第24話 映画館デートwithユイ

 僕は徹夜でツユリとFPSに興じて、とうとうダウンしたツユリをベッドに寝かしつけていた。


「お休み、僕も寝るよ」


「お兄ちゃんと一緒に寝たい……」


「ダーメ。僕、実は寝相すごいんだよ。今添い寝したら、間違いなくツユリは、巻き込み事故で大変なことになってしまう」


「何が起こるの……?」


「だから、今日くらいは一人でお休み」


「んん……」


 不満げに、ツユリは静かに目を閉じていった。これでしばらく起きることはないだろう。


 僕はツユリの部屋から出て、シャワーを浴び、そして部屋着から外着に着替えた。


「さぁ、次のデートとしゃれ込もうじゃないか!」


 僕の三徹目が始まる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ということで、僕は一人、ショッピングモールの入り口で立っていた。


 無論、ユイとの待ち合わせだ。


 昨日の帰り、いつもの通り生徒会業務の終わりまで待っていてくれたユイと一緒に帰宅し、その途中でデートの約束を取り付けたのだ。


 ツユリは割とロングスリーパーなのは把握しているので、夕方くらいまでは問題ないだろう、と認識している。


「あっ! アキラくーんっ」


 そんな事を考えていると、ユイが手を大きく振って現れた。


「やあ、おはようユイ」


「おはようっ。えへへ、平日も休日もアキラくんに会えるの、嬉しいな。幸せ」


「嬉しいことを言ってくれるね」


「えへへ。それで、その……」


 ユイは、僕をチラチラと見ながら、少しモジモジし始める。


 ……これはお洒落してきたから褒めて欲しい奴だな……?


 そんな風に思いながら、ユイを見た。


 学生服のユイも綺麗だったが、やはり私服のそれはよりユイらしさが出ていた。


 春らしい白い薄手のセーターを基調に、長めのスカートとお淑やかなコーデだ。何ともいえずユイらしい。


 まるで先日包丁片手に追いかけてきた人物とは別人のようだ。


「ユイらしい清楚な服だね、似合ってるよ」


「――――~~~~ッ!」


 ユイは口をもにょつかせて、顔を赤くし、嬉しくて仕方がない、という顔をする。


「あ、ありがとっ! あ、え、えと! アキラくんも格好いいよ! 具体的には見つけた時5分くらい神々しくて近づけないくらい!」


 後光でも差してたの僕?


「その割にはまだ集合時間前だけど」


「あ、えと、えへ。私、集合時間の3時間前から待ってたから」


 その時間僕まだツユリとFPSしてたわ。


 何だか申し訳なくなる。十時集合だからって早朝すぎてもなおプレイするんじゃなかったかもしれない。


「そんな前から待ってたなんて。じゃあ、今日は楽しませてあげないとね」


「え、う、ううん! む、むしろ私が楽しませてあげるからねっ!?」


「あはは。じゃあお互いを楽しませ合おう」


 そっと手をつなぐと、ユイは目を見開いて硬直し、それから恥ずかしそうに握り返してくる。


「教室では大胆なのに、二人っきりだと手を握られるだけで緊張しちゃうんだ」


「え、あ、あれは、違うから。ツユリちゃんに対抗しようとして、わけわかんなくなっちゃってるだけだから……!」


 ユイの顔は終始真っ赤っかだ。


 なので、耳元で囁いておく。


「可愛いね」


「っ!?」


「さ、行こう。どこから行こうか」


 僕は先に歩き出し、ユイの手を引いた。


「あ、あうあうあう……」


 そしてユイは壊れていた。


 ……。


「……壊れちゃった……」


「あうー」


 壊れたユイは目をぐるぐるさせて蒸気を上げている。


「おーい、ユイ~」


「あぅ……」


「可愛い~」


 じゃない。僕は首を振る。


「ユイ? ユーイー?」


「あうぅ……」


「なんて可愛いんだ……天使か」


「あうあうあぅ……!」


 ユイはセーターを手繰り寄せて顔を隠し始めてしまう。


 完全に外敵を前にした亀の行動だ。


「ふむ……」


 亀になったユイだが、しかしつないだ手は固く繋がれたままだ。


 外れる気配は全くない。


「ユイ?」


「あぅ……」


「このままここにいるのも何だから、しばらく僕がエスコートするね」


「あうぅ……」


 となれば、気になっていた映画があるのだ。せっかくだし見に行こう。


 僕はされるがままのユイを連れて、映画館のエリアまで向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 チェックした映画は、見るからに本格ホラーだった。


 つまり、僕が好きな奴だ。


「はい、ユイのチケット。今回は僕のおごりだよ」


「……ハッ。私は一体」


 ユイが覚醒したのを受けて、僕は彼女にチケットを握らせる。


「あ、アキラくん……。え、何これ」


「何って、映画チケット」


「え? ……ごめんね。ちょっと状況がつかめてないかも」


 僕はにっこりと笑った。


「さぁ、見に行こう!」


「えぇ!? 何!? 何で誤魔化すの!?」


「誤魔化してない誤魔化してない」


 僕は笑顔のままブンブン首を横に振る。


「ホントに……?」


 ユイは、世間ズレしてない純朴な表情で確かめてきた。


「……」


「……」


「……ごめん、ユイが反応しないから好きな映画見ちゃえって思って映画のチケット買っちゃったので、今更反対されたら嫌だと思い、誤魔化しました……」


 僕は罪悪感に耐えきれなくなって白状した。


「そっか……」


 ユイはチケットを見下ろす。


 チケットには『ネクロマンシ』と書かれている。


「え、面白そう」


「アレ?」


「私怖いのちょっと好きなんだよね。その、あんまり大声では言えないんだけど、家柄的に血とかちょっとグロいそれこれって、あんまり気にならないというか……」


 思いのほか興味津々のユイだ。


「むしろ血がぴゅーって噴き出ると『おおお~』っなっちゃうと言うか」


 あ、違う。これ普通にホラー好きの感性だ。


「もしかしなくてもユイってホラー好きだよね」


「そっ、そんなことないよっ! 全然! 殺人鬼の本を図書室で借りてずっと読んでたりしないもん!」


「どんどん語るに落ちてるけど」


「ホントっ! ホラーはその、耐性があるだけで、普通だから!」


「またまたー」


 僕はとぼけるユイのほっぺをツンツンする。


「や、う、……」


「ユイ僕からの攻めに弱過ぎじゃない?」


 ハッ、我に返ってしまった。


「も、もう! 私のことこんなにドキドキさせて、私が暴走しても知らないんだからね!」


「ユイの暴走はちょっと怖いな~」


 包丁持って走るのを公共の場でやられると、中々に厳しいものがある。


「もー。でも、ふふっ、映画かぁ……! 私、映画見るの初めてだから、楽しみ」


「え、初めてなの?」


「うんっ。今まで禁止されてたから!」


 その朗らかで無垢な笑みに、僕は衝撃を受ける。


 そうだ……。そうだった。ユイは、そう言う子なのだ。思った以上に箱入りで、世間を知らない。


 娯楽などもっとも理解の浅い分野だろう。


「……ユイ」


 僕は、ユイの両手をそっと握った。


「ん? なぁに、アキラくん?」


「今日は、色んなことをしようね」


「え、―――うんっ。嬉しい」


 ユイはまっさらな笑みを浮かべる。僕は決意した。


 今日は、ユイに世間の娯楽を叩き込むと……!

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