第5話 幼馴染

 ユイとの記憶は、小学生にまでさかのぼる。


 確か小1から小5まで同じクラスで、不思議にずっと仲良しだったのだ。


 小学生、その内高学年ともなれば趣味の違いで疎遠になりそうなものだったけれど、僕とユイはそうならなかった。


 そしてユイの転校の日、僕は大切な約束をユイと交わした……ような気がする。


 定かではない記憶は、だいたいこんな感じだ。


「いやー懐かし~」


 ユイは僕の机に肘をつきながら、僕の顔をまじまじと見つめている。


 一方ツユリは傍の椅子に座りながらも、ちょっと所在無さげだ。


「何年振りだっけ?」


「6年ぶりだね。小5以来だ」


「わっ、一瞬で出てきた。ふふっ、なぁにぃ~? もしかして再会を心待ちにしてくれてたとか? えいえい」


 ツンツンと僕の鼻頭を指先でツンツンするユイだ。


 それに、ツユリが「あ、あのっ……」と声を上げた。


「ふ、二人は、どういう、関係、なの……?」


「え? んふふ~、どういう関係でしょ~」


 というか、とそこでユイはツユリに問い返した。


「そっちこそ、何でアキラくんと親しげなの? ……あ、そう言えば苗字同じだよね。親戚とか?」


「昨日から妹になったんだよ、ツユリは」


「え゛」


 びっくり仰天、とばかりユイは僕のことを見つめる。


「照れるな……、いくら僕がイケメンだからってそんなに凝視しないでくれ」


「い、いもう、と? え、分かんない。どういうこと?」


 いつものナルシストジョークを挟むと、しかしユイはスルーして言った。


 ……ナルシストジョークは突っ込んでもらえないと辛いんだよ?


「……親同士が、再婚、したの。昨日が初対面だけど、妹」


 ツユリの解説に、ユイはパクパクと口を開閉させた。


 何だか酸欠の鯉みたいだ。


 餌を上げたくなる。


「そ、そんなこと、あるの? え、じゃあ二人は、昨日から同棲中ってこと?」


「どっ、どうせっ!?」


「兄妹で同じ家に住むことを同棲とは言わないんじゃないか? 一つ屋根の下ではあるけれどね」


「……」


 ユイは顔を真っ青にして、ツユリを見る。


 ツユリも警戒気味に、ユイを見返している。


「よ、よろしく、ね。ツユリ、ちゃん」


「よ、……よろ、しく」


 固い握手が結ばれた。


 どうやら仲良くなったらしい。


「うん……友情はかくも素晴らしい……」


 僕はとりあえず感涙しながら拍手しておいた。


「え……泣いてる……。泣く要素あった?」


「ごめんツユリ、僕演技で泣けるんだ」


「えぇ……?」


 ツユリを困惑させている様子だったので涙を引っ込める。


「……アキラくん、ちょっと」


 そこで、言うが早いかユイが僕の手を取った。


 そのまま教室外、渡り廊下と経て、人気のない階段の踊り場まで連れていかれる。


「どうしたんだい、ユイ」


「……ねぇ、昔した約束、覚えてる?」


 早々に忘れてた部分を指摘されて、僕は良心が痛い限りだ。


 しかし僕とて信頼係数激高男。


 この手の場面は、正直と誠実さが肝要であると知っている。


「ごめん」


 僕はものすごい勢いで頭を下げた。


「約束をしたことは覚えている。それが、とても大切な約束であったことも」


 でも、と僕は続けた。


「肝心の内容を、忘れてしまった。本当にごめん。……必ず思い出すから、待っていてくれないか?」


 顔を上げる。ユイの顔は衝撃に染まっていたが、しかし遅れて強張りはほぐれた。


「……変わらないね、そういうとこ。アキラくんは、絶対に嘘を吐かないの。普段は冗談ばっかりだけど」


 ユイは続ける。


「忘れられちゃったのは残念だけど、でも、いいよ。許してあげる。昔と変わってないこと、分かったから」


「ありがとう。なるべく早く思い出すよ」


「うん、お願いっ! ……じゃあ、そうだなぁ。せっかく思い出してくれるって言うなら、私から教えるのも味気ないし~……。思い出す手伝いだけ、しよっかな」


 ユイは不意を突いて僕に接近し、そして頬に軽くキスをしてきた。


「……これは驚いた」


「あははっ。こんな大胆なこと、アキラくんにしかしないんだから。じゃあ、思い出すの、楽しみに待ってるからね!」


 軽い調子で言って、ユイは遠ざかっていく。


 僕は頬に触れて、呟いた。


「ヤンデレの波動を感じる……」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ユイの脳内は、爆発寸前だった。


(キャーキャーキャー!)


 感動の再会だからって、まさか自分がこんなにも大胆なアプローチに出るとは思っていなかったのだ。


 だから、その場では軽快に離れられたものの、今は顔どころか全身真っ赤で熱いくらいになっている。


(どうしよう。やっちゃった! 私っ、きっ、キスなんて、あああああああ変な風に思われてたらどうしよう!)


 パタパタと全力疾走で教室に戻り、そのまま息をひそめてうずくまる。


「お、おい……アキラ連れて出ていったかと思ったら、真っ赤になって帰ってきたぞ……」


「これは会長の奴、やったか……? つーかなんかやられたか……?」


 コソコソとこちらに視線をやっての会話が耳に届く。


 ユイはもう、恥ずかしさの余り涙目はだ。


「どうしよう……! 噂されちゃうよぉ~……!」


 教科書で顔を隠しての、精いっぱいの視線ガードを実行するユイ。


 だが、一方でそれでもいいという考えもあった。


 何故なら、感動の再会になると思っていたところで、急に横入りしてきた義妹ちゃんへの牽制も出来る、という女の打算が、そこにはあったから。


「……」


 ちら、と恥ずかしさをこらえて、周囲に視線をやる。


 そろそろ最初の授業という事もあって、ユイへの注目もほぼなくなりつつあった。


 ただその中で一人、たった一人、アキラの義妹―――ツユリが、冷たい目でユイを見つめていた。


 ユイはそれに気付いて、僅かに勝ち誇る。

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