第3話 登校

 翌日、僕はリビングで目を覚ました。


「……んむ」


 ゲームで白熱しすぎて、よもやよもや、二人揃って寝落ちしてしまったのだ。


 僕は隙間の白み始めたカーテンを開け放ち、「おはよう、朝になってしまったね。ツユリ」と声をかける。


「……んごっ。んん……?」


 寝ぼけた様子で顔を上げるツユリだ。


 顔に机のあとが付いている。


「誰……?」


「君の新しいお兄さんだよ。ほら、今日は転入日なんだろう? 顔を洗っておいで。簡単な朝ごはんくらいなら僕が作っておくから」


「ん~……」


 寝ぼけたまま、ツユリはのそのそと立ち上がる。


 そして、リビングから出ていった。


「さて、朝食を作ろうか」


 僕はキッチンへと赴き、手際よく朝食を作っていく。


 おコメを炊いている時間はないので、基本はトーストで目玉焼きとベーコンを合わせる。ついでにちょっとしたサラダ。


 制服に着替えてツユリが戻ってくるころには、朝食が出来ていた。


「……いただきます」


「うん、いただきます」


 ツユリはかなりスローペースでモソモソと食事を口にしている。


 昨日は気づかなかったが、どうやら口が小さいらしい。ちょこちょこと食べる様子は可愛らしかった。


「……なに」


 まだ眠気が残っているのか、ちょっと舌ったらずに睨まれてしまう。


「ちょこちょこ食べてるのが可愛いなと思ってね」


「かっ、かわ……っ!?」


「さて、僕も制服に着替えてこようかな。ああ、心配しないでくれ。もちろん学校へは案内するよマイシスター?」


 言いながらリビングを出ると、後ろから小さな、しかし機嫌の良さそうな声が追いかけてきた。


「マイシスターって……。ふふ、バカみたい」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんな訳で、僕らは登校中だった。


 ツユリは俯いて、僕の半歩後ろあたりについて来ている。


「おっす、おはようアキラ」


「おはよう」


「おはよっ、会長!」


「はいおはよう」


 登校しながらも、ツユリに合わせてゆっくりな僕らを追い抜いて、生徒たちが挨拶してくれる。


 それに応えていると、「ねぇ……」とツユリが小さな声で言った。


「生徒会長、なの? 人気過ぎ、じゃない?」


「このくらい大したことじゃないよ。僕の人望はこんなものじゃない」


「え、上方修正なの……?」


 もちろん冗談だけど。


 僕が優れているというよりは、みんなが変人の僕に優しくしてくれている、と言う方が正確だ。


 そんなやり取りをしていると、「おーっすアキラ!」と僕に肩を組んでくる者が居た。


「おはようヨシマサ」


「おう! ……ん? 誰その子。え、めっちゃ可愛くね!?」


 ヨシマサの勢いに押されて、ツユリは僕の後ろに隠れた。


「え、何々? 親戚の子? 転校生が来るみたいな噂は聞いてたけどさ」


「聞いて驚けヨシマサ。僕の新しい妹だ」


「ぷっ、あははは! まーた冗談ばっかり言ってよ! んで? 本当は?」


 沈黙。


 僕は笑顔のまま何も言わず、ツユリも隠れたまま何も言わない。


「……え、マジなの?」


「大マジだよ。僕が冗談を言ったことがあったかい?」


「いや、発言の八割が冗談だとは思ってるが」


 そんなに信用ないのか僕は。


 甚だ遺憾だ。


「えー、すっげー……。あ、俺、田島ヨシマサ! よろしくね、えーっと」


「……」


 ツユリが答えないので、僕が答える。


「ツユリだ。遠藤ツユリ。見ての通り引っ込み思案でね。ひとまず僕で慣らしているところだから、そっとしておいてやってくれないか」


「あー、そう言う感じな。了解した。ま、助けが居るならいつでも呼んでくれよ」


「もちろんだ。君には203個の貸しがあるから、そろそろ返してもらわないとね」


「ツケで」


「いいだろう」


 ツユリが困惑顔で言う。


「多くない? しかもツケで良いの?」


「返済計画についても聞かせてもらいたいな」


「十年計画で」


「融資? 国債?」


「完済までの道のりは遠い……。じゃ、また教室で」


 ヨシマサが走り去っていく。


 その背を見送りながら、ツユリは言った。


「もしかして、あなたの周りって、面白い人ばっかり?」


「何を言うんだ。僕らは全員真面目一辺倒で、生憎と面白いことなんて人生で一度も言ったことがないくらいさ」


「その謙遜がスラスラ出てる時点でかなり怪しいと思うけど」


「おおっと、そうだね。少しくらいのユーモアなら持ち合わせているかもしれないな。これもまた、教養と言うものだ」


「本当は?」


「正直冗談以外のコミュニケーションってどうすれば取れるのか忘れてる節がある」


「重症だね」


「まぁでも冗談で生きてるようなものだからいいかなって」


「存在が冗談なの?」


 僕はツユリに顔を近づけて、そっと微笑みかけた。


「そうだよ。冗談だからこんな大胆なことも出来る」


「う、あ、そ、それズルい……」


「ズルくて結構だとも。君の笑顔が見られるならね」


「う、そ、それもズルい……!」


 ちょっとキザな対応をしただけで赤面してしまうので、多分ツユリはとってもちょろいんだなぁと僕は思った。


 そんな風にぽつぽつ会話しながら思うのが、昨日のおじいさんのことだ。


 何のためらいもなくヤンデレハーレムを望んだ僕だったが、今のところいかにもヤンデレな子に囲まれている、ということはないように思う。


 一方で、ツユリという事情アリの、少女が妹として突如現れてもいる。


 ツユリの心を開くのには、大体数日ほどかな、と目算はついているが、一方でヤンデレになるのだろうか、と言う疑問はついて回る状態だ。


 何せ彼女には常識がある。


 そして常識は、たびたびヤンデレが無視するものだ。


「ふむ……」


 それに、僕が願ったのはあくまでヤンデレ一人ではなく、ヤンデレのハーレムである。


 もう数人、本当に現れるのだろうか?


「あ、あの、何で、黙っちゃったの……?」


 戸惑いがちに言うツユリに、僕はこう答えた。


「ああ、少し考え事をね」


 ツユリはそれにぼそりと何かを言った。


 その一言は、僕には聞こえないほど小さかった。








「……私のこと、考えてくれてたらいいな……」

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