第38話 いなくなった娘

 昼と言わず夜と言わず、今の村は若い男達が総出で熊狩りをしているようなものだった。庄屋の家は代々五人組の筆頭で、藩から村で起こる犯罪の全てを担う役を仰せつかっている。村にはこれまで事件らしい事件もなく平和そのものだったというのに、今は人斬り騒ぎで庄屋の家はてんやわんやだった。


「ごめん下さいませ!私は田村孫左衛門がせがれ祐之進です!人手をお入り用と聞いて微力ながら推参致しました!」


 そう名乗って飛び込んだ屋敷の土間には生々しい三体の骸が筵がかけられて横たわっていた。


「これは!田村の若様じゃあございませんか!」


 そう言って慌てて飛び出してきたのは庄屋のご内儀。


「うちの人達は今山狩りに出てしまっておりませんが、若様にお出まし頂くなんて…どうしたものか…」


 本当ならば狭山藩の家老の息子が駆けつけてくれたのだ、手放しで有難いと思う所だが祐之進はまだ少年。これが青年で有れば頼もしい助っ人と言えるのだが、内儀もどうしたものかと狼狽えた。


「何か私がお役に立てる事はありませぬか?!」


 そう前のめりに尋ねる祐之進に内儀は困ったような取り繕うような笑みを見せた。


「ああいえ、いえねえ、今は村の若い者が総出で人斬りを探していますんでね、ありがたい事ですが若様においで頂くには及びませんよ」


 そうやんわりと断られても祐之進の漲る気持ちは収まらない。土間から外へ飛び出すと四方の山々に点々と沢山の篝火が揺れ動いているのが見えた。人斬りは山に逃げ込んだのだろうか、気ばかり焦る祐之進の側を男が一人、息を切らせながら駆け込んできた。


「女将さん!女将さん!うちの美緒を見なかったか?!畑に南瓜を取りに行ったきり帰って来ねえ!南瓜は道端に転がってたのに!娘の姿だけ忽然と…っ」


 男の顔は真っ青で、今にも泣き崩れてしまいそうだった。


「なんて事!茂助さん、こんな時に外になんか娘を出しちゃ駄目ですよ!困ったねえ、いま皆んな外に出払っちまって…」


 それを耳にした祐之進が、「あのっ!」と庄屋の内儀と茂助という村人の会話に割って入った。


「あの、私が一緒に探しましょう!娘さんの特徴を教えて下さい!」


 そのくらいなら自分にも出来る。ここまで来て何の役にも立たないよりは遥かにましだ。気持ちの先走っていた祐之進は、子供一人くらいなら自分にも見つけられるとそう思って申し出たのだった。


 茂助の話によると、歳の頃は七つ。長い髪を無造作に桃割れに結い上げて、臙脂と紺の縞模様の着物を着ている目の大きな娘だと言う。娘の行きそうな場所は茂助があらかた見回ったがいなかったという。畑から家は目と鼻の先、隠れる場所は無いらしい。取り敢えず茂助と二手に分かれて娘を探すことになった。茂助は裏山を、祐之進は土地勘のある川沿いから林に向かう道を探そうということになり、庄屋の家から龕灯を借りて中洲に向かう川沿いを、娘の名前を呼びながら探し回った。


「美緒殿ー!美緒殿ー!」


 川で溺れている形跡はないか、沼地に足を取られてはいないか、不安に思う場所を祐之進は重点的に美緒の姿を探した。

 そうこうするうちに中洲のある河原に出た。火事の後、一度きりしか来なかったあの中洲は、今は黒々とした焼け焦げた廃墟と化していて、中洲に渡って美緒の名を呼んでみても人の気配は何も無い。こんな時、あの中洲の小屋からアオが顔を出してくれたならどれほど頼もしい事だろうか。気を緩めるといとも容易くアオの事を思い出す。そんな自分を情けなくない思いながら祐之進は中洲を出て河原を駆け上がった。そこには左右に広い道が伸び、正面にはあの林の狭い一本道が真っ直ぐ上へと伸びている。

 ここは恐らく村人が何度も入念に調べた場所だ。そう思った祐之進が右の道へと行きかけた時、待てよと足がふと止まった。入念に調べたのは美緒がいなくなる前のことだ。一度入念に調べた場所は人斬りにとってはもしかしたら一番安全な道なのでは無いだろうか。そう思い直すと、浜路や自分達が襲われたあの林の一本道を走り出した。怖くないと言ったら嘘になるが、なぜか導かれるようにこの道に足が向いた。

 細い道を真っ直ぐに進むとあの行商人がカラスに突かれていた場所に出た。今は骸も運ばれて骸もカラスもなくなっていたが、ここで人斬りに襲われた時の恐怖が蘇り、心臓が勝手に早鐘を打ちはじめた。そんな恐怖心を振り払うように祐之進は大声で美緒を呼んだ。


「美緒殿ー!美緒殿ー!」


 何度か呼んだ時だった。小さな少女のか細い声を聞いた気がした。


「美緒殿?そこにいるのか?!」


 今は静かな道の真ん中で、声のした方に問いかけたが返事はない。だが、この林の暗がりから確かに何か聞こえた気がしたのだ。深い林の中にじっと目を凝らすと今にもあの人斬りが刀を振り翳して襲って来るような気がして怖気付いている自分がいる。だが美緒が助けを求めているような気がして祐之進は勇気を振り絞って林の中へと足を踏み入れた。


「美緒殿!父上が心配しているのだ、無事でいるなら返事をしてくれ!美緒殿!」


 その時だ、さっき聞いた小さな声が今度ははっきりと聞こえたのだ。それは少女の啜り泣く声だった。








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