第16話 宣誓
僕が野望を語るにあたって、一番大切なこと。
それは、開き直ることだ。
「まず、ツユリ。僕はツユリだけを見るという事は約束してない。君を寂しくさせないという事を約束したんだ。それも昨日破ってしまったけれど」
「……なにそれ」
「次に、ユイ。君の言うことはもっともだ。恋人同士はお互いを独占するものだと思う。けれど、けれどね、僕には昔から公言している、一つの夢があるんだ」
「夢……? 分かんないよ、それって……。っ」
ユイが、ハッと目を瞠った。そうだ。僕は君が転校する前から、ずっと言い続けている。
「……本気なの? え? 今になっても、そのつもりなの? 嘘。ずっと冗談だと思ってたのに」
「な、なに。どういうこと? お兄ちゃん。説明して」
「ツユリ、ユイ」
僕は手を広げ、不敵に言い放った。
「僕の夢はね、ヤンデレハーレムを築くことなんだ」
体育館裏の静かな空間に、僕の言葉は溶けていく。
風のさざめきが耳に入るほど静かだった。
体育館内の部活の声が聞こえてくるほど、静かだった。
「は……? 何それ。二股ってこと……?」
ツユリが、非常に険しい顔をして僕を睨んでくる。
だが、ユイは頭を掻きむしった。
「そ、そうだよね。うん。思い出した。ずっと、ずっとそう言ってたもんね、アキラくん。あは、あはは。好き過ぎて、忘れてた。ああ、嘘、じゃあ何? 私もそう言う枠ってこと……?」
「え、え? 何? 有名なの? お兄ちゃんのその、なんとかハーレム願望、みたいなのって」
「何なら君たち転校生二人を除いた全校生徒が知ってるよ」
「そんなに知れ渡ってるの!?」
「僕よく告白されるけど、告白断るとき毎回『君ヤンデレじゃないから』って断るし」
「そんなに根深いの!?」
「うわぁぁああぁぁぁぁぁ……! 最悪ぅぅううううう……!」
ツユリは信じられないものを見た表情になり、一方ユイはもう発狂してしまっている。
「だからね、二人は勘違いをしてたんだよ」
僕は説明する。
「君たち二人は、お互いだけが敵だと思っていたんだろう? 互いを排除すれば、僕を独占できる。そんな風に思っていた」
でも違うんだ、と僕は続ける。
「違うんだよ。敵は君たちのお互いだけじゃない。僕もなんだ。分かるかい?」
僕はツユリを指さす。
「ツユリが勝てば、ツユリが僕を独占する」
僕はユイを指さす。
「ユイが勝てば、ユイが僕を独占する」
そして僕は、僕を指さす。
「そして僕が勝てば、僕が二人を独占する」
説明を終え、体育館裏に静寂が下りる。
ツユリが何度もまばたきをして、「え、えっと、ああ、ダメ、混乱してる」と頭を抱える。
「じゃ、じゃあ、何? えぇ? 分かんない。それって、だから、えっと」
「私が勝つには、ツユリちゃんを排除するだけじゃダメ。ツユリちゃんを排除することを邪魔するアキラくんも、どうにかしなければならない。……そういうこと?」
ユイの言葉に、ツユリもやっと理解が追い付いたようだった。
僕は頷く。
「その通りだよ。僕も敵、というのはそういうことだ。もちろん、君たちが僕の願望を知って愛想をつかすなら、こんなバカげたことには付き合わなくていい。君たちにはいつだって勝負を下りる自由がある」
「そんなの無理ッ!」
ツユリは叫んだ。
「私にはッ! 私にはお兄ちゃんしかいないもん! なのに、なのにこの女は、私からお兄ちゃんを引きはがそうとして……!」
それに、ユイも猛反発だ。
「私だって! ツユリちゃんがアキラくんを好きになるずっと、ずっと前からアキラくんのことを好きだったんだから! それを、いきなり現れて横取りしようとしてるのは、ツユリちゃんの方でしょ!」
僕は、そんな二人の間に立つ。
「僕を好いてくれてありがとう。なら、話は単純だね。君たちは互いを排除し、僕を無力化すればいい。そうすれば僕は勝者だけのものだ」
逆に、と僕は続ける。
「僕のすることは単純だ。君たちが『ハーレムでもいい』と言い出すまで、平等に、均等に、無限の愛を注ぐ。君たちが殺し合うなら僕が止めよう。君たちが僕を狙うなら僕はそれを正面から受け止めよう」
それでいいかな? と確認を取る。
ツユリは目を細めた。
「……何してもいいの?」
「何してもいいも何も、君は今朝、僕を監禁してたじゃないか」
「えっ、あっ! やっぱりあれ脱出したんだ! 何夢って! 変なこと言って混乱させないで!」
一方、ユイは「ふぅん……」と静かに納得を示した。
「分かった、いいよ。要するに、欲しいものは邪魔を排して奪い取れってことでしょ? あは。いいよ。それなら単純。そうだよね。気を遣う必要なんてない。欲しいものは、奪えばいいんだから」
言いながら、ユイは懐から何かを取り出した。
「……それ」
ツユリの指摘に、「うん」とユイは頷く。
「ツユリちゃんとの話がこじれたら、使おうと思ってたんだ。―――見て、とっても切れ味良さそうでしょ?」
夕焼けの光を照り返して、それはまたたき、そして姿をさらす。
包丁。
なるほど、とうとう凶器がでてきたようだ。
「ねぇ、アキラくん」
「何だい、ユイ」
ユイは、まっさらな笑顔になって、こう言った。
「ここでツユリちゃん殺しても、アキラくんは私のことを嫌いにならないでくれる?」
「ひ……っ」
ツユリは怯えて一歩後ずさる。
だが僕は、笑顔を返した。
「もちろん。けど、当然阻止はさせてもらうよ」
「あは♡ やった。あ、でもそうだなぁ。アキラくんが他の女に目移りしても問題だから」
ユイは、包丁の切っ先を僕に向けた。
「手足の健くらい、切っちゃってもいいかもね」
「望むところさ。さぁツユリ! 一緒に逃げよう! 楽しい鬼ごっこの始まりだ!」
「楽しくないッ! 全然楽しくないっ!」
ツユリは腰が抜ける寸前のようだったので、僕は彼女をお姫様抱っこし、そのまま全速力で駆け抜ける。
「あはは、あはははは! 逃がさない。逃がさないよッ! 二人ともッ!」
そしてユイが追いかけてくる。
ヤンデレの夜が、始まろうとしていた。
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