第4章 ゆう子ちゃんと藤川雅

閑話 藤川雅の憂鬱

 こんにちは、藤川雅っす。


 この間ユニフォームが配布されて、ついに夏の大会に向けての最後の追い込みという感じになったっす。


 思えば雄大くんをとっ捕まえる前には10人(私が使い物にならなかったので実質9人)だったチームは、サーヤと杏里を加えて12人と随分大きくなった気がするっす。

 強豪校の日進にっしん女子とか三河みかわ技術大附属、清須きよす城西じょうせいなんかに比べたら人数は全然っすけど、チームワークの良さと監督のキレっぷりにはどこにも負ける気がしないっすね。


 それもこれも雄大くんのおかげっす。

 完全に私の主観すけど、彼の監督としての手腕は全国大会常連校の監督さんにひけを取らないと思うっすよ。


 人間関係から孤立しまくってた天才プレイヤーのサーヤをチームに引き入れたり、そのサーヤの影響でパチ美のレーザービームが覚醒したり、杏里と翼ちゃんを競わせるよう仕向けたり………。


 中でも一番凄いのは、野球センスがなさ過ぎて何をやってもイマイチだった私を、代打の切り札として開花させてくれたことっすね!

 まさか左投げ左打ちの私が右打席に立ったら見違えるくらいに打てるようになるなんて、雄大くんの相馬眼は並外れ過ぎっす。


 就任して数カ月っすけど、監督が雄大くんで良かったなとみんながみんな思っているっす。一生懸命彼をリサーチして捕まえた私としても鼻が高いっすね。



 でも最近、ちょっと雄大くんに対して後ろめたさを感じることがあったっす。


 先日の杏里と翼ちゃんの勝負のときのこと。

 雄大くんは翼ちゃんにリベンジをさせるために打撃投手を買って出たんすけど、そこで彼はまた曲芸みたいなことをやってのけてしまったっす。


 杏里の投球の完全コピー。

 元来右投げである雄大くんが、左投げサイドスローの杏里のフォームを少し見ただけでものにしてしまったっす。

 しかもそれだけじゃなくて、杏里自慢のシンカー、クロスファイア、アメリカで会得してきたドロップカーブ、これら全部完璧に再現してしまったわけなんす。


 本人は自覚がないみたいっすけど、普通に考えたら人間技ではないっす。

 私がもしどこかの高校野球チームの監督なら、間違いなく雄大くんを引き入れるっすね。それぐらいの素晴らしい能力っす。


 だから私は雄大くんのその投球を見たとき、何かとてつもない罪悪感に襲われてしまったっす。


 私が雄大くんを監督として引き入れなければ、もしかしてこの才能を発揮して彼はプレイヤーであり続けることが出来たのではないか――、と。


 ひょっとしたら私は自分ばかり喜んでしまっていて、雄大くんにとても残酷な思いをさせてしまっているのかもしれないっす。


 どうやったらこの罪悪感は消えるんすかね……。

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