第19話 送迎

 夜のヤンデレ鬼ごっこ(かくれんぼ)は無事僕の一人勝ちになったので、ひとまずユイを自宅に送り届けてから帰宅する流れになった。


「置いてっちゃえばいいのに、最下位なんて……」


「ツユリって割とゲーム脳?」


「ゲーム脳なんて老害が生み出した理解のかけらもない言葉だよ」


 ふーやれやれ、と首を振るツユリだ。


 だんだん分かってきたけど、ツユリは基礎が過激めのゲーマーなのかもしれない。


「ま、そうは言うけどね。それで言えば優勝は僕だ。勝者が望んだことをするのは間違いじゃないだろう?


「それは、そう」


 不承不承ながら、ツユリは僕の意見を認めたようだった。


 そんな訳で、僕はツユリに並び立ち、ユイを背負って歩いていた。


「ユイさんの家ってどのあたり?」


「もうすぐそこだよ。ほら、あの木々の生い茂ってる」


「ああ。……手入れとかしないのかな。ボーボー」


 昨日も来て少し思ったが、かなり庭の木々が生え散らかしている感じがする。


 転校してきたからには新築か何かだと思ったのだが、違うらしい。


「さて……」


 僕とツユリは揃ってユイの家の玄関に立つ。家に電気は点いていない。


 それから、ピンポーン、と呼び鈴を鳴らした。


 返答はない。


「……困ったな。お持ち帰りするわけにもいかないし」


「普通に起こせばよくない?」


「よくない。サプライズしたい」


「お兄ちゃんのその無限の悪戯心、どこを源泉としてるの?」


「失われた多くの大人たちの思い出」


「本当に無限だった……」


 もう一度ピンポンを押す。ふーむ。


「これは……恐らく不在だね」


「そうだね……。帰りの遅いご両親なのかな」


 僕らは顔を見合わせて、お互いに首を傾げる。


 それから僕は、一つ提案した。


「もう中に入っちゃおうか。ユイをベッドに寝かせて退散しよう」


「玄関口で良くない? 帰り際にいざご家族に遭遇したらどうするの」


「僕のウィングスーツが火を噴くね」


「こんな低いところから飛び立ってもしかたないでしょ」


 ウィングスーツがすんなり通じることに驚きを抱きつつ(簡単に言うとムササビみたいに飛べるスーツのことだ)、僕は返答する。


「まぁ僕らも制服を着ているし、真摯に説明すれば大丈夫だよ」


「……それもそっか。コミュ力お化けのお兄ちゃんだし」


「じゃあ早速中に入ろう」


 僕はユイのポケットをさっと探って、家の鍵を取り出した。


「何その物探し能力……。流石に気持ち悪い」


「一応潜入捜査の練習してる時にスリのことも学んだからね」


「お兄ちゃんのそういうエピソードって嘘か本当か分かんないんだけど」


「全部本当さ」


「はいはい」


 言いながら、僕はガチャリと鍵を開ける。


 そして扉を開くと、むわっと湿度の高い空気が外から漏れ出てきた。


「……外で待ってていい?」


「いいけど、ご家族が戻ってきたときに真っ先に説明するのがツユリになるよ?」


「ついてく」


 ツユリのコミュ障具合可愛いなぁ。


 ということで、僕らは靴を脱ぎ脱ぎしつつ、「お邪魔します」と中に入った。


 廊下のフローリングは、何ともいえずねばつくような感じがする。


「……ここ廃墟とかじゃないよね……。ちゃんとユイさんが住んでる家なんだよね……?」


「そのはずだけどね。嫌に生活感がない」


 背中でユイが、「んん……」と寝言を漏らす。覚醒は近い。


 ひとまず、奥に歩いていき、リビングを開く。


 何故だか、リビングだけは非常に清潔だった。生活感もあり、掃除もなされている。


「変な家……。まるでこの部屋しか使ってないみたい」


「ソファに毛布があるね。ユイの匂いが濃い。ここで寝てるのかな」


「あんまり匂いとか発言しないで」


 ひとまず、僕はユイをソファに寝かせることにした。


 ユイの寝顔に安堵が宿る。本当にここで寝ているようだ。


「ごめん、ツユリ。ここで待っててくれるかな。少し他の部屋も見てくる」


「私と意識のないユイさんを二人っきりにするってこと?」


「やっぱり僕と一緒に来てくれ」


「うん♡ お兄ちゃんは女心がよく分かってるね」


 途端に機嫌を直して、僕の腕に抱き着いてくるツユリだ。したたかな妹である。


 そんな訳で、僕らはユイの家宅捜索班となった。


 清潔感のあるリビングを出て、色々の部屋を回る。


「お風呂、トイレは流石にキレイにしてあるようだね」


「……何か、アレだね。使うところはキレイにしてある、みたいな感じがする」


「僕も同意見だよ。他の部屋も見てみよう」


 一階の他の部屋は、予想通り汚れていた。


 和室、仏間、押し入れ。すべてが厚い埃が積もっている。


「ゴホッゴホッ……! もしかして、この辺りの部屋、全部最近開いてなかった……?」


「みたいだね。二階も見に行こう」


 二人揃って階上に上がる。腕を抱きしめるツユリの腕に、力が入る。


「怖いなら戻っていてもいいんだよ?」


「むしろこの状況でユイさんのいる部屋に行く方が怖いよ」


「あはは。それもそうだね」


 二階に上がる。外で雨が降り始めたのか、水滴がぽつぽつと窓を叩いている。


「今夜の天気予報は見たかい?」


「見てない……。あ、今日嵐だ。早く帰った方がいいかも」


「最悪ユイには泊めてもらおう」


「この流れで……?」


 二階には、扉が二つあった。


「まず手前の部屋を見よう」


「くわばらくわばら……」


 ツユリの古めかしすぎる言葉に半笑いになりつつも、僕は扉を開けた。


 そこにあったのは、ひどく簡素な部屋だ。


 ベッドと勉強机のみが置かれた、人間らしさの欠片もない部屋。


 窓がハメ殺しなのが、どうしてか気になった。


「勉強机ってことは、ここはユイの部屋か……」


「でも、ユイさんっぽさ、全然しないね。本も教科書くらいしかないし。……何だか、すごい無機質」


「そうだね……ん?」


 鍵が、内側でなく外についている。


「これは……」


「どうかした? お兄ちゃん」


「……いいや、後で話すよ。もう一つの部屋も見よう」


「うん」


 ここまでくると、僕ら二人も止まれなくなっていた。


 ユイの部屋を出て、ユイの両親のものらしき部屋を開ける。


 その時だった。


「ダメッ! その部屋は開けちゃ―――!」


 ユイが階段をものすごい勢いで上ってくる。落雷。轟音。


 だから、ユイの制止に気付く前に、僕は扉を開けてしまっていた。


「……これ」


「あ……見られ、ちゃった……」


 骸骨。それが二つ、ダブルベッドの上で横たわっていた。


 ユイが崩れ落ちる。ツユリが「わお……」と瞠目し、僕は「なるほど」と部屋に足を踏み入れる。


 大人の骸骨だ。それが二人。骨格で分かる。男女。死臭はない。埃以外は清潔な部屋だ。


「……」


 ザァアア……と雨足が強くなるのを感じる。静寂がこの家を支配している。


「ユイ」


 僕は振り返った。


「二人は、何故死んだのかな。……ユイが殺したの?」


「こ、殺してないっ! わた、わたしじゃ、ない……」


 ひどく心細そうな声は、しかし嘘の色を宿していない。


 僕はユイに近寄って、彼女を抱きしめた。


「大丈夫だよ、ユイ。僕は何があっても味方だ。だから、安心して欲しい」


「う、うぅ、うわぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁん……!」


 ユイは足から崩れ落ち、泣き始めてしまった。


「お兄ちゃんの度量ヤバ……」と背後でツユリが呟いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る