第22話 計画
翌日の朝、日が昇ってきた辺りで、僕はそっと立ち上がって伸びをした。
「ふぅ、特に寝るでもなく騒ぐでもなく夜を過ごすというのも久しぶりだ。中々肩がこるね」
二人はまだ寝ている。時間は午前五時半を回った頃合いだ。
僕はソファからずり落ちそうになっているツユリの肩を、軽く叩く。
「んぇ、ん、む……?」
「おはよう、ツユリ。少し早いけど、お暇しようか」
外はまさに台風一過のようで、カーテンの隙間から煌々と光を差し込んでいる。
「今……何時……?」
「五時半だね。今から帰って準備すれば、普通に登校できるよ」
「んん……」
「ツユリもこんなしわくちゃな髪と制服は恥ずかしいだろう? ほら、眠いなら負ぶってあげるから」
「じゃあ……おぶって……」
「承ったよ。と、その前に書置きはしておこうか」
ササっと「朝になったし天気も良くなったので帰る」旨をメモに書き、僕はツユリを背に負ぶって立ち上がった。
「また後で、ユイ。さ、ツユリ、帰ろうか」
「ん……」
眠たそうなツユリに僕は苦笑しつつ、静かに寝息を立てるユイの頭をそっと撫でてから、僕はユイの家を出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日は、その後思いのほか平和だった。
ツユリとユイは睨み合うだけでお互いを挑発し合うようなことは言わないし、昨日のそれこれもあって、僕をいち早く独占しよう、という動きも少なかった。
それはそれで寂しいところがあったが、ひとまず僕は、日中の雰囲気的に昨日みたいな殺し合いは発生しないだろうと踏んでいた。
そして放課後、生徒会。
「休日の計画を立てたい」
僕は、生徒会業務に当たっていた。
「戯言は業務が終わったからにしてください、会長」
そしてにべもない副会長だ。
僕は笑顔で答える。
「もちろん僕の分は終わっているよ。まだならいくつか巻き取ろうか?」
「結構です」
「俺もおーわりっ。んで、何だって?」
ヨシマサが僕の言葉を聞き返してくる。
「休日の予定を立てたい、と言ったんだよ、ヨシマサ」
「お、おう。そうか。……立てればいいんじゃねーの?」
「それはそうなんだけどね」
副会長がエンターキーを叩く。彼女も今日の作業が終わったらしい。
生徒会副会長。名を、白鳥 キョウコという。凛としたお嬢様然とした雰囲気の少女で、ツユリやユイにも劣らない美貌の持ち主だ。
日本人にしては色素の薄い色合いの髪が特徴で、それを編み込んだり元々の長髪に合流させたりと、何ともお嬢様らしい髪型をしている。
「私も完了しました」
「お疲れ、副会長。一年の二人はどうかな? 切りの良いところまでやってくれれば、後はこちらでやっておくよ」
「あ、じゃあすいませーん……」
「よろしくです。ではお先に失礼します」
入りたての一年女子二人の進捗を送ってもらって帰らせつつ、僕は仕上げに入る。
うん、二人とも流石優秀だ。これならすぐ終わるだろう。
僕はカタカタ後始末をしながら、ヨシマサに答えた。
「ほら、休日デートとなると、やっぱり二人きりがいいじゃないか。ただそれで、二人のそれぞれがのけ者にされていると分かるような形は避けたいんだ」
「あー……なるほど? 要は、全員を特別扱いした、みたいな風に持っていきたいのか」
「そうそう。二人もある程度打ち解けてきたし、『でも私の方が相手よりも構ってもらってるから許してあげよう』って気持ちになるようにしたいんだ」
演出の問題だね、と僕は言う。
それに、副会長が怪訝な顔で首を傾げた。
「一体何の話をしてるんですか?」
「あ、副会長知らねーの?」
「ええ、知りません田島庶務。私はあなたほど耳が早くないので」
「はは、褒めるなよ副会長。でもそうか。この情報は二年には知れ渡ってる想定だったが、ちょっと修正しないとな」
ヨシマサは胸ポケットからメモを取り出し、何かを書いている。
こう見えて、ヨシマサの校内情報通っぷりはかなりのものだ。
割とFBIとか目指せるんじゃないか、と僕は思っている。
「ああ、あなたの情報収集癖はいいですから。会長の身の回りで何が?」
「僕の長年の夢が叶いつつある、という話さ」
僕の説明に副会長は一瞬考えて、目を剥いた。
「そ、それは、つまり、ヤンデレハーレムの……?」
「うん。数日前に僕のクラスに転校生が二人来たじゃないか。彼女たちだよ」
「……!?」
副会長は口をパクパクさせている。
ヨシマサは肩を竦めた。
「ま、気持ちは分かるぜ副会長。まさかアキラの夢が実現するなんて思わないよな」
「そ、それで、休日のスケジュールを、と?」
「そういうことだね」
「……ま、まさか、現実になるなんて……」
呆気にとられる副会長だ。気持ちは分かる。
僕も神様と遭遇するまで、いや、してもなお、しばらくは信じていなかった。
「ということで、二人には僕の明日明後日のスケジュールを考える手伝いをしてほしくてね」
「そういう事なら力を貸すぜ」
「え……? 私もですか? 私も今日の会長劇場の犠牲者なんですか?」
僕とヨシマサは一緒にキラリと笑顔を作った。
「最悪です」
副会長は観念した。
「で、要件は『二人とそれぞれ二人っきりの時間を作る』と『除け者扱いされていると感じさせない』だったか」
「うん、そうなるね。ここがなかなか難しい点で、つまり僕とツユリは同居しているから、その時間はすべて、ユイにとって『除け者扱いされている時間』になるということだ」
「同居?」
「ヤンデレハーレムの片方妹なんだよ」
「妹っ? 妹って何ですか。会長は一人っ子だったはずでしょう?」
「正確には義妹だね。父の再婚相手の連れ子なんだよ、ツユリは」
「……ギャルゲーの主人公ですか? あなたは」
「そう言っても過言ではないかもしれないね」
「いや、アキラはそんな生易しい世界観の主人公じゃないだろ。異能バトルものの主人公が、何故かラブコメの主人公やってるようなもんだぞ」
「それも、過言じゃないかもしれないね」
「こいつ何でも過言じゃないかもしれないじゃん」
二人は一瞬視線を交わし合って、僕で遊び始める。
「会長は学園伝奇ものの主人公かもしれませんね」
「過言じゃないね」
「断言するの草なんだが」
「結構明確に心当たりありますよこの返答」
「次はそうだな……。アキラは異世界転生ものの主人公かもしれないな」
「あー……過言じゃないかもしれないね」
「ちょっと心当たりあったんですね」
「でもギリ異世界には行ってなさそう」
「では少し上げて、会長は神話の主人公かもしれませんね」
「過言じゃない……かも、しれないね」
「今ちょっと迷いがあったぞ」
「どこまで上り詰めたら過言になるのかちょっと気になりますが、この辺りで会長で遊ぶのはやめにしましょう」
副会長が話を戻してくれる。
「つまり、その、二人のハーレムメンバーが、それぞれの気にしない時間帯を相手との時間として形成すればいい、という事でしょう?」
「気にしない時間、というのはどういうことかな」
僕が問い返すと、副会長は言った。
「例えば、それぞれが眠っている時間が異なるなら、片方が寝ている時間をもう片方と過ごす分には、疎外されているようには感じない、と言う話です」
そのアイデアに、僕らは唸る。
「おぉ……流石アキラに続く天才。学校のテスト全部満点女……」
「満点女と呼ぶのは止めてください、田島庶務」
「いや、やはり流石だよ副会長。僕にはその案は思いつかなかった」
「嘘つきですね、会長」
目を伏せて、副会長はツンとすまし顔だ。
「では、その方針で考えよう。人間の一日の睡眠時間は、適切なのが7時間とされている。二人がそれだけの時間寝ていると仮定して、どのように動くか詰めようじゃないか」
「おう! んで、デートだろ? その時間に空いてる店とかの情報なら、俺に任せてくれ」
情報通のヨシマサはニヤリと笑う。流石相棒だ。
そこで、ふと副会長は疑問に思ったのか、こう言った。
「ちなみに、会長の睡眠時間はどこで取るのですか? 今日も少し眠そうでしたが」
「ああ、昨日は徹夜だったからね。ひとまず、今日明日明後日も含めて四徹の予定だよ」
「「!?」」
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