べて、残った分を貰うから」


「???」


 僕の説明に、ユイは首を傾げている。


「あの、アキラくん。私こう見えて、結構食べるよ? 前の学校では部活もやらされてたし」


「ああうん。そういう話ではないんだ」


「???」


 余計に困惑するユイ。その疑問が氷解したのは、肝心のイチゴだらけパフェが到着したころだった。


「「……」」


 僕ら二人は、到着したイチゴだらけパフェを見上げていた。


 そう、見上げていたのだ。


「なに、このサイズ」


「前評判通りだね。想像の二倍の量だ。量って言うか高さだ」


 高さ二倍って何?


「私の顔の位置より高いよ?」


「そう言うこともあるよ。写真詐欺だね」


「え、もしかして書かれてる値段よりも多く取られる?」


「いいや? お値段そのままで、写真の倍出される逆詐欺だよ」


「逆詐欺って何?」


 ほけー、とユイはパフェを見上げている。


「まま、ひとまず食べなよ。アイスが溶けてきてしまう」


「あ、うん。いただきます」


 ユイは自分の頭あたりの高さのアイスをイチゴごとすくって、一口。


「ん~~~~~~~~!」


 そして甘さに悶絶する。


「美味しい! これものすごくおいしいよアキラくん! ほら、アキラくんも食べて?」


「いいのかい? 食べ残しでも問題ないつもりだったけれど」


「ううん、一緒に食べたいから! ……おいしいものは一緒に食べよ?」


 満面の笑みで言われてしまっては、断れないというものだろう。


 僕は一緒に顔よりも高い位置からパフェをすくって食べ進めていく。


「うん、おいしい。イチゴの甘酸っぱさがいいアクセントだ。そろそろ暑くなり始める時期だし、こういう食べ物は良いね」


「ねー! あぁ、おいしいなぁ。初めてだよこんなの食べたの。外食なんて食べさせてもらえなかったから」


 それに、僕は眉を垂れさせる。


 だが、ユイは心底嬉しそうに続けるのだ。


「それに、他の人と一緒に食べるって言うのも幸せ。アキラくんとだからもっと幸せ」


 パクパクと食べ進めながら、ユイは言う。


「ごはんを誰かと食べるって、いいね。それだけでお腹いっぱいになっちゃう」


「……そうだね。今日は、たくさん一緒に居よう」


「うんっ!」


 ヒマワリのように朗らかに笑うユイに、僕はひとまず差し込んでおく。


「ちなみに、一昨日ツユリも交えて三人で昼食を取った時はお腹いっぱいになった?」


「アキラくん、デート中に他の女の話するのはマナー違反だと思うなぁ私」


 一瞬で目が据わっていた。


 ユイのヤンデレスイッチ一瞬で入るね。舐めてましたごめんなさい。

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