第18話 夜の校舎

 目が覚めると、僕はぐるぐる巻きに拘束され、とても狭い場所でツユリと二人きりになっていた


「お兄、ちゃん……。お兄ちゃん……!」


 ツユリはこの狭い空間の中で、しきりに僕にキスをしている。


 何だこの可愛い生物は……。


「あ……起きた? お兄ちゃん」


 クスッと嬉しそうに、ツユリは笑顔になる。


「ここは……」


「ロッカーだよ。うふふっ。お兄ちゃん縛って、ロッカーに閉じこもってたら、もう夜になっちゃった」


 確かに、暗い。


 それはロッカーの暗さと言うだけでなく、外も真っ暗という事なのだろう。


「ユイは、むぐっ」


 ツユリが、僕の言葉を遮るように、キスをしてくる。


「ダメ。私以外の話をしないで。私だけ見てて」


「可愛いなぁ、ツユリは……」


「……嬉しい、お兄ちゃん……」


 またツユリは僕とキスをするだけの存在になってしまう。ちゅっちゅとついばむようにキスを繰り返している。


 しかし、今の幸福度と反比例して、状況は中々に厳しそうだ。


 直感だが、鬼ごっこは終わっていない。ユイはまだ僕らを探して夜の校舎を徘徊していることだろう。


 となると、僕が今日安眠するためには、ツユリをどうにかして、ユイから逃げ切る必要がある。


「お兄ちゃん……」


 ツユリは僕の首に手を回して、より強くキスを交わしてきた。


 そして、舌を入れてくる。


 粘膜同士の接触で、何だか自分とツユリが溶けあって同化していくような気持ちになっていく。


「このまま」


 ツユリが、うっとりと僕を見つめていった。


「このまま、一つに溶けあってしまえればいいのにね……」


 僕の答えを待たずに、ツユリはまたディープキスに戻った。


 僕は拘束されてさえいなければ、ツユリを抱きしめてしまうところだったろう。


 なんて可愛いんだこの妹は。


 そんな事を考えていた瞬間、全力で教室のスライド扉を開けたような、バンッ! という音が聞こえた。


「……ここかなぁ? アキラくーん? ツユリちゃーん?」


 うおお、とうとう来たかユイ。


 一方ツユリは。


「ん……んちゅ、れろ、ん……っ」


 キスに夢中だった。


 何この子無敵? 無敵なの?


「んー……何かここ怪しいなぁ……。人の気配がする。当たりかな?」


 そして見事にそれを看破するユイだ。


 ヤンデレ特有の嗅覚の鋭さを存分に発揮している。


「ここが当たりだとすると~……このロッカーしかないよねぇ」


 あは、とユイの笑い声が至近距離から聞こえる。


 ツユリはずっとキスに没頭したままだ。


「なーんか音も聞こえるし~……ここだよねぇ!」


 ガバッ、とロッカーが開け放たれる。そこには、ギラついた目で僕らを見るユイが居る。


「見ぃつけた~!」


 包丁が振りかぶられる。


 だが、それよりもツユリは速く動いていた。


「あぐっ!」


 バチィッとツユリのスタンガンが、ユイの首元で弾けた。


 ユイが、一気に崩れ落ちる。


「な、あ、い、ま、な、に……!」


「スタンガン。このくらいの武装はするでしょ普通。恋敵から呼び出されたなら、ね」


 勝ち誇るまでもなく、淡々とユイを見下ろすツユリだ。


 強い。ツユリが一気に形勢を逆転したぞ。


 というか僕が意識を刈り取られるスタンガンに、ギリギリ耐えるユイってヤバくない?


「で、これがその包丁……。ふぅん、よく研いであるね。本当に鋭そう」


 ユイの包丁を拾い上げて、ツユリはまじまじと見る。


 そして、ふっと笑った。


「これなら、お兄ちゃんの健も切れるし、ユイさんのことも殺せそうだね」


「ッ」


 ユイは芋虫のようにぎこちない動きで、じりじりとツユリから離れていく。


「どこに行こうとしてるの? ダメだよ、逃げちゃ」


 それを踏みつけにして、行動を封じるのがツユリだ。


「さってと……にしても、我ながらいい場所に隠れてなって思うよ。ここで殺したなら、硫酸とかでユイさんの死体、溶かして流せちゃいそうだもん」


「た、たす、け、や、死に、た、く、ない……!」


「ダメだよ。殺そうとしたんだから、死ぬ覚悟くらい決めておかないと」


 小さな、ほの暗い笑みをツユリは浮かべる。


 そして言った。


「じゃあね、ユイさ―――」




「そうは問屋が卸さないよ!」




 僕の声に振り返ったツユリは、目を剥いて僕を見つめた。


「う、嘘。何で? どうやってあの拘束を解いたの?」


 そう。僕は二人のやり取りの間に、縄抜けを果たしていたのだ。


 ……二人のヤンデレ劇場に見入ってたから遅くなったわけじゃないよ? 本当だよ?


「ふふふ……」


 僕は不敵に笑い、そして荒ぶる鷹のポーズでツユリを威嚇する。


「くっ……。ここに来てお兄ちゃんが復活なんて……」


「ヒーローはいつだって遅れてやってくる」


「お兄ちゃんの場合はヒーローっていうより諸悪の根源だと思うけど」


 違いない。


 しかし、この土壇場で僕が自由となったことで、ユイの寿命は確実に伸びた。


「あ、アキラ、くん……!」


「……チッ」


 ツユリは素早い動きで、スタンガンをユイに押し当てた。ユイはそれで、完全にダウンする。


 恐らく、滑舌に復活の兆しが見えたからだろう。


 復活のユイと僕相手では、ツユリも手に余るという事か。


「とりあえず、これで、私とお兄ちゃんの一対一だよ」


 言いながら、ツユリは僕にスタンガンと包丁を向ける。


 僕は微笑みかけた。


「危ないね。君にはそんなものは似合わないよ。さぁ、僕と二人で家に帰って、ゲームをしたり添い寝をしたりしようじゃないか」


「……その提案は素敵だけど、今はもっと優先することがあるから」


「ユイの排除かい?」


「そう。この人フィジカルお化けだし、こんなタイミングくらいじゃないと殺せないもん。だからどいてよ、お兄ちゃん。こいつ殺せないでしょ」


「……それ、もう一度言ってくれないか? もっとこう、端的に」


「え? ……どいてお兄ちゃん。こいつ殺せない」


「完璧!」


「お兄ちゃんこの期に及んで遊んでる?」


 とても怪訝な目を向けられる。僕は目を背ける。


 それから視線を合わせ直して、僕は口を開いた。


「ツユリ、先ほども言ったはずだ。僕らは敵同士だ」


 だから、と僕はつなぐ。


「その意思を通したいなら、実力で通すと良い」


「分かった、そうする」


 ツユリは踏み込んでくる。虚をつくようなタイミング。


 うまい、と思う。思えばツユリは格闘ゲームもうまかった。


 身体こそ華奢な女の子なのだろうが、天性の才能があるのだろう。


 だが、だ。


 ツユリは、僕を舐めている。


「ッ!?」


 僕はその一瞬で、ツユリの手からスタンガンと包丁を取り上げていた。


「えっ、うそ、そん、んむっ」


 そしてそれらを四次元ポーチに収納してから、ツユリを抱きしめキスをする。


「むっ、ん、ちゅ……」


 そうすることで、ツユリは段々と大人しくなっていった。


「ぷは……っ。お兄ちゃん、ズルい……」


 言いながら、そっぽを向いて恥ずかしがるツユリ。


 僕は微笑みかけて、そっと彼女の頭を撫でた。


「そうだよ、お兄ちゃんはズルいんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る