第26話 再びの人斬り騒ぎ
あれから場所を変えてキジを狙い、結局二人で一羽づつ仕留めることが出来た。首を絞めて手にぶら下げながら山を降りてくると、何やら浜路と文吾が深刻そうな顔で俯いている。
「帰ったぞ浜路、今夜はキジ鍋だぞ」
何やら嫌な予感を感じながらも、祐之進はぶらんと浜路の目の前にキジを差し出した。すると文吾の大きな体躯の影から十人組の乙次郎がぬっと顔を出して祐之進に会釈した。だが乙次郎は祐之進の傍に立つアオに気がつくと途端に
「何だ?皆どうしてそんな深刻な顔をしているんだ?何かあったのか?」
浜路にキジを手渡しながら祐之進が乙次郎に視線をやった。
「いえねえ、村の若い娘が夕べ何者かに斬られて死んだんでさあ」
「えっ?」
「それが…袈裟懸けの刀傷から見るに恐らくは虎吉をやった奴と同じ者の仕業じゃねえかって…」
そう言うとまたしても乙次郎の視線がアオへと注がれた。要するに乙次郎は鬼の偵察をしに来たという事なのだ。その視線の意味に気づいた祐之進が声を荒げた。
「アオではないぞ!昨夜はずっと私といたのだ」
「そうですとも!私もそれは保証します!アオ殿は屋敷から一歩も出てはおりません」
加勢する浜路に文吾も大きく何度も首を縦に振った。誰一人味方が居なかったアオに今や味方が祐之進を含め三人になっていた。
「アオはよそ者かもしれないが、皆が思うような者ではないのだ!皆にも良く言っておいてくれ!」
「…いやぁ、別にそんなつもりで来たわけじゃあ…、皆さんが心配だったもんですからね?そんな訳で若様方もお気をつけなすって」
乙次郎は口とは裏腹な慇懃無礼な薄ら笑いを浮かべながら、すごすごとこの場を去って行った。
「なんだあれは!未だにアオの事であれこれ言ってくるなんて!」
「仕方ないさ、第一印象が全てを決める。これも身から出た錆さ」
帰っていく乙次郎の後ろ姿を睨みながら祐之進は声を荒げたが、それに反してアオの諦めたような笑顔が祐之進を堪らない気持ちにさせた。
「それはそうと気になるなその人斬りの事」
一転表情を曇らせながら呟いたアオに浜路が待ってましたとばかりに口を挟んだ。
「いえねぇ、村の男達が総出で今夜から夜廻りをするそうですよ」
「なに?それならば他人事ではないのではないか!私も行った方が」
その話に勇み足の祐之進に浜路がぴしゃりと釘を刺す。
「おやめ下さいまし!そんな恐ろしいっ、若様にもしもの事があったら私は御家老様に申し開きが立ちませんっ!」
「村に家老の息子がいるのだぞ!何もせずにただ見ているわけにも行かぬ!父上の立場というものがあるだろう!」
「御言葉ですが、剣の稽古だってめっきりしなくなって久しゅうございます!そんななまくら様が行ったところで物の役には立ちはしません!」
「なんだと?!私に向かって良くもそのような事!」
祐之進も祐之進だが浜路も浜路だ。このままではいつもの押し問答。そこへ見かねたアオがズイと割って入った。
「大丈夫です、浜路殿。今夜は俺が祐之進殿を見張ってどこにも行かせませんから」
「其方どっちの味方なのだ!」
尚も食い下がるしつこい祐之進の背中をアオはまあまあと強引に押しながらその場を退散して行った。
「まあそう怒るな、ああでも言わねば浜路殿のお小言が永遠に続くぞ、しかもお主に勝ち目はない。
アオに宥められた祐之進は夕食のキジ鍋をつつく頃にはもう怒りの矛は収まっていた。
屋敷に暮らすようになってからアオと祐之進は同じ部屋で床を並べている。最初は浜路がアオに別の部屋を充てがったが、なんやかやと祐之進が押しかけては毎晩話に夢中になるものだから、結局は同じ部屋にいる事が常となっていた。
祐之進はアオの寝顔を眺め、アオの寝息を聞きながら眠る事がこの上なく心地よかったし好きだった。だが一方では真夜中にふと目覚めると、いつぞやのようにアオに口付けたくなって堪らなくなり、身体の火照りを持て余す事もしばしばだった。アオは何を考えているのか、中洲に暮らしていた時よりもさっぱりその胸中が読めなくなっていた。
今宵も隣の寝床にうつ伏せて、アオが障子の隙間に浮かぶ月をぼんやりと眺め何かをじっと考える様子が祐之進には酷く気に掛かる。いつかこのままアオがどこかへ消えていきそうで、月にかかる叢雲のように祐之進の心を曇らせた。
「アオ…何を今考えているのだ」
同じようにうつ伏せに寝転がりながら祐之進の口から溢れた言葉はいつぞや薪割りの時にアオに投げかけた言葉だった。
「いや、さっきの人斬りの話の事を考えていた」
そう振り向くアオの表情はいつものアオの顔に戻っていた。
「虎吉殿の時は行きずりと言う事もあるだろうが、二度目となるとそう言うわけでもあるまいと思ってな」
「アオ、それについてアオに一つ聞こうと思っていた事があるのだ」
「うん?…どんな事だ」
祐之進は火事の日のことは極力言わぬようにしていたのだが、近頃のアオの様子を見るにつけ、尋ねてみても大丈夫かもしれないと言う考えが芽生えた。
「火事の夜、其方を訪ねる不審な男を見た者がいると聞いたのだ。その男は侍で黒い編笠と合羽を着ていて雨の中を危険も顧みず中洲に渡って行くのを見たと。…その者は何者なのだ?村人は多分、人斬りはその男の仕業では無いかと思っているのだ」
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