第21話 就寝

 せっかくのお泊り会なのでトランプを取り出した僕だったが、二人とも気乗りしないからと断られてしまい、早々に就寝の流れとなった。


 それでなくとも、全員の心に疲れがたまっていた、と言うのもあっただろう。


 人の死、そしてその露見という人生でもなかなか経験できない状況に、早く寝てしまいたいという気持ちが湧いたのだ。


 だが、人間寝るには寝る場所が必要なもので。


 そこで問題になるのが、それぞれどこで寝るか、だ。


「僕は床でいいよ。絨毯の上ならそう気になるほどじゃないだろうし」


「「じゃあ私も」」


 二人の言葉が重なる。


 それから、二人とも笑顔になった。


「ユイさんは家主なんだから、いつも通りソファで寝てよ。私はいきなりの押しかけ客だし、床で寝るから」


「ダメだよツユリちゃん。お客さんを床に寝かせられる訳ないじゃない。ツユリちゃんがソファで寝て? 私が床で寝るから」


「二人が床で寝るなら僕がソファで寝ようかなぁ」


「私が家主だからソファで寝るに決まってるよね?」


「いやーお客さんを床で寝かせる家主ってどうかと思うなぁ」


 二人の手の平がドリルになっている。くるっくるだ……。


 と言いつつも、僕ら三人は揃って大あくびをかます。


 何のかんの言っても、全員眠いのだ。


「……あんまり長々と眠る場所を議論するのもよくないね」


「お兄ちゃんにさんせー……」


「そうだね、アキラくん……。えっと、そこのソファがいつも私が寝てる場所で、一人用のソファも寝っ転がれなくていいなら使って。後は絨毯と、……ほとんど使ってないけど、私の部屋でもいいよ」


「固まって寝よう。一人だけ仲間外れは寂しいよ」


「……うん、そうだね」


 ユイの同意に、ツユリはツンと唇を尖らせている。


 そこに秘められる感情は、微妙過ぎて僕にも分からない。


「ひとまず、三人別れるのでいいと思う。ユイはいつも通りのソファ。ツユリもそこのソファでいいよね? 僕は絨毯で寝るよ。それでいい?」


「えっと、私はいつも通りだからいいけど……ツユリちゃんは?」


「私も気にしないよ。お兄ちゃんと添い寝できないのは少し物足りないけど、ユイさんとの間にお兄ちゃんが入ってるし、落としどころとしては良いと思う」


「……まだ私がツユリちゃんのこと殺そうとしてると思ってる?」


「全然思ってるけど」


「そっか……。まぁ本当のことだからいいけど」


「こわ……」


 ツユリに引かれて、ユイはクスッと笑う。


 ヤンデレジョークらしい。多分それ僕にしか伝わってないと思うよユイ。


 ということで、僕らはリビングを消灯し、おやすみの体勢に入った。


 と言いつつ、僕はそんなに寝る気がない。


 幾分か打ち解けてきた二人だけど、まだ殺し合いは発生しうる。


 その阻止に素早く入るためには、僕とて眠っていては難しい。


 そんな風に考えていると、静かに、静かに二人が眠りに入って行く。


 寝息。健やかなそれだ。ツユリはすぐに深い眠りに入ってしまう。


 一方、ユイの眠りは浅いところでとどまっている。


「ん、んん……」


 寝苦しそうな呻きだ、と思う。


 僕はこっそりと起き上がった。そして、ユイの近くにそっと寄る。


 そして、空をもがく手に触れた。


「大丈夫だよ、ユイ……」


「ん……すぅ……」


 少しずつ、ユイの呼吸が落ち着いていく。


 これで良いかな、と離れようとすると、ユイの手が僕の手をがっちりつかんで放してくれない。


「これは……参ったね」


 これは、この一晩はユイと手をつないで明かすことになりそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 少しして、僕は自分がうつらうつらと舟をこいでいることに気が付いた。


「危ない危ない……」


 ツユリを見る。一人用のソファに深く腰掛け、スヤスヤと眠っている。


 ではユイはと言うと、僕の手をつなぎながら、ぼんやりと僕のことを見つめていた。


「おや」


「あ……起こしちゃった……?」


「ううん。僕は今日、眠るつもりはなかったから」


「そっか。……アキラくんは、優しいね」


 ユイはそんなことを言う。僕は首を傾げる。


「僕が、優しい?」


「優しいよ。誰にでも優しいけど、特に私たちに優しくしてくれてる。たまに意地悪するけど……いつも優しいから、許しちゃう」


「そうかな。意地悪は結構思い至る点があるけど、優しいという話については、僕なりに自然体なだけだよ」


「自然体でそれなら、アキラくんは本当にすごい人だと思う。……この手も」


 きゅ、と弱い力で、ユイは僕の手を握る。


「うなされてたんだよね? 私……。いつもね、眠りが浅くて、すぐ起きちゃうんだ。でも、今日は違った。辛くて、苦しくて起きるのじゃなくて、……温かくて、自然と起きちゃったんだ」


「それは、何よりだね」


「うん。……アキラくんのお蔭」


 ね、とユイは僕に問いかけてくる。


「昨日、アキラくんを家に呼んだの、何でか分かる?」


「僕を心配してくれた、と言う風に昨日は思っていたけれど……、今考えるとそれだけではなかったのかもなって思うね」


「うん……。昨日ね、もちろんツユリちゃんのそれこれで心配だったのもあったけど、多分、私の境遇を、アキラくんに見てもらいたかったんだって思うんだ」


 僕はただ、静かに聞いている。


「自分から見せることはしなかったと思うけど、こんな家だし、変な部屋割りだし、少し席を外した隙に、きっとアキラくんは興味で見てしまうんじゃないかって。そんな風に、昨日は期待してたと思う」


「じゃあ、今日の僕らの発見は、図らずしてユイの望み通りだったんだね」


「ふふ、そうなんだ……。でもね、見つかった時はやっぱり慌てたし、怖かった。だからこそ、受け入れてもらって、私、ああ、アキラくんを好きになって良かったって、思ったんだ」


 アキラくん、とユイは僕を呼ぶ。


「―――好き。大好きだよ、アキラくん……」


 僕らは自然と引き寄せあって、キスを交わしていた。


 ユイは、ツユリよりもせっかちだ。そして、もっと奥に入って来たがる。


 だから僕は、ツユリのその舌を受け入れながら、くすぐるようにした先を動かしたり、吐息を送り込んだりする。


「んっ、……アキラくん……。ちゅ、ん……」


 だからか、ユイはキスで息を切らすのが早い。


 ツユリよりもずっと体力があるのに、激しいから、すぐに息絶え絶えになってしまう。


「ぷはっ……。はぁ、はぁ……」


「ふふ、ユイのそういうとこ、可愛いね。いじめたくなる」


「え、あん、ちゅ、んんん……、ん……」


 僕からキスをする。ユイは僅かに驚いて、しかしすぐに身をゆだねた。


 僕の丁寧な舌遣いに、ユイはされるがままになる。気持ちいいところを探して、くすぐったり、甘噛みしたり、吸ったりする。


 それを、数分に掛けて、長々と行う。ゆっくりとしているから息は切れない。ただ、終わった頃には色んなものが蕩けている。


「あひら、くん……」


 ユイは舌っ足らずに、蕩けた瞳で僕を見つめていた。


「さ、おやすみ……ユイ。今なら、きっと朝まで、気持ちよく寝られるから」


「ん……。ねぇ……。寝る前にね……言いたい、こと……」


「何だい、ユイ……」


 ユイは僕の耳に口を寄せて、そっと囁いた。


「ありがと、ね……。人生で、初めて、お父さんとお母さんのこと、誰かに言えた……。それだけで、私、気分が取っても楽で……」


「……良かった。何か悩みがあれば、いつでも言ってね。僕がいつでも聞きに行くから」


「うん……お休み、アキラくん……」


 最後に軽くキスをして、ユイは眠った。手から力が抜ける。僕はそっと離れて、絨毯の上に横になった。


 あとは、半分寝たような状態で、朝を迎えればいい。


 そんな風に考えてから、ふと僕は呟いた。


「さっきのが、ユイの答えですよ。だから、もう成仏したらどうですか」


 なんてね。

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