第2話 義妹

 少しして現れたのは、父さんの言う通り、とんでもなく可愛らしい少女だった。


 カラスの濡れ羽のようにツヤツヤとした黒髪を、腰のあたりにまで伸ばしているのが目を引く。


 表情はひどく警戒がにじんでいたが、そのくらいなら僕としては問題ない。


 ツーサイドアップで、長髪の両側に小さなツインテールが出来ているのが魅力的だった。


「ようこそ、我が家へ」


 僕が笑顔で出迎えると、少女を連れてきた女性が息をのんだ。


「あら、親切な息子さん。初めまして、アキラ君。これからあなたの母になります、ショーコです」


「ええ、よろしくお願いします。ショーコお母さん」


「うふふ、嬉しいわ。ツユリよりも先にお母さんって呼ばれちゃった」


 少女は新しい母さんに言われて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


 どうやら誰にも心を許していないらしい。


「ではどうぞこちらへ」


 二人を案内し、リビングの机へ。


 そこからの話は、ざっくり父さんから聞いた通りの話だった。


 新婚旅行で二人とも世界一周の旅に出る。その間、家には僕と少女―――ツユリの二人きりであること。


「どちらが兄、姉になるのかな」


「同学年だが、誕生日はアキラの方が早いな」


「なら、僕はお兄さんだね。よろしく、ツユリ」


「……」


 ツユリは何も答えず、じっと俯いて机を見つめている。


「ご、ごめんなさいね。ほら、ツユリ。挨拶は」


「うるさい。母親面しないで」


 言って、ツユリは立ち上がってリビングから出ていってしまった。


「……本当にごめんなさい。難しい子で……」


 眉を顰めるショーコお母さんに、僕は言った。


「いいんだよ、ショーコお母さん。きっと仲良くなれるから」


「あれ、アキラ君? 今の流れ見てた?」


「ショーコさん。前も言った通り、アキラはこんな感じなんだ。虐待されていた犬を保護して三日で懐かれたという実績もある。アキラに任せておけば大丈夫だから」


 懐かしい話だ。


 人間のヤンデレを相手取る前に、まず動物からという挑戦だったが、愛情を注ぎまくったら数日で僕に応えてくれた。


 それからというもの、二人っきりでは本当に甘えん坊で、一方散歩中は僕に近寄る犬全てに敵意をあらわにしていたほど。


 生涯で最初に僕を愛してくれたヤンデレ犬だ。


 寿命で亡くなった時は、僕とて三日三晩涙が止まらなかった。


「本当に……?」


 疑うショーコさんに、僕は深く頷いた。


「ショーコさん。僕を信じて」


「……! 分かりました、お任せします。ツユリはあの通り難しい子だけれど、あなたならきっと……」


 そんな訳で僕は世界一周旅行に行く両親を笑顔で見送った。


「さて、早速兄妹のコミュニケーションと行こうか」


 僕は家に戻ってツユリを探した。


 ツユリは二階の、彼女の部屋になる予定の物置部屋の前で体育座りをしていた。


「……鍵、掛かってる」


「ああ、普段使わない部屋だからね。整理したら、鍵を渡すよ」


「今渡して」


「いいよ。その代わり、部屋の整理を手伝わせてくれないかな。一人で全部やるのは大変だと思うんだ」


「……」


 ツユリは僕のことを睨んでくる。


 僕はただ、にっこりと笑い返した。


「……鍵を、くれるなら」


「よかった、嬉しいよ」


 鍵を渡す。


 それから、二人で引っ越しの最終整理に勤しんだ。


 荷物を運び出し、重い家具は僕が運び入れ、服の段ボールなど軽いものはツユリに任せる。


 そうして数時間後、僕とツユリは引っ越し整理を完了していた。


「ふぅ、放課後過ぎにこれは疲れるね。もう八時だ」


「……そういえば、夜ご飯食べてない」


「そうだね。じゃあ僕が腕によりをかけて作るよ」


「作れるの?」


「もちろん。じゃあ今日は、ツユリが来てくれた記念すべき日だ。冷凍してたチキンを丸々使って、ビア缶チキンと行こう」


「何かろくでもないもの作られそうだから私が作る」


「おいしいのに……」


「……ちなみにどんな料理?」


「これ」


 検索して見せる。


 丸ごとチキンの真ん中の空いたスペースに、ビールの缶が丸ごと突っ込まれている。


「私が作るね」


「はい」


 却下されてしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ツユリが作ったのは、肉じゃがだった。


「おぉ、おいしそうだ。いただきます」


 頬張る。うまい。これはうまいぞ。


 少し濃い目の味付けが、実にご飯によく合う。ジャガイモもニンジンもホクホクだ。


「ど、どう……?」


「美味しいよ! ツユリは料理が上手なんだね」


「なっ、馴れ馴れしく呼ばないで。……えへ」


 少し恥ずかしがって、ツユリは視線をそらした。


 だが、口元がもにょっと笑みを浮かべているのはバレバレだ。


 献立はご飯に肉じゃが、みそ汁だけと質素だが、むしろこの短い時間で良く肉じゃがを用意できたものだと思う。


 圧力鍋か。我が家の圧力鍋の力を借りたのか。


「本当においしいな……。お礼に、後片付けは任せて欲しい。皿洗いは得意なんだ」


「ふふっ。皿洗いが得意だって言う人、初めて見た」


「疑っているのかい? 仕方ないな。なら僕の手腕を見せてあげよう。一枚二秒で汚れ一つない、皿洗いの極意が君を震わせることになる」


 地味な作業、結構好きだしね。


 と冗談めかして、料理のお礼にあとかたずけは任せてと伝えると、ツユリはクスクスと笑い始めた。


「ふふ、あはは。面白い人。……私、あなたと二人で住むことになったん、だよね」


「そうだね。不安かい?」


「……別に。知らない人と一緒に住むのは、もう慣れたから」


 数秒前までの笑顔が、鳴りを潜めてしまう。


 恐らく、話に聞いていた再婚相手にリレーされてきた件だろう。


 今踏み込んでいい話題じゃない、と僕は話を逸らす。


「この後、何をしようか。ツユリ、君はゲームをするかい? 父さんがかなりのゲーマーでね。古今東西のゲームが揃っているから、是非君としたいと思ってね」


「だから名前……ゲーム? まぁ、いいけど」


「良かった」


 僕はツユリに、にっこりと笑顔を向ける。


 ツユリは僅かに目を瞠って、それから照れたようにそっぽを向いた。

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