第20話 ユイ
ユイは、両親から虐待を受けていたのだという。
「見たよね、私の部屋……」
ひどく狭い部屋。窓もハメ殺しで、鍵も外付け。脱出の余地もない部屋だった。
「勉強だけしろって、いつもあの部屋に閉じ込められてたんだ。前の学校では、部活もさせてもらえなくて、家に帰ったらずっと勉強勉強で」
束縛の多い両親だったという。
「お父さんはね、開業医だから、私に後を継いでほしかったみたい。……ウチは、男の子、生まれなかったから。それでね、テストが95点以下だと、あの部屋に閉じ込められるんだ」
でもね、とユイは続ける。
「お母さんは、私のことを箱入り娘にしたかったんだって。だから、花嫁修業もしてた。……こっちの習い事はね、そんなに嫌いじゃなかったけど。でも、個人的にはお母さんの方が嫌いだったなぁ」
厳格で自由を許さない父と、一つでも思い通りに行かないとかんしゃくを起こす母親だったそうだ。
「そんな二人だから、もー事あるごとにケンカケンカで。あの二人のケンカ、派手だから。私はずっと部屋で、『来ないで、来ないで』って震えてた」
だから、ある時にことが起こったらしい。
「お母さんがね、お父さん、刺しちゃったの」
一度ついた勢いは止められなかったらしく、ユイの母親は何度も何度も父親を刺したという。
「でもお父さんもね、勝気って言うか。近くの食器とか掴んで、的確にお母さんのこと壊していくの。流石医者だよね。お父さん十数か所くらい刺し傷あるのに、五か所の傷しかないお母さんの方がボロボロだった」
結果は、考えるまでもないだろう。
「二人とも、死んじゃった。馬鹿だよね。二人とも、頭は良いけど、本当に馬鹿だなって」
涙をぼろぼろと流しながら、ユイはそう語った。
彼女の家で、唯一暮らせるリビング。そこで僕らは、この話を聞いていた。
「……それで」
「うん。……私はね、怖くて仕方なくて……でも、好機だと思った。これまではずっと二人に振り回されるばっかりで。このチャンスを、逃せないって思ったんだ」
「チャンス?」
ツユリの問いに、ユイは答える。
「アキラくんと、再会するチャンス」
かつての転校は、ユイいわくどこまでも両親の自分本位なものだったらしい。
「いきなりね、転校だって。隣町の小中高一貫の名門女学院に転入できるようになったから、そこに行けって。偏差値も上だからって。……多分、裏口入学だったと思うんだけどね」
「あの転校には、そんな秘密があったんだね」
「うん、あはは。……バカバカしいでしょ、アキラくん。そんな事で、私たち離れ離れにされちゃったんだよ?」
ユイの涙は止まらない。
「幸い、お金は結構あったから。お父さん、スマホで口座管理してて、私スマホの暗証番号覚えてて。指紋も、皮を剥いで……。それで転入手続きとか、頑張って調べて、転入試験に合格するために勉強もして、転校したの」
「凄まじい努力だね」
「……ふふっ、でしょ? 生憎と、お邪魔虫の所為でアキラくんと二人っきり、とはいかなかったけど」
「べー」
ユイの挑発に、ツユリは舌を出して対応だ。ユイはむっとするが、それ以上は突っかからなかった。
「それで、両親のご遺体は? つまり、骨ではなく肉、ということだけど」
「……頑張ったよ。解体して、お父さんの病院からそれっぽい薬品探して、少しずつ溶かして、排水に流したの。……まだ全部処理できてないから、残りは冷凍庫の中だけど」
「なるほど。あの骨は?」
「全部どうにかするのは、少し、可哀そうだったから……。生前はずっと仲が悪かったから、せめて死んだ後くらい、仲良く眠って欲しいなって、思って」
「ユイは……優しいね。虐待していた二人を、そんな風に気遣ってあげるなんて」
「っ……」
ユイは、しゃくりあげて、何も言えなくなる。その全身は震えて、まるで生まれたての小鹿のように頼りなかった。
僕は手を広げる。
「おいで」
「アキラ、くん……っ!」
僕の胸の中で、ユイは泣き始めた。声を上げ、涙をこぼしている。
「……」
ツユリは、そっぽを向いて何も言わないでいた。
ツユリも優しいな、と思う。
こんな時くらいは、僕をユイに貸してやろうという心づもりらしい。
「ツユリも後で満足するまで抱きしめてあげるからね」
「べっ、別にそんなんじゃ……! で、でも、お願い」
「うん。我慢してくれてありがとう」
「……ふん」
ということで、僕は心置きなくユイを抱きしめる。
「辛かったね。一人で抱えられる闇じゃない。よく耐えた」
「うん……! 辛かったよ。不安だった……! もし、私の死体遺棄が警察にバレたらって。もしお父さんのお金が尽きたらって」
「うん……よく頑張ったね。もう、安心して良い。僕が付いてる」
「うん……! うん……!」
ユイは、僕の胸の中で、赤ちゃんのように泣いている。
そこで、ツユリが言った。
「で、これからどうするの? ひとまず、今この場では問題ないのは分かったけどさ。じり貧なのには変わんないし」
「……じり貧って。ツユリちゃんは、私のこと、警察に言わないの?」
「え?」
沈黙。ツユリが首を傾げている。
ユイが説明した。
「え、だ、だから。ツユリちゃんは私のこと、排除したいんでしょ? アキラくんを独占するために」
「それはそうだよ。え、何の話?」
「だから、私の親の死を言うだけで少なくとも私は施設に入ることになるから転校に近い形で処理されるし、順当に考えるなら死体遺棄を通報すれば私は―――」
その説明に、ツユリは言った。
「ああ、そういうこと。ヤダよ。私リスクがある状態で他人を攻撃したくないし」
「……そう言う問題なの?」
「施設なんか抜け出せばいいし、少年院も出てきた後に復讐されるよ。数年後に私とお兄ちゃんが幸せな暮らしをしてる時に刺されたりしたら最悪じゃん」
「……そっか」
普通に復讐とか殺すとかが選択肢にある中で理性的に考えてるの面白いなぁ……、と傍から見てる僕は思う。
「っていうか、私も超絶チャンスがない限り殺すのは手段と思ってないよ。殺した後の死体の処理とか、絶対大変だと思うし」
「ああ、うん。大変だよ」
「その返答冷静になって思うと超怖いね……」
ユイの言葉に引き気味なツユリだ。
ユイは「何か理不尽な気持ち……」とげんなりしている。
そこでまた、光が走った。直後、轟音。
「ひっ」
「きゃっ」
二人がそれぞれ悲鳴を上げる。
落雷だ。外を見ると、ものすごい雨が降っている。
「今日はちょっと帰れそうにないね。ユイ、泊めてもらっていいかな」
「え? い、いいけど……。アキラくんは、いいの? こんな、死人が出てる家で」
「うん。幽霊くらいなら倒せるし」
「え?」
「お兄ちゃんのよく分かんない話はいいよ……」
僕の返答に、ユイは目を丸くし、ツユリはテンション低めに突っ込むのだった。
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