第11話 決意

 放課後、生徒会室。


 主な仕事を終えて、僕とヨシマサだけがその場に残されていた。


「……とんでもないことになったな」


「ああ、ついに僕の時代が始まったんだ」


「お前頭おかしいよ……。あ、元からだったな」


 失礼な。


 だが、ヨシマサは笑っていなかった。


 ここからの話は、冗談ではないという事だろう。


「しかし、何と言うか、どうするんだよアキラ。ユイちゃんと付き合うことは分かった。けど、ツユリちゃんは? あの様子なら、昨日何かあったんだよな?」


「過去の辛いエピソードを聞き出して、その上で受け止める。寂しがらせないって約束したよ」


「お前約束交わしたその次の日に約束破ったのか……」


 ヨシマサが呆れている。


「まぁ、アキラならどうにかするとは思うけどな。だとしても、今回のそれこれはお前史上でも最大級のいざこざだろ」


「それはそうだね。むしろこれ以上があるのかが疑問だけれど」


「で」


 ヨシマサは鋭い視線を僕に向ける。


「どうするんだ。お前が不義理を働くってんなら、俺は親友としてお前を殴るが」


「ヨシマサ、君も大概熱い男だよ。安心してくれ、僕は僕らしく振舞うだけさ」


「つまり?」


 ふっ、と僕はもったいぶって言った。


「二人とも愛する。二人とも幸せに、笑顔にする。嘘偽りなく、ね」


「……出来ると思うか?」


 僕は笑った。


「僕なら出来る」


「……はー……。お前はそう言うと思ったけどさ。いばらの道もいいところだろ。刺されるぞ? マジで」


「望むところだよ。何なら刺して欲しいね」


「それは意味が分からん」


「ヨシマサも一刺し行っておくかい? まだ僕の内臓は処女だよ」


「内臓に処女非処女の概念持ってる奴初めて見た」


 こわ……、と言われる。


「―――いい。分かった。アキラがそう言うなら、いい。俺はお前に協力するだけだ。親友だからな」


「ありがとう、ヨシマサ」


「で、どうするんだ? どうするって言うのは、つまり、言葉にするのは難しいんだが」


「もちろんヤンデレハーレムだよ」


「そういう事じゃなく、だな。何と言うか、過程っつーかさ」


「ああ」


 僕はポンと納得に手を打って、どうするかを話し始めた。


「いつも通りに過ごすよ。いつも通りに過ごして、二人に『思い通りにならないんだ』ってことを理解してもらう」


「……思い通りって、なんだ?」


「これは確信に近い予測だけれど、二人は思い通りにならなければ強硬策を使う」


 僕の言葉に、ヨシマサは唾を飲み下す。


「それ、は」


「分かるんだ。彼女らは僕が望んだとおりのヤンデレだ。どんな手を使うかは分からないけれど、普通の人ならしないし、されたらどうにもならないような手を使ってくる」


「……」


「それを、僕は真正面から打ち破る」


 窓に映る僕の瞳の中で、夕焼けの赤が瞬いた。


「あの二人が何をしてきても、僕は何ら変わらない日常を過ごす。今日は図らずしもツユリがあんな風になってしまったけれど、今後はこんな事にはならない」


「っていうと」


「もちろん、二人とも、平等に、均等に、等しく僕の無限の愛を注ぐよ」


「……は、ハハハ」


 ヨシマサは、僕の宣言に引きつり笑いをした。


「やべぇよ。やっぱアキラはアキラだ。頭がおかしくて、ぶっ飛んでて、完璧な、俺たちの会長だ」


「何だい、その物言いは」


「良いじゃんかよ。俺がクズ教師に退学にさせられかけたのを助けられたあの時から、俺はお前に惚れ込んでるんだ。それだけじゃない。不良騒動でも、イジメ事件でも、お前に感謝してる奴はいっぱいいる」


 この高校に進学してからのいくつかの事件を聞いて、僕は何だか懐かしくなる。


「そんなこともあったね。他校から殴りこんでくる不良たちを撃退したり、クラスぐるみのいじめを解決したり」


「今度はアキラのヤンデレハーレムか。ふははっ。何だか楽しみになってきたぜ。またアキラの無双っぷりが見れるんだろ?」


「そうだね。そういうこともあるかもしれない。まぁ、楽しく見守っていてくれ。君の力が必要なら、そのときはちゃんと頼らせてもらうよ」


「ああ、いつでも頼ってくれ」


 僕はヨシマサと拳をぶつけ合った。


 男同士の友情と言う奴だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 さて、そんなやり取りも終えて、帰路である。


「アキラくん♡」


 朝、ツユリが抱きしめていたのとは反対の腕を、今はユイが抱きしめている。


 ツユリと違ってユイはお胸が豊満なので、僕の幸福度が見る見る上昇している。


 ちなみにツユリに腕を抱きしめられると、華奢な感じがして幸福度がみるみる上昇する。


 二人ともパーフェクトなので引き分けだ。


「ねーえー、聞いてる?」


「聞いてないよ」


「聞いてよ!」


「分かった、聞かせてくれ。何があったんだい? 僕は力になれる?」


「本腰入れられるのも話しづらいね……」


 冗談を交わしながら、僕らは夕焼け道を二人で進む。


 そんなとき、ふいにユイはこんなことを言った。


「……でも、ちょっと不安だな。アキラくん、今日家に帰るんでしょ?」


「そうだね。今日も明日も家に帰るよ」


「……大丈夫? ツユリちゃん、その、あれから結局戻ってこなかったから」


「大丈夫だよ」


「そ、即答……。確かにアキラくんなら安心感あるけど、こう、変なこととか起こったりしないかな?」


「起こってみないと分からないかな」


「う、そ、それはそうだけど」


 それから、ユイは一拍おいて僕に質問してきた。


「ねぇ。きょ、今日は私の家に来ない? い、一泊くらいなら、と、泊められる、と、思うから……」


 赤面での申し出は、大変喜ばしい。いつかそう言うお泊り会みたいなのも楽しいだろう。


 だが、今日はダメだ。


「ごめん。そのお誘いは嬉しいけれど、今日は急だから、また今度予定しよう」


「え、あ、う……。で、でもっ。何か、む、胸騒ぎがする、から。ねっ? きょ、今日は、アキラくんのお家には、帰らない方がいいよ……」


 縋りつくように、ユイは言う。


 僕は答えた。


「ううん、帰るよ。あの家は僕の家だ。それに、ツユリは僕の家族だよ。何も問題は起こらないさ」


「あ……」


 そう話していると、ユイの家に到着する。


 僕はユイの手をそっと掴んで、言った。


「大丈夫。君の胸騒ぎは、的中しないから。僕を信じて」


「……」


「じゃあ、また明日」


 僕はにこやかに、ユイは悲しげに。


 道別れ僕は、軽やかな足取りで自宅へと戻った。


「ただいま、ツユリ」


 呼びかける。返事はない。


 いないのだろうか、と思いながら玄関を閉める。


 靴を脱いでリビングへ。


 そこで、視界の端で影がまたたいた。


「え」


 全身にしびれが走った。僕は倒れ込む。意識が遠のくのが分かる。


「嘘つき」


 僕の眼前に、足が伸びていた。


「寂しくさせないって言った。約束したよ。なのに、ねぇ、なんで……?」


「ツユ、リ……」


「お兄ちゃんのこと、信じたのに。こんな、こんなすぐに裏切られるなんて思わなかった。……でも、いいよ。許してあげる。だって、お兄ちゃんはもう、これからずっと私と一緒だもん」


 ガチャ、と金属音が響いた。


「言ったよね、お兄ちゃん。私、何するか分かんないって」


 僕は言った。


「いい、よ。何を、しても……」


 約束だからね。


 正面から、受け止めるさ。

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