第33話 浅野
「お、おい……、マジかよ。これが
「………まるで別人」
「キ……、キミは本当に監督くんなのかい……?」
「わわわ……、私はもしかしてとんでもないものを世に生み出してしまったかもしれないっす……」
部員たちに囲われる僕は、まるで実験動物のようだった。
僕は雅の思いつきで部室へと連れ込まれると、わけもわからず鏡の前に座らされた。
一体何をされてしまうのかと怯えた僕の前には、チームいちのオシャレ番長『のんちゃん』こと
そこから先はまるで魔法のよう。
慣れた手付きで華音が僕の顔面をいじくり始めると、あっという間に鏡に写っている男子高校生が美少女へと変貌していったのだ。
雅が思いついた策。
それは、僕の顔面をメイクアップして女装させれば日進女子の敷地に偵察に行っても大丈夫だろうという安直なもの。
最初聞かされたときは、僕や他のチームメイトみんなから、「バカだろ?」とか「無理だろ?」と心無い声がたくさん出て来た。
しかし、いざやってみると皆が「これはイケるかもしれない」とざわめき始めたのだ。
化粧というのは『
「どう?私にかかればこんなもんよ!――と、言いたいところなのだけれど、流石にこれは素材が良すぎるわね……」
華音としては会心の出来らしい。それもこれも僕の素材が良いからだと言われてしまうと、怒っていいのかどうかわからなくなる。
「のんちゃんに同感っす。やっぱり雄大くんは素質たっぷりの素晴らしい人材っす」
「顔も良ければ化粧の乗りも抜群……、正直なところ女としての自信をなくすレベルの逸材よ」
褒められているようだけれども素直に嬉しく思えない。
慣れないメイクに対する恥ずかしさと、皆からの「かわいい」とか「凄い」とか「抱ける」とかそういう賞賛を浴びせられて脳がバグってしまいそうだ。
なんなんだこの変な空気は。早く僕を解放してもとに戻してくれ。
「……なあ雅、本当にこれで偵察に行くのか?」
「もちろんっすよ。大丈夫っす、これなら絶対にバレないっすよ」
「マジかよ……」
僕は頭を抱える。
皆は大丈夫大丈夫と言うけど、『化粧して女装して他校(女子校)の敷地を跨ぐ』ってのは言ってみたらけっこうヤバい行為だ。バレたらどんな制裁が待っているかわからない。
それでも雅はこれで行こうと聞かない。参った参った。
「でもお試しとはいえせっかくメイクアップしたのにこのまま落とすのはもったいないっすね……」
「いやいやもったいなくないから!落としたらまた化粧をすりゃいい話なんだし」
「それもそうっすね!じゃあ今後も雄大くん専属のスタイリストであるのんちゃんに塗りたくってもらうっすかね」
口が滑った。
注意一秒怪我一生とはこのことだ。もう僕はこの部にいる限り化粧と女装からは逃れられない。
僕は最後の抵抗として、思いつく限りの懸念材料を言うだけ言ってみることにした。なんとしても女装だけは避けたい。
「そ、それにしたって、いくら女装のクオリティが良くても声でバレちゃうだろ?だからやっぱり辞めたほうがいいんじゃ……」
「それならスケッチブックに筆談すれば大丈夫っす!マスクもして口元も隠しておけばなおのこと万全っすよ!」
何が万全なんだよ……。
スケッチブックで筆談とか不便にも程が過ぎる。僕はプロ野球の球団マスコットじゃないんだぞ。
青いコアラみたいにバク転もしなければ畜生ペンギンみたいに各所へちょっかいもかけるつもりもないからな。
「名前だってこのままだとまずいだろ。お前らがうっかり『雄大』なんて呼んだらそれこそバレちゃうだろう」
「それはもう改名するしかないっす。例えば……『
「いやいやいやいや『雄子』はおかしいだろ!『雄』の字の別の読み方知ってるのか!?」
言わなくてもわかると思うが、雄大の雄の字は『オス』と読む事も出来る。女の子(?)の名前に使うのははばかられる字だ。
……それともあれか?あえて男らしさを出すために『雄』に『子』を組み合わせちゃうか?
僕の足りない頭の中で知っている限りだと、男性で『子』がつく名前なんて小野妹子以来――およそ1400年ぶりのリバイバルだ。
バブル期の懐メロと肩パット衣装が令和に再ブレイクするのとはスケールが違いすぎる。
「まあそれは雄大くんが心配しなくてもなんとかなるっすよ。こんなに可愛いんだから多少ボロが出ても問題ないっす」
「……私もそう思う」「確かにそうだな」
「ボクも全く問題ないと思うよ」「あたしも」
皆からは賛美の嵐。
もちろん全然嬉しくない。もっと野球の戦術とか采配とかで褒められたかったなあ……。
もう否定する元気も無くなってしまったので、週末の偵察は
……ちなみに懸念材料(?)の女装時の名前については、ひらがなを交えた『ゆう子』とすることになった。
いっそのことトレンディドラマの女王でも目指してやろうか。男だけど。
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