第31話 エースナンバー

監督あんたのおかげで助かったよ。あのモノマネ投法がなかったら、オレはドロップカーブを狙うなんて思いもしなかったからな」


「いやいや、僕は別に何も大したことはしてないさ。それに、あのドロップカーブの見分けがついたところで並の打者ならそう簡単に打てやしない。やっぱり翼は凄いよ」


 あのリベンジマッチから数日後。

 僕は部室にてとある作業をしていたところ、翼がやってきたのでつい話し込んでしまっていた。


「しかしあれだな、あのモノマネ投法も大したもんだ。他にも誰かのモノマネが出来るのか?」


「うん、そのへんの投手なら簡単にマネできると思う。……でも、翼みたいな豪速球投手は無理かな。そもそも僕の方が球速が遅いから再現できない」


「まあオレは唯一無二だからな。モノマネなんてされてたまるかってんだ」


 翼は得意げになる。


 フォームとかクセ、変化球までは真似できても、肝心の球威は再現できない。この特技も万能ではないのだ。


 他人より球威が無いから身につけた特技なのに、なんとも皮肉なものだ。やっぱり選手としての僕は大したことない。


「でもそれなら大概の女子の投手はコピーできるんだろ?今度敵チームの偵察にでも行ったらいいんじゃねえか?」


「もちろんそれも考えてるよ。夏の大会前には雅とか爽を連れて強豪チームの状態を確認しておかなきゃなと思ってる」


「流石だな。ちゃんとやることやってくれる監督がいるとこっちも心強いぜ」


「そんな大したことじゃないよ。みんながプレーに集中出来るようにするのは僕の仕事だし、何よりみんなが頑張ってくれてるからね」


 すると翼はヒューっと下手くそな口笛を吹いた。僕を茶化しているつもりなのだろう。


「……まあ、雅が見込むだけのことはあるってことか」


「どういうこと?」


「なんでもねえよ。せいぜい雅とは仲良くやってくれよな」


 なんだよそれと僕は訝しげに翼を見るが、彼女はそれ以上何も言うつもりはないらしい。


 そんなに心配されなくても雅とはそれなりに仲良くやっているから大丈夫だ。

 最初の頃に比べれば大分ツッコミが追いつくようになったし、無駄なおしゃべりのかわし方も身について来た。もう無敵と言っていい。


「ただいまっすー!やっぱり私が2着っすね!」


「おかえり雅。案外早かったじゃないか」


 噂をしていると、突然部室の扉を開けてきたのは雅だった。



 実は今、またまた地獄のロードワークを実施中なのである。


 翼は先頭ぶっちぎりでゴールしたので、ここまで僕と2人で話をしていたというわけだ。

 2着が雅なのもいつも通りといえばいつも通り。


「私が2着なので翼ちゃん1着付けの総流し2連単にしてたら間違いなくトリガミっすね。カチカチのカタいレースっす」


「……雅、『総流し』とか『連単』とか『トリガミ』とか、一体どこで覚えてきたんだそんな言葉」


「毎日スポーツ新聞を読んでるっすからね!それぐらい履修済みっす!他にも、クロダイが良く釣れるスポットとか、壮年男性が元気になるサプリメントとか、セクシーなお姉さんの際どい写真――」


「あああああ!女子高生がそんなところを読んじゃいけません!」


 全く油断もスキもない。最近は控えめになってきたけどやっぱりスポーツ新聞はちょっとアダルティな香りがするから気をつけなければ。


「……はあ、今日のところは3着で勘弁してやるか。次は勝つからな翼!」


 意外にも雅のあとすぐにゴールしてきたのは杏里だった。

 プライドだけ高そうに見えるけれども、案外見えないところでちゃんと努力している。そうでなければこの地獄のロードワークでこの2人の次につけられることなんて無理なのだ。


「杏里が勝つなんてオレが足でも折らねえ限り無理だけどな」


「好きに言っていればいいさ。必ず足元を掬ってやる」


 相変わらずのバチバチ加減。

 でも色々知った後だと、不思議と2人からは対決を楽しんでいるかのようにも思える。

 投手陣の2本柱として、切磋琢磨していってくれたら監督としてはとても喜ばしい。



 杏里のゴールを皮切りに他の部員も雪崩れ込むようにゴールしてくる。

 野々香に応援されながら殿しんがりの爽がゴールし、これでやっと部員全員が揃った。これから大切なミーティングだ。


「……と、言うわけで、これから夏の大会に向けて皆に背番号付きのユニフォームを配布しようと思う」


「おお!ついに完成したんすね!」


「おかげさまでね。……本当に大変だったんだからな」


 皆から意見を募ってデザインと背番号を決め、ああでもないこうでもないと紆余曲折ありながらもなんとか業者へ発注し、やっとのことで完成したユニフォームだ。


 女子が3人集まるとかしましいとは言うが、うちにはその4倍の女子がいるため本当に意見をまとめるのが大変だった。あの時ばかりは聖徳太子になりたいと思ってしまった。


「今日配るのは練習試合とかで着てもらうユニフォームだ。……公式戦用はちょっと発注に手間取ってしまってまだ届いてないからまた今度ね」


「それでもいいから早く配れ!」「そうっす!もったいぶっても意味ないっす!」「ユニフォームは着ないと意味ないんだから早く寄越してくれないかい?」「……早く着たい」


 みんな余程楽しみにしているのか、それともロードワークで疲労が溜まって苛立っているのか、部室の中はざわざわとやかましくなってきた。


「わかったわかった。それじゃあ背番号の若い順に配るから、呼ばれたら取りにきてくれ」


 僕は業者から送られてきた大きな段ボール箱の中から1枚取り出して読み上げる。


「まずは背番号1、杏里」


「……えっ?」


 ざわめいていた部室が静かになった。


 チームメイトはおろか、杏里本人もまさか背番号1が杏里のものになるとは思っていなかったのだ。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ監督くん。それはなんの真似だ?ボクが背番号1だって?」


「そりゃあ杏里が背番号1を希望したんだからな。誰とも希望が被ってなければ杏里のものになるだろう」


「そ、それは確かに背番号1を希望したけれど……」


 あれだけエースへのこだわりがあるくせに、いざエースナンバーっぽい背番号1を授けられると途端に遠慮してしまうのがなんとも杏里っぽい。



 ちなみに女子野球の背番号事情というのはちょっと特殊である。


 男子のようにベンチ入りメンバーが1から18の背番号をつけるのではなく、女子では1から99のうち好きな番号をつけることが認められている。

 だから男子のように背番号1が必ずしもエースナンバーとなるわけではない。エースナンバーっぽいだけ。


 それでも背中に『1』と刻まれたユニフォームには神聖な雰囲気というものがある。ピッチャーなら憧れない理由がない。


「じゃあいらないのか?それなら杏里の番号は明大寺先生がつける予定だったはちじゅう……」


「いや待ってくれ!要る!要るから!背番号1のユニフォームをくれ!」


「はいはい」


「全くこのチームはおかしいやつばかりだよ、ボクが1番で本当にいいのかい?」


「いいからそうなったんだよ。……頑張ってこいつをエースナンバーに仕立ててくれよ、杏里」


 僕がわざとらしくそう言うと、そんなこと言われなくてもと言いたげな顔で杏里はユニフォームをブン取っていった。


 去り際に杏里の口角がちょっと上がっていたのを、僕は見逃さなかった。可愛らしいところもあるものだ。これは内緒にしておこう。


「それじゃあ次、背番号2――」


 次々とユニフォームを配っていく。


 幸いにも背番号の希望にダブりはなく、喧嘩せずに13人分(明大寺先生の分を含む)作ることが出来た。各々好きな野球選手とか、ちょっと縁のある数字なんかを選んでいるみたいだ。


「えーっと次、背番号38、爽」


「……ありがとう」


 爽が38番にした理由は流石の僕でもわかった。


 単純に『さや』の語呂合わせだ。そういう言葉遊びみたいな選び方というのも女子野球特有で面白い。


「あとは……、背番号54、翼」

「よっしゃあ!これを待ってたぜ!」


 うちの事実上のエースナンバーは54番。


 1でもなければ18でもない、なんとも中途半端な番号にも見えるだろう。

 これは翼が敬愛してやまないという、元千葉ロッテマリーンズの黒木知宏投手の番号だ。確かにあの気迫あふれるピッチングは翼そっくりだし、ピッタリだと思う。


「そしてラスト、背番号99、雅」


「はいっす!」


 雅の選んだ背番号99、それは僕の親父が現役時代に付けていた背番号だ。


 そのイメージもあって、プロ野球選手の間でも代打の切り札は99番をつけるのが流行りだったりする。

 こうしてみると、改めて親父の影響力の大きさに驚かされる。


「全く……、そんなところまでこだわらなくてもいいっていうのにお前は……」


「いやいや、やっぱり代打の切り札は99番って相場が決まってるっすから!これからもここ一番で起用してくださいっすよ!」


 僕はやれやれと肩をすくめる。


 こうして見ると、初めて会ったときからは考えられないぐらい雅もチームも成長している。


 全く根拠なんてないけれど、今だったらどこにだって負ける気がしない。そんな高揚感があった。



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水卜みう

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