ヤンデレハーレムを築きたい少年と彼を独占したいヤンデレ少女たち

一森 一輝

第1話 神様

「ヤンデレハーレムに囲まれたい」


 ある夕方のこと。


 僕は生徒会の業務をすべて終わらせ、庶務の友人田島ヨシマサの分のタスクも片づけた後、不意にそんなことを言っていた。


「また病気が始まったよ」


 庶務のヨシマサは苦笑気味に肩を竦める。


 今生徒会室に居るのは、生徒会長の僕と、庶務のヨシマサだけだ。


「病気とは失礼な奴だな。僕のこれは病気ではなく夢だ。そして情熱でもある」


「それが病気だって言ってんだよ」


 からからとヨシマサは笑う。


「普通彼女欲しいとか、成績もっと伸ばしたいとか、そういうのだろ? 欲張ってハーレムでもいいさ。でも何でヤンデレなんだよ」


「はぁ……分かってないな、ヨシマサ」


 僕は一本指を立て、「いいかい?」と講師の構えを取る。


「ヤンデレとは、愛に飢え愛に溢れた存在だ。その溢れんばかりの愛は、何よりも魅力的じゃないか」


「物は言いようだな」


「大体、考えてもみてくれ。ヤンデレ以外が主人公を監禁するか? ヤンデレ以外が嫉妬のあまり誰かを刺すことは?」


「それは愛なのか? いや、愛かどうかはこの際どうでもいい。……監禁されたいか?」


「されたい。刺されたい」


「重症だよお前は」


 これさえなきゃなぁ、とヨシマサもパソコンのエンターキーを叩いた。


 どうやら、今日の業務がやっと終わったらしい。


「お疲れ様。巻き取ってもらって助かったよアキラ」


「いいや、気にしないでくれ。大切な友人が困っているのを見捨てたりはしないさ」


「……お前は人たらしだよな。そう言うのは、女の子に言うもんだぜ」


 ヨシマサが僕の肩を軽く叩く。


 僕も後片付けをして、彼と共に学校を出た。


「しかし、もったいないよなぁ」


 夕暮れ道を共に歩きながら、ヨシマサは言う。


「何やらせても完璧超人で、顔も性格もよくて、当然女の子からもモテモテで……。なのにヤンデレ好きの所為で彼女なんかできたためしもない」


「健全な子は、健全な相手と交際すべきだよ。監禁された過ぎてピッキングを覚えてしまうような僕とは釣り合わない」


「お前ピッキングなんかできんの……?」


「全身の関節も最近外せるようになったよ」


「それはもう忍者か何かなんだわ」


 ツッコミつつも、冗談だと思ってヨシマサは笑う。


 そして帰路の途中で、ヨシマサと別れた。


「んじゃ、俺こっちだから。また明日な、アキラ」


「ああ、また明日だ。気を付けて帰るんだよ」


「マジでそれ女の子に言えって」


 くすぐったそうにヨシマサは笑って、遠ざかっていった。


 僕は横断歩道の前で、赤信号を待ちつつ考える。


 議題は『おススメのヤンデレシチュ100選』についてだ。


 『監禁』がランクインするのは当然として、問題は『刺される』が入るのかどうかというのは中々判断が難しいところに入る。


 僕としては『刺される』はランクインさせたいところだが、一般的にはやはり難しいところがあるだろう……。


 と、そんな事を考えていると、不意におじいさんが横断歩道を渡っていることに気が付く。


 信号が青に変わったのかと思って見上げると、赤のまま。


 そしておじいさんに迫るトラック。


 僕は、駆け出していた。


 全速力でおじいさんに駆け寄る。すぐ隣にはトラック。僕は思い切り息を吐きだしてさらに加速する。信じろ。僕の身体は鋼だ。進め。迷うな。


 おじいさんを抱きかかえる。トラックはもう目前。だが、僕はさらに加速する。


 スライディング。僕はおじいさんを抱えながら、反対側の歩道へとたどり着いていた。


「ふぅ、大丈夫でしたか? おじいさん」


 汗を拭って笑いかけると、驚いていた様子のおじいさんが「ほっほ」と、笑いながら立ち上がった。


 おじいさんは、ぱんぱんっ、と埃を払う。


「いやはや、転生させようと釣ったら、まさかそのまま乗り切られるとはのう」


「っ!? 大丈夫ですか? やはり頭を打ったのでは……?」


「これこれ。妙なことを口走ったからといって頭の異常を疑うな」


「しかし……」


「ああ、そうであったなそうであったな。まずは名乗らねばならぬか」


 ぱんっ、とおじいさんが一つ拍手を打った。途端、世界が停止する。


「初めまして、遠藤アキラよ。儂は神じゃ」


「……」


 僕は周囲を見回す。


 何もかもが時を停止させている。


 人はもちろん、車も、信号も、鳥などの動物さえも。


「本当はな、儂を助けようと動く正義漢をトラックに轢かせて、異世界に飛ばそうと考えておったのだが、まさかまさかよ。人間の身体能力で、あの窮地を脱するとはな」


 ほっほ、と笑うおじいさんに、僕は尋ねた。


「フラッシュモブですか……?」


「頑として異常を認めぬのだなそなた……。よいよい。夢と思うなら夢でもよいよ」


 遠藤アキラ、とおじいさんは僕を呼ぶ。


「願いを言え。異世界に送るのには失敗したが、お主には奇跡を授けるに足る決意がある。夢の成就を願うか? 富を求めるか? それとも伴侶か」


 僕は迷わず応えていた。


「ヤンデレとの出会いをください」


「……んっ?」


「ヤンデレとの出会いをください。それもたくさんのヤンデレの女の子との出会いをください。もしこれが夢だというのなら、覚める前にどうかヤンデレの夢を見せてください」


「あまりにも一心不乱じゃな……。ヤンデレ、というのは、つまり心身の病んだ状態にある、愛情深い少女、ということか?」


「その通りです。ヤンデレとの出会いをください」


「こわ……。い、いや。そうか。軽く未来視をしたが、相当苦労することになるぞ? そなたの言うヤンデレとは、独占欲の強い少女だ。そしてそなたの夢であるヤンデレハーレムは、矛盾を内包している」


「構いません。ヤンデレハーレムの主に僕はなります」


「えぇ……。……分かった、そこまで言うのなら止めるまい。では―――」


 おじいさんは、気付いたら僕の小指から延びていた赤い糸を、どこからともなく掴んだ何本もの赤い糸とつなぎ合わせた。


 そして、それらは静かに空気に溶けていく。


「これで、数多のヤンデレ少女たちとの縁が、そなたに結ばれた。そなたの人生に幸多からんことを。……死ぬなよ、少年」


 ぱんっ、ともう一度おじいさんは拍手を打った。すると、時が動き出す。


 そのとき、おじいさんはもういなかった。


「……夢、だったのか……?」


 僕は奇妙な思いをしながら、帰路に戻った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから十数分後。


 家に帰った僕を父さんが出迎えた。


「おう、お帰りアキラ」


「ただいま父さん」


「いきなりで悪いが、制服のままでいてくれ」


「……?」


 僕が見返すと、父さんは言った。


「なぁ、俺たちずっと二人家族だっただろ? 母さんも若くして逝っちまった」


「そうだね。……再婚?」


「ああ。今日から住むことになる」


 あまりにも初耳だったが、家族が増えるという事そのものは良いことだ。


「おめでとう、父さん」


「ああ、ありがとうな。で、だ。今日の顔見せが済んだら、早速父さん、嫁さんと世界一周旅行行ってくる予定なんだ」


 僕は目をパチクリさせた。


「それは寂しくなるね。でも、父さんが幸せなら僕は問題ないよ」


「お前は本当によくできた息子だよ……ヤンデレハーレムとか言い出さなければ」


「じゃあ再婚はするけれど、僕は家に一人と言うことになるのかな?」


「今さらっと無視されたな。―――いいや、新しく奥さんになる人には連れ子が居てな。しばらくその子と一緒に暮らしてもらうことになる」


「なるほど。なら賑やかになりそうだ」


 僕は基本的に人間大好きなので、新しい同居人の話を聞いてニコニコだ。


 父さんは笑って言った。


「アキラならそう言うと思ったよ。少し気難しい女の子らしいが、お前なら大丈夫だろう。お前刺されても笑顔のままだろ?」


「うん。……うん?」


 え、刺されるの?


「写真を見たが、とんでもなく可愛い子でな。だが元々、奥さんの元旦那のそのまた元奥さんの連れ子とからしくって、まぁ、ちょっとだけ家庭環境に事情がある子なんだな」


「なるほど」


「だがアキラなら問題ないよな」


「うん」


「……」


「……」


「……なぁ、本当は不安だったら言えよ? 俺だって無茶振りしてる自覚はあるし、一番大切なのは一人息子のお前なんだぞ?」


「いや、望むところだよ」


「お前の度量の大きさは無限大だな……」

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