第15話 ヤンデレたち、夕方の対決
生徒会室に向かいながら、ヨシマサと話していた。
「え、今日一日ずっとあの二人争ってんの?」
「勝負でしかコミュニケーションを交わせない、悲しい運命を背負った二人なんだよ」
僕が首を振りながら言うと、「お、おう。そうか」とヨシマサは引き気味に言う。
「っていうか、良いのかよ。それだと、今バチバチに敵対意識が高まった状態の二人を放置してることにならないか?」
「どうだろう……。キャットファイトが始まってもおかしくない気はする」
「おいおい……。今日お前の業務俺が巻き取ってやろうか? あの二人放置はヤバいだろ」
「どうなんだろうね……。っていうのは、一種の期待があるから言っているわけだけれど」
「期待? 何だよ期待って」
僕は手を合わせて、うっとりと言った。
「こう……河原で殴り合ってさ。『強いね……』『あなたもね……』みたいな友情の芽生えというか」
「男なら分かるけど女でそれ起こるか?」
「彼女たちなら、あるいは」
「どんな期待をかけてるんだ二人に」
ヨシマサは一度嘆息して言った。
「了解、分かった。アキラ、俺が生徒会の方には言っておく。副会長に報告したら都合よく回してくれるだろ。お前は愛しのヤンデレハーレムが崩壊する前に行ってこい」
「分かったよ。ひとまず河原を見てくる」
「河原には絶対いないから安心しろ」
ということで、僕は生徒会業務から解放され、トボトボ一人、夕方の校舎を歩き回ることとなった。
「ツユリー? ユイー?」
適当に呼びかけながら歩くも、反応はない。
ツユリは家大好きっ子だし、早々に帰ってしまったのだろうか。
しかし、それだと生徒会終わりまで待ってくれるユイからも反応がないのは不可解だ。
「これは、本当に何かあったかな」
僕は闇雲に探すのではリスクがあると判断し、早々に職員室へと向かった。
「失礼します! すいません、監視カメラの映像を確認しても?」
僕の登場に、先生方の半数が「お」という顔をし、もう半数がそっと俯く。
その中で、特に僕に親切に接してくれる教頭先生が、こちらに近寄ってきた。
「生徒会長じゃないか。監視カメラかい?」
「はい、教頭先生」
「こちらだ。来なさい」
「助かります」
僕は案内された先にある小さなモニターを見下ろす。
教頭先生は、僕にリモコンを渡してきた。
「使い方は分かるかい?」
「何となく」
「であれば、任せよう。……ところで、君の周りが最近騒がしいようだが」
「喜ばしいことに、好きな子が出来まして」
リモコンを操作しながらの僕の返答に、教師陣がざわつく。
「遠藤に、好きな子……? ってことは」
「あー、また厄介ごとが……。親御さんからのクレームが……」
「ヤンデレハーレムがとうとう構築されてしまったのか……」
教師たちのため息を聞きながら、教頭先生は言った。
「それは、喜ばしいことだね。みんな、幸せにしてあげるんだよ」
「ええ、もちろん。―――見つけました」
体育館裏。人目の付かないところで、二人が睨み合っている。
「これは。君一人で大丈夫かい?」
「問題ありません。僕が頑丈なのは知ってますでしょう?」
「そうだね、君は頑丈だ。不良たちの抗争の時は驚いたよ」
「アレはもうしません」
「それに越したことはないね」
教頭先生は笑う。
僕は立ち上がった。
「ご協力ありがとうございます。行ってきます」
「行ってらっしゃい。今回も愉快に解決してくれることを楽しみにしているよ」
「期待してください。では」
僕は早足で職員室から離れ、駆け出した。
背後で、「がんばれよー」「ケガするなよー」という応援と、ほっと安堵するため息が混在していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最短距離で走った僕が、職員室から体育館裏まで移動するのにかかった時間は、30秒弱だった。
「突っ切る」
職員室を出るなり窓を開けて飛び越え、上履きのまま走る。
そこから野球部、サッカー部が部活している横を「邪魔するよ!」と叫んで横切った。
「おおお、会長じゃん。何か力になれることあるか~?」
「大変なら力貸すぜー!」
「みんなありがとう! 気持ちだけ受け取っておくよ!」
校庭を直線に進んで、そのまま体育館裏にまでたどり着く。
その時には、まだ二人の対決はにらみ合いのままだった。
「ッ、……お兄ちゃん?」
「アキラくん……」
睨み合いの中で現れた僕は、二人のどちらにとっても招かれざる存在らしかった。
「……来なくてよかったのに」
「アキラくん、生徒会長、なんでしょ? 遅れちゃダメだよ」
やんわりと、二人からの拒絶を感じる。
だが僕は、その程度で揺るぎはしない。
「生憎と、生徒会は今日、僕抜きで回ることになっててね。それより、二人は何でここに? ……仲が良くて、二人で悪戯の計画、なんてことではないだろう?」
ニッコリと笑みを浮かべて問いかけると、ツユリは不機嫌そうにそっぽを向き、ユイは逆に僕同様、にっこりと笑みを浮かべて言った。
「アキラくんには、関係ないよ。これは、私とツユリちゃんの問題だから」
ユイの笑顔は複雑だ。上機嫌ではないのは確かとして、それ以外の感情が渦巻いている。
『関わってこないで』『危ない目に合わせたくない』『笑顔でいるうちに離れて』
そう言う警告の色合いが、分かりやすく出ている。
だが、一番奥に滲み出す、最も本質的な感情はこれだろう。
『私の綺麗なところ以外を見せたくない』
僕は言う。
「ユイ、君は僕の恋人だ」
「え……? あ、え、うん……」
「恋人っていうのは、綺麗な部分だけを見せるものではないと思う。花嫁修業をしてきてくれたくらいだ。ユイは将来、僕との結婚を視野に入れてるんだろう?」
「それはもちろんっ! あ、え、えっと」
「なら、隠し事はなしにしよう。相談もなしに重大な決断なんて、寂しいよ」
「う……」
ユイが、俯く。
すると、ツユリが僕に尋ねてきた。
「ねぇ、私には聞かないの?」
「ツユリはユイをどうこうしようとはしないだろう? 君には、直接僕をどうこうするチャンスが毎晩転がっている」
「……よく分かってるね。確かに、私を呼び出したのはそっちだよ」
僕のツユリへの解像度の高さに満足したのか、ツユリはそれ以上突っかかってこなかった。
一方、ユイはじっと僕を見つめている。
「ね、アキラくん。……アキラくんは、どうなの?」
「どうって、何が?」
「……アキラくん、私のこと恋人だって言うでしょ?」
「そうだね」
「でも、私のこと、全然特別扱いしてくれない。それどころか、ツユリちゃんと、わざと平等に接しようとしているように見える」
「……それは私も感じてた」
二人の視線が、僕を貫く。
「何で? たった一人の恋人を、何で特別扱いしてくれないの? 何で、あなたを私に独占させてくれないの?」
「私だって同じ。お兄ちゃんは、約束してくれた。寂しい思いなんてさせないって。私だけを見るって」
それぞれが、僕のことを責める。
当たり前だ。僕がしているのはそう言うことだ。そこから目を背けてはいけない。
「そうだね」
とうとうこの時が来たか、と僕は思う。
元より公言していることだったが、今回は、直接彼女たちに伝える必要があるだろう。
つまりは、僕の野望を。
僕の築こうとするヤンデレハーレム。それこそが君たちなのだと。
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