第10話 ヤンデレ幼馴染との昼

 ということで、爆速で付き合うことが決まった僕とユイは、二人っきりで屋上にいた。


「えへへ。二人っきり……だね」


 照れるように笑って、ユイは言う。


「そうだね。昨日のそれこれを抜きにすると、こうやってちゃんと話すのは何年ぶりだろう」


「ね。……ねぇ、アキラくん」


「何だい?」


 振り返ると、ユイは顔どころか全身を真っ赤にして、口をもにょもにょさせてそこに立っていた。


「わ……私の告白、ちょ、ちょっと大胆、す、すぎた、かな……?」


「ふむ。言葉を選ぶのなら、そうだな……」


 僕は結論付ける。


「ちょっとではないかな」


「うわぁあああぁぁあぁぁ……!」


 ユイは気の抜けた叫び声を上げて、その場にへなへなと崩れ落ちた。


「だっ、だって! あの、あのままだとアキラくんを取られちゃうって思ったんだもん……! し、仕方ないの! ふ、不可抗力だもん!」


「アレが?」


「アレがとか言わないでよぉ~……!」


 力ない拳で足をポコポコと叩かれる。


 僕は苦笑して「安心すると良い。大胆な告白は女の子の特権だ」とユイに合わせて座り込んだ。


「ともかく、折角屋上を陣取れたんだ。ゆっくりお昼ご飯を楽しもうじゃないか」


「むぅう~! ……良いけどね。あんな風にしたから、今、アキラくんと二人っきりでいられるんだし」


 少し勝ち誇るようなニュアンスで、ユイは口端を持ち上げた。


 これはヤンデレが出ていてとてもよろしい……よろしみ……。


 そんな風に感じ入りながら、僕が売店のパンを取り出すと、ユイが僕の方を伺うように見つめてくる。


「あの、ね? あ、アキラくん、色々と忙しそうだし、思った通りパン食だし……よ、良かったら、お弁当作ってきたから、その」


「え、僕にお弁当を作ってきてくれたのかい?」


「う、うん……! あ、でもね、その、偶々って言うか! 今日は偶々作りすぎちゃって! だから、良ければ食べて欲しいなって……」


「もちろんだよ! 是非食べさせて欲しい」


「本当! じゃ、じゃあこれ」


 そっと取り出されるお弁当箱を受け取り、僕は開く。


 すると、そこから現れたのは、非常に美味しそうなお弁当だった。


「わぁ……」


 ツユリのように家庭的な料理、と言うよりも、和食を基調としたお弁当だった。魚やおひたしなど、健康に良さそうな品目だ。


「これはおいしそうだ! では、早速いただきます」


 僕は一礼して、一つ一つ食べる。


 魚の煮つけ、ほうれん草のおひたし、だし巻き卵……。


 まるで料亭とか、旅館の朝食を食べているような気分になってくる。


「美味しい……。これは美味しいね。とても、優しい味だ」


「そう!? 良かったぁ……。アキラくんと別れてから、ずっと頑張ってきたんだよ?」


「料理を?」


 僕が問い返すと、ユイはそっと首を振った。


「ううん、花嫁修業を」


「うっ!」


 ヤンデレパワーワードは僕に効果テキメンだ!


 良い……良いんだよこう言うので。特に意味のないところでボディブローみたいに重いワードが出てくるとワクワクしてくるんだ。


「えっ、だ、大丈夫!? むせちゃった? えと、お、お茶……」


「ああいや、大丈夫だよ。ユイの気持ちが嬉しくって、悶えてしまったんだ」


「アキラくん……!」


 頬を紅潮させて、嬉しそうに僕を見つめてくるユイ。


 綺麗だな、と思う。絵になる綺麗さが、ユイにはあるのだと気づく。


 そこでユイはハッとして、照れ隠しするように話題を変えた。


「にしても、アキラ君が約束、思い出してくれて嬉しかったよ。やっぱりアキラくんはアキラくんだね。正直で、誠実で」


「ハハハ、照れ臭いな。もっと褒めてくれ」


「もっと!? え、えっとね? 格好いいし、頭もいいし、優しいし……」


 あ、とユイの微笑みに影が差す。


「でも、誰にでも優しいのは、ちょっと良くないかな。妹のツユリちゃんがあんな勘違いを起こしちゃうんだもん。そういうところは、残酷かも、ね」


 背筋がゾクゾクしてくる。


 最高だ。


「ユイ」


「ん? なぁに、アキラくん」


 不敵に笑うユイに、僕は言った。


「褒めが足りない。もっと!」


「えっ、もっと!? 今ので一段落しなかった!?」


「足りない! 言い尽くしてそれでも出てこなくて、最終的には『呼吸できて偉いね』って言って欲しいんだ僕は!」


「それは極端じゃないかなぁ!?」


「じゃあ呼吸できても偉くないって言うのかい? 出来ても出来なくても変わらないというのか」


「え!? ……偉い、と思う」


「だろう? さぁ、僕を褒めてくれ」


 僕は両手を広げる。ユイは困惑している。


 僕は言った。


「もちろん冗談だよ?」


「えっ! ああ、うん。……ビックリした……。あのね、今こんな風に甘やかして褒め続けてドロドロにしちゃえば、アキラくんを私の赤ちゃんに出来るかなって、変な妄想しちゃった」


 幼馴染に母属性を追加していくの、業が深くていいと思う。


 そこで、ユイは「あははっ」と笑った。


「ユイ?」


「あ、ううん? その、昔のこと思い出しちゃって。ほら、昔っからアキラくんって、いっつも冗談冗談で。私いっつも振り回されてて、それが楽しくて……」


 ユイは微笑しながら目を細める。


「ね、覚えてる? アキラくんが言った冗談を私が本気にしちゃって、山で迷子になったこと」


「……覚えてるよ。あの時はすまなかった。まさか『ツチノコ見つけた』なんて冗談を本気にするとは……」


「あはは。それで謝られると私の方が心苦しいんだけどね。でも、遭難しかけた私のこと、見付けて連れ戻してくれたのはアキラくんだった」


 言われて、思い出す。懐かしい記憶だ。


 あの時ばかりは流石に僕も焦って、血眼で探したものだ。見つけ出すまでにいくつもの試練を越えたものだ。


 オオカミ、山賊、熊、山の神……そのすべてと拳を交わして、僕はユイへの道を教えてもらったのだ。


 熊までは割と普通に勝てたが、山の神だけは苦戦した。


 マジで強かった……。


「あの時ね、思ったんだ。ああ、私にはこの人しかいないんだって。アキラくんだけが、私にとって運命で、本物で、真実なんだって」


 噛みしめるように言って、ユイは僕に肩を寄せてきた。


「アキラくん、大好きだよ。誰よりも、何よりも、大好きだよ……」


 囁くユイに、僕は「うん」とその気持ちを受け止める。


 そう思いながら、そろそろ本格的に、これからを考えていかねばと自戒した。

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